夢 の な い 眠 り に 包 ま れ て


年に1度の隊長召集日だった。
本船であるモビー・ディックと、その他3つの船に分散している16隊の隊長たちが一同に顔を合わせる機会は意外と少ない。それぞれの船の統率に従事しているからでもあるし、戦力が集中し過ぎることに一抹の不安が残るからでもある。事実、宴会でも船番でも、度の船にも平等に1隊は残ることになっていて、だから全ての隊長が集合する日は、よほど特別な状況と、特別な事情がなければ成立しないのだった。今、白ひげ海賊団は『中立地帯』に船を留めている。グランドラインの中で、海軍と海賊が、海賊と海賊が、海賊と商船が、いがみあうことも搾取し合うこともなく船を進めることができる場所だ。ここでの戦争はすなわち、海賊以下の「外道」へ堕ちることを意味していて、だからといって安心することもなく、白ひげ海賊団は息を殺すように錨を降ろしている。

1番隊以下4番隊までが乗るモビー・ディックと、他12隊が乗る3隻は、吊橋で繋がれて自由に行き来できるようになっていた。16人の隊長が集まる場所は、当然のようにモビー・ディックで、だからモビー・ディックで寝起きしているマルコとエースとジョズとサッチは当然食堂に揃っている…かといえばそうでもない。ちらほらと集まりだした7番隊や12番隊隊長をよそに、要であるはずの1番隊隊長-マルコの姿が、まだ見当たらなかった。会議が始まる時間にはまだ間があるとはいえ、白ひげ海賊団の2番手を務める人間がいないのでは示しがつかないだろう、と、目の前のテーブルに肘をつくエースはぼんやりと食堂の扉を眺めている。今回の会議を仕切っているのはどういうわけかサッチで、それはエースが知らない前回の会議で6番隊隊長に指名されたのだと言う。何があるわけでもないと言うが、それでも16人をまとめなければならないというならそれは面倒な作業で、サッチが、指をさして笑ったエースを次の司会として推薦することはすでに目に見えていた。

16人の隊長は続々と集まり始めている。他の海賊団がどうであるかは知らないが、客観的に見て白ひげ海賊団は各隊の仲がいい船だ。全員が揃うことはないとしても、モビー・ディック以外の船に乗る隊員たちは時折隊ごと船を移ることもあるらしい。隊の移動にも寛容だし、逆に移動したくないと言えばいつまでだって同じ隊長の下で働くことができるのだ。2番隊隊長になる前は1番隊のマルコの下にいたエースはモビー・ディックしか知らず、だから少しばかり他の船にあこがれる部分もある。ただ、親父のいない船に乗りたいか、と言われたら考えてしまうのだったが。マルコはまだ現れない。まあ昨日夜番だったしな、と心の中で呟いて、ぐるりと首をめぐらせたエースは、立ち上がって同じようにぐるりと辺りを見回していたサッチと目が合って、それきり目が反らせなくなってしまった。目が合う瞬間まで途方に暮れたような表情をしていたサッチは、エースと目があった瞬間ににやりと顔を変えて、食堂の隅からエースの座るテーブルめがけて歩いてくる。逃げるわけにもいかないエースは、せめてもの抵抗にゆっくりサッチから視線を剥がしたが、もう遅かった。

「エース」と、やけに機嫌のいい声でエースの隣に腰を下ろしたサッチは、「なんだよ」と警戒心むき出しの声で尋ねたエースに「マルコ起こしてきてくれ」と告げる。やっぱりそう来たか、と肩を落としたエースは、「自分で行けよ」と一応の抵抗を試みたが、「俺はここですることがあんの」と、ちょうど食堂の扉を潜った11番隊隊長に手を振った。そりゃそうだ、忙しいに決まっている。ぼーっと座っているだけのエースとは比べ物にならない。司会の言葉は絶対だと言ったジョズの言葉がエースの頭をよぎって、でもにやにや笑うサッチのいいなりになるのはどうにも癪だった。けれども、「な、頼む」とエースの頭をぽんぽん撫でるサッチに、抗うすべがないのも事実である。結局人の頼みを断れないエースは、サッチならなおさら断り切れずに、「わかったよ」と言ってがたんと机を揺らして立ち上がり、すたすたとサッチの隣を横切った。通り過ぎる時にエースがじっとりとした目線を送ると、サッチはあらぬ方向を向いて知らんぷりを決め込んでいる。畜生。食堂を出る瞬間にもう一度エースがサッチを振りかえると、今度はエースを眺めて笑顔で手を振った。その顔に、単純に浮上したエース自身が恥ずかしくて、赤くなった頬を隠すようにエースは急いで踵を返す。今集中して考えなくてはならないのは、いかにしてマルコを起こすか、である。

エースはてくてく中廊下を直進し、半分ほどまで来たところで左に一度折れて3段ばかりの階段を下り、今度は右に進んで突き当たりまで歩けば、左手がマルコの部屋だった。とんとん、と軽くマルコの部屋の扉を叩いたエースは、まず一言声をかける。「マルコ、起きてるか?」と掛けたエースの言葉は死ぬほど意味がない。起きていればマルコがやってこないわけがないし、起きていないのなら怒鳴りもしない声がマルコに届くわけもないのだった。マルコの寝起きは悪い。死ぬほど悪い。自分で起きるときはどんなに睡眠時間が少なくてもすっきりと(顔はいつも眠そうだから良くわからないが)目を覚ますと言うのに、タイミングを逃すと1日中でも眠っている。扉をたたいたり、軽くゆする程度ではぴくりともしないし、胸倉を掴んでぐらぐら揺すったところで効果は薄い。下手をすれば不死鳥の炎でぶっとばされたり、マルコの無意識の覇気に当てられて倒れることもあるので始末が悪かった。そうなれば当然一介の隊員には手に負えず、自然と御鉢は隊長のサッチかエースに回ってくる。ジョズが免除されているのは、やがて目を覚ましたマルコがサッチやエースに八つ当たりをするからだった。やさしいジョズに、マルコを揺り起こす仕事を与えたことを怒るのだ。だったらさっさと目を覚ませ、とサッチは口に出すし、エースもありありと表情に出したのだが、マルコの寝起きの悪さは今も変わっていない。

ともかく、返事がない以上は部屋に踏み込むしかないエースは、腹に力を入れて短く息を吸った。戦闘前より緊張する、というのはサッチの弁だが、エースも同じ気分である。マルコより強い敵はそうそういないものだし、普段ぶつからない覇気をまともに受ければエースだって眩暈くらいは起こすのだ。何より、モビー・ディックの中でエースの炎を使うわけにはいかない。マルコ自身が燃えなくても、マルコの部屋にみっしり詰まったものはそれはもう景気良く燃えるだろう。マルコが自分で目を覚ましますように、と念じながら、エースはできるだけ騒々しくマルコの部屋の扉を開けて、がたがたと足を慣らしてマルコの部屋に踏み込んだ。窮屈な部屋の、右手の壁を占領するように置かれた寝台の上には、薄い布に顔まで包んだマルコと、顔を包んだ分だけ出てしまったマルコの裸足の足が覗いている。ついでに布の頂点からはマルコの金髪がとさかのように覗いていて、エースは噴き出しそうになった。慌てて止めたエースは、笑ってもよかった、と思い直して(エースの声で起きるならば上々だ)、マルコの、おそらく肩に触れる。まずはゆるく揺すって、「マルコ」と声をかけるが、ミノムシのようなマルコはぴくりとも動かない。「マール―コー、もう皆集まってんだぞー」と、マルコの耳元あたりにエースの声を噴きこんでも、それならばとゆさゆさ揺すっても反応はなかった。OK、想定の範囲内だ、と頷いたエースは、マルコが包まった布に手をかけて一気にはぎ取った。体感温度が変われば、寝がえりくらいは打つだろうと思ったエースをよそに、布一枚分寒くなったはずのマルコは壁際を向いて目を閉じている。マルコの寝息はあまりに静かなので、死んでるんじゃねえか、と心配になった1番隊時代を思い出して、けれどもマルコの裸の胸は緩やかに上下していた。あんまり気持ち良さそうなので、一瞬エースは諦めかけたけれど、このまま食堂に帰るとサッチが怖いのである。怒りはしないだろうが、確実にからかわれる。ただでさえマルコとエースは「仲が良すぎる」と言われているのに、これ以上マルコを甘やかしては言い訳できなくなってしまう。どちらかと言えば、甘やかされているのは明らかにエースなのだけれど。

ぎしり、とマルコの寝台に乗り上げたエースは、横向きに寝ているマルコの身体を引き倒して、まずは仰向かせることに成功した。それから、マルコの頬をぺちぺち叩いて「起きろって」と割と大きな声でエースは言う。マルコは目を覚まさない。叩くだけでは効果が薄いのか、と思ったエースは、マルコの頬をぎゅううう、と引っ張る。割と良く伸びる。ルフィと一緒に育ったエースにとっては見慣れた光景だったが、これではたいして痛くもなさそうだった。ぱっ、と、指を離した瞬間に戻った皮膚と、少しだけ赤くなったマルコの顔を眺めて、一発かかと落としでも決めたら起きるだろうか、でもそれは絶対殴られるな、とエースは考える。寝台の上で正座するような形でマルコの顔を覗き込んで、寝ている顔は割と可愛いな、と思ったりもしていた。エースが見る限り、マルコの顔は整っているとは言い難いが、不死鳥の能力とあわせてどこかデフォルメチックな、ある種の完成された作りをしている。眠っているときには見えない青い色が、なんだか無性に恋しくなって、やっぱり起こすか、と決意したエースは、マルコの腕を掴んで無理やり引き起こした。そうして、寄りかかってきたマルコの耳に口を開けて、「起きろ、マルコ!」と怒鳴る。それまで動こうともしなかったマルコが、うるさそうにほんの少し顔を捩じるので、エースは追いかけて何度も耳元で叫んだ。逃げようとする腕を掴んで引きとめて、抱き着くように身体を寄せて、そうしてようやくうっすらと目を開けたマルコは、開口一番「うるせえよい」と言った。またすぐ目を閉じようとするマルコを押し留めて、「今日、会議だから起きろ」と告げたエースに、マルコはすっぱりと「それがどうした」と言い放つ。どうもこうも。「俺は眠いんだよい」と言って寝台に倒れ込もうとするマルコを精一杯引き寄せて、「眠くてもダメだろ、もう皆集まってんだよ、なあ」とエースは訴えるが、マルコには一向に効き目がない。

ぐらぐら揺れるマルコの首を支えながら、もうおぶってでも連れてくか、と思っていたエースに、またわずかに開いた目を向けたマルコは、「お前は俺の睡眠時間より会議の方が大事なのかよい」と、やけに明瞭な発音で言った。大事に決まってるだろ、と言おうとしたエースは、言えないことに気づいて途方に暮れる。エースは白ひげ海賊団の2番隊隊長で、100人以上の隊長を率いる立場だった。食堂には同じように隊員を束ねる隊長が集って、エースとマルコを待っている。そうして、その隊長を束ねる立場であるマルコは、エースの腕の中で今にも眠りに引きずり込まれそうになっていた。立場を意識すれば、当然会議の方が大事なエースは、でもただのエースとして考えたらマルコの睡眠時間を大事にしたいのだった。マルコは本当にずるい、とエースは思う。マルコはいつだって、エースの逃げ道を順番に塞いでしまう。無意識に。今だって、マルコはただ単純に眠る時間を稼ぎたいだけなのだ。エースに、本当にマルコと会議を天秤にかけさせる気など無いのだ。起こさなければ起こさないで怒るに決まっているマルコを、それでも眠らせておきたいと思うエースの気持ちになど構いもせずに。ぐ、と唇をかんだエースは、マルコの背中に回していた腕を解いて、支えを失くしたマルコはぐらりと寝台に倒れ込む。そのまま目を閉じるかと思ったマルコは、今にも閉じそうな目でエースを見ている。そうして、「おやすみ」と言って立ち上がりかけたエースの手を引いて、「どこ行くんだよい」とマルコは言った。どこへも何も。「マルコが起きないから、サッチに言い訳して怒られに行くんだよ」と、むくれた声でエースが告げても、マルコは手を離さずに、うとうとしながらエースを見上げている。少しばかり居心地が悪くなったエースが、マルコの腕を振りほどいて立ち上がろうとしたとき、掠れた声で

「もうお前も寝ちまえ」

と、マルコは言った。言うだけでなく、寝ぼけているとは思えない強さでエースの腕を引いたマルコは、エースを寝台に倒して、エースが引きはがした布をエースとマルコにかけて、エースの腕を掴んだまま寝息を立て始めた。壁際を向いて。ぱちぱち、と瞬きしたエースが、「マルコ?」と声をかけても、マルコからの返事はない。けれども、そっと引き抜こうとしたエースの腕を引きとめるマルコの腕の力は強くて、マルコの背中から腹に書かるように回した腕から伝わる体温は暖かくて、もういいか、とエースは思う。エースが帰ってこなければ、サッチがやってくるだけだ。エースには起こせなかったマルコをサッチが起こすときに、一緒に起きて食堂に行けばいい。何しろ年に一度の集会なのだ、積もる話もあるだろうし、きっと皆待っていてくれるだろう。責任は全部マルコに押し付けることにしたエースは、うん、と頷いて、ゆるやかに忍び寄っていた眠気に身を任せることにした。ほんの少しだけ、マルコに身体を寄せるようにして。

「…−ス、エース、おい、エース」と、絶え間なく名前を呼ぶ声とそっと揺すられる感触に目を覚ましたエースは、目を開けた瞬間に目に入った背中が誰のものか分からなくてスすこし焦る。とにかくエースを揺すっていた相手を振りかえろうとして、右腕を掴まれていることに気付いたエースは、ようやく眠り込む前の出来事を思い出して、「普通に寝てたな」と呟いた。「寝るなよ」と呆れたように呟いたのは予想通りマルコを興しに来たらしいサッチで、起き上がれないエースは「悪い」と照れ笑いを零す。それにしても腕がしびれて引き抜けない。「マルコごと起こしてくれよ」とサッチに頼むと、「お前らどうやって寝てんだ」とうんざりしたような声でサッチは言って、エースと同じようにまずは布を引っぺがしている。サッチの様子から察するに、たいして時間は経っていないらしい。エースはほっとして息を吐いたが、布を引っぺがしたサッチがそれきり何の行動も起こさないので、首を捩じってサッチを見上げて、なぜだか絶句しているサッチを認めた。「どうしたよ」と尋ねたエースに、「やめた」とサッチは言う。何を、と聞きかええそうとしたエースの横に、サッチが倒れこんでくるまで一瞬もなかったような気がする。「…何してんの?」と、引っぺがした布をいそいそと引きあげるサッチを、無理な体勢で眺めながらエースが言うと、「俺も一緒に寝る」と満面の笑みでサッチは言った。いや起こせよ、と、説得力の無い姿勢でエースは畳みかけようとしたが、「まあまあ、なんとかなるだろ」とサッチは言って、エースの顔を押しやってエースの腹に手をかけた。なんだこの、みっちりした川の字、とエースは思ったが、マルコに抱えらえれた腕はやっぱり熱いし、サッチが回した腕もじんわり暖かくて、またとろとろとまどろみ始めてしまう。眠る前に、サッチの手が何度かエースの腹を宥めるように優しく叩いて、それが気持ち良くてエースは笑ってしまった。マルコとサッチも笑っていたらいい、と、エースは思った。

そうして、日が傾く頃にようやく目を覚ましたマルコは、狭い寝台に折り重なるように眠っているサッチとエースを見つけて首を捻った。「なにやってんだよお前ら」と呆れたように呟いたマルコに、「「お昼寝」」と揺り起こされたエースとサッチが声を合わせたのは偶然だった。午後いっぱいで終わるはずだった全体会議は大幅にずれ込んで、結局夜を徹した宴会に変わってしまった。隊長だけでなく、隊員も親父も交えた会議と言う名の宴会に、一番張り切って参加したのは寝こけていた1,2,4番隊の隊長だった。
いつもどおり、騒々しい夜だった。

( 無理やり名前のない隊長を出してみた / 出すだけで力尽きた / マルコとエースとサッチ / ONEPIECE )