凶 器 に 罪 は な い 。 狂 気 こ そ 犯 人 で あ る 。



3/14である。1ヶ月前女性陣からのチョコレートに沸いた船内は、当然のようにお返しに頭を悩ませていた。人口比率が100:1くらいなので、最低でも100倍返しになるお礼は、各船員からの1000ベリーに隊長からの10万ベリー、親父からの志(分厚い)を加えて相当額に膨れ上がっている。さてそこで、この金で何をするか、が問題だった。いくらなんでも現金を渡したのでは芸がない。喜ばれないことはないだろうが、そこを喜ばれ過ぎても悲しいものがある。昨年は女性陣に1週間のリゾート旅行をプレゼントしていたし、一昨年は女性陣の生活スペースを劇的ビフォーアフターにリメイクしたらしい。というわけで、親父・隊長以下千名以上が顔を突き合わせて考えた結果、今年は大都市に停泊し、二泊三日で目一杯ショッピングを楽しんでもらうことにした。船員全員からのお返し金を女性陣の人数で割って、その範囲内で何でも好きなだけ買ってもらうのだ。好きな荷物持ち(船員の事だ、もちろん)付で。ろくでもないものを選んでがっかりされるよりは、と、エースにも異論はなかった。想像通りナースとそれ以外の女性クルーは手を叩いて喜んでくれて、さっそく連れて行く隊員を選んでいる。選んだ方も選ばれた方も嬉しそうなのは良いことだ、と思っていたエースもナースの一人に選ばれそうになったが、「エースはこっち側だったでしょ」と古参のナースが声をかけて、エースより少し年嵩のナースは「そういえば、残念ね」と手を振って行ってしまった。難を逃れたエースはふうう、と長い息を吐く。ナースの姉さんが嫌いなわけではないが、荷物持ちだけならともかくやたらと長いウィンドウショッピングに付き合うのは勘弁してほしい。「買い物だろうがなんだろうが女性と歩けるだけでうれしい」だったり、「女性に付き合うのは当然のこと、英国紳士としてはね?」だったりするクルーは大勢いるので、そちらを選んでくれればナースもエースも安泰だ。

ざわめく船内で一際輝く女性陣が隊員を伴って出かけたのは、それからしばらく後のことである。洋服、装飾品、本、武器に至るまで、なんでもそろう島で、皆楽しんでくるといい。大きな島ではいつもそうであるように、船番に当たった6番と14番隊以外の隊員にも休暇が与えられたので、とりあえずエースも食事に出かけよう、と軽く欠伸をしたとき、突然目の前にマルコが現れた。あくびから口を閉じかけた形で驚いたものだから、「うひっ」と妙な声が漏れてエースは口を塞ぐ。直前に羽音が聞こえたので、どうやら飛んできたらしい。戦闘以外ではほとんど姿を変えないマルコが羽ばたくほどの何かがあったのかと、気を引き締めたエースに、「おい」とマルコは言った。ごくりと唾を飲み込んで、「なんだ」と返したエースに、「さっきのナースとの会話は何だよい」と真剣な顔でマルコは言う。ナースの姉さんとの会話。買い物に付き合えと言われる→おろおろしながら断れずに承諾しかける→古参の姉さん登場→会話終了のお知らせ。この中に何か大事な話があっただろうか、とエースも真剣な顔で考えて、「もしかしてこの島危ないのか?俺がついてった方が良かったか」と尋ねれば、「何の話だよい」と呆れたような顔でマルコは言った。どうも話がかみ合わないので、エースが「じゃあ何だよ?」と首を傾げると、「お前が『こっち側』ってのはどういう意味だ」と、相変わらず真剣な顔でマルコは言う。は?と思いながら、「そりゃまあ俺も一緒にチョコ作ったから、そう言う意味だ」とエースが答えると、「どの辺を作った」と思いがけない所にマルコが食い付くので、おおっ?と仰け反りながら、「全部焼いた」とエースは言った。

匂いにつられて食堂に辿りついたら、姉さんやちょっと古い姉さんにオーブン代わりに使われたのである。「直火焼きの方がおいしそうだから」というのは数少ない女性クルーの弁だが、エースは火加減を誤って最初の一山を思い切り焦がした。あーあ、と言う空気が漂う中で、それでもエースは解放されず、少量を使って火加減を調節しながらおよそ千人を超えるクルーのためのチョコを焼き切る頃には汗だくだった。姉さんたちは満足そうだったが、やっぱり額に汗を浮かべていて、エースは少しばかり心苦しくなる。「暑かったよな、ごめんなさい」と頭を下げたエースに、「冬なんだからいいのよ」と女性陣は優しく笑って、ずいぶん沢山のチョコをくれた、ところに、「やってるな」とサッチがやってきたので、エースはチョコを隠して食堂から飛び出す。サッチに見つかれば、冗談でも本気でもたぶん半分くらい取られると思ったからだ。姉さんたちとサッチの笑い声が聞こえる。走り去りながらチョコを齧れば、ココアとメレンゲの味がした。あまくてほろ苦かった。

と、言うようなことをエースがかいつまんでマルコに説明すると、マルコはなんだか嘆息するように「はーーーー、」と深く深くため息を吐く。そして、マルコは突然エースの腕を掴んで「行くよい」とエースを促した。「え、どこへ」と言ったエースに向かって、「飯食いに」と短く言ったマルコは、「おう?」と訝しげに頷いたエースをちらりと眺めて、なんだかとても満足そうな顔をしている。「なんで嬉しそうなんだ?」と尋ねたエースに、「なんでもいいだろい」とマルコが言うので、「いいけど」と返したエースは、でも不意に思い出して「あ」と足を止めた。「なあマルコ」と、エースがエースの腕を掴むマルコの袖を引けば、「なんだよい」と上機嫌なマルコが振り返るので、「今日は俺の奢りな」とエースは言う。「は?」とマルコが不思議そうに呟くので、「だってマルコバレンタインにチョコくれただろ」と言って、エースは笑った。

2月のあの日、エースが姉さんたちから貰ったチョコを食い終わって甲板に上がったら、姉さんたちの前で隊員の整列に協力していたサッチに手招かれた。「どうかしたのか」と近寄ったエースに二人分のチョコの包みを渡して、「マルコが部屋で腐ってるから渡してきてくれるか」と、なんだか含みのある顔でサッチは言う。いいけどよ、と返したエースは、「あーでも俺は、さっきたくさんもらったから」と包みを一つ返して、「別にもっと食っても怒られねえと思うぞ?」と言ったサッチに「その分誰かにやってくれよ」と、エースは後ろ手に軽く手を振った。上ったばかりの階段をとんとんと下ってマルコの部屋に辿りついたエースは、『部屋で腐っている』と言ったエースの言葉を思い出して、できるだけそっと扉を開いた、つもりが、思いがけず内側からも引かれていたノブに引きずられて、目の前にあった何かを掴む。暖かくてそれなりに柔らかい何か、がマルコの腕であることに気づいて、「う、おっと、何、ごめん、びっくりした」と、エースは驚きと謝罪と疑問を一度に述べた。「何か用か」とマルコが尋ねるので、「上にいねえからどうしたのかと思って見に来た」とエースが言えば、「どうもしねえよい」と「マルコは首を振る。まあ自分からチョコを欲しがるような性格じゃねえしなあ、と思うエースは「そっか」とマルコの言葉を流して、じゃあ、と心の中で前置く。「チョコいらねーの」と、(要らなかったら食えるなあ)を脳裏に浮かべながらエースが言うと、「さっきサッチが失敗作をもらってきたから食った」と予想外の言葉を返されて、エースは一瞬言葉に詰まる。失敗作。それはどう考えても、エースが焼きすぎたあの一山ではないだろうか。どうもばれてはいないらしいので、「何それ俺も欲しい」とエースらしい言葉を絞り出せば、「もうない」と平然とマルコは言った。食ったのか。焦げてたのに。なんだか気が抜けて、ふうっと肩を落としたエースは、「マルコの分、預かってきたから」と、きれいな包みをマルコに手渡しす。焦げていない分を食って欲しかった。姉さんたちの名誉のためにも。すんなりチョコを受け取ったマルコが、「じゃあまあ、食うか」とマルコのベットに腰を下ろすので、エースはベッド脇の床に座り込む。「椅子を使え」マルコは言うが、「なんか上の熱気がすげーから、床で涼みたい」とエースは返す。嘘だった。伏し目がちで物を食べるマルコと目を合わせるなら、この位置が一番良い角度である。

そうして、マルコがチョコを口に運んで、「うまいよい」と言われて、エースは内心盛大に胸を撫で下ろした。姉さんたちの名誉は守られた。それから「飲み物をもらってくる」と言って立ち上がったマルコが、「食っていいぞ」とエースにチョコを投げてくれたのだ。とはいえ、エースがその箱を「チョコだ」と認識したのは、箱を投げたマルコが部屋を出てからだったのだが。ほとんど包装のない、真っ黒な地に銀で箔を押した箱の蓋を開くと、中にはシンプルな四角いチョコレートが並んでいる。え、これ、と思いながら、どうにもうまそうなのでマルコの帰りを我慢できずに、エースが1粒口に入れると、それは「うまそう」じゃなくてうまかった。とても。姉さんたちには悪いが、やっぱり既製品には敵わないときもある。愛でカバーできないものもある。あっという間に1列空にしたエースは、残り全部頬張りたいのをぐっと我慢して箱に蓋をした。見えるところにあると良くないので、マルコのベッドに乗せて布団を掛けて、マルコの帰りを正座で待った。マルコがコーヒーを持ち帰るまでが何千秒にも思えたのは、エースの食い意地が張っているからだった。ドアが開いた瞬間に、「残りも半分くれ!!」と叫んだエースに、「全部食っていいよい」とどうでも好さそうにマルコは返して、エースの前にコーヒーと軽食を置く。「腹減ってんだろうが」とマルコが続けるので、「でもこれすげえうめえよ」とエースが布団の下からチョコを出せば、「食いたけりゃまた買うから、今日はお前が食っとけ」とマルコは言う。「マジで」と思わず頬を緩ませたエースの頭を、マルコががしがし撫でるので、エースはぐらぐら首を揺らした。チョコは落とさないように必死だった。
甘くていい日だった。

「マルコは気にしてねえだろうけど、俺は感謝してんだ」とエースはマルコに宣言する。「は、」と、どことなく放心したようなマルコに、「だから今日は何でも食いたいもの頼めよ」と重ねてエースが言えば、「…そこまで高いチョコじゃねえよい」とマルコは呟いた。エースが軽く首を傾げて「だって3倍返しだろ」と返すと、マルコはエースの手を離して両手で顔を覆っている。「なんだよ?」とエースが尋ねれば、「ちょっと待て」とマルコが言うので、エースはちょっと待った。少しばかりマルコの耳が赤い気がしたが、マルコは地黒なのであまりよくわからなかった。しばらくして顔を上げたマルコはいつもと同じ仏頂面で、「分かった奢ってくれ」と言った。「おう、任せとけ!」と胸を張ったエースに、「でも俺も食ったから、お前の分は俺が奢るよい」とマルコが言うので、「え、」と反論しかけたエースを、「いいから」とマルコは一言で遮る。いいんだろうか。エースとマルコの食べる量はたぶん5倍くらい違うのだが。エースの思考を読んだように、「その分高い酒飲んでやるよい」とマルコはふふんと笑った。

というわけで、3月の今日もとてもおいしい日だった。食後に、市街で出会った姉さんたちにふたりで手を振ったら、なんだかとても微笑ましく微笑まれたのが、謎と言えば謎だった。マルコは、最初から最後まで妙に上機嫌だった。

( 視点を変えると違う話に / マルコとエース / 3月14日 / ONEPIECE )