う つ く し い 星



海賊であれ海軍であれ、船乗りは皆星に詳しい。どんなに無知な新入りでも、北の一つ星であるキノスラの位置だけは最初に叩きこまれる。北を指す灯りは、暗い海を進む上で唯一の希望だからだ。羅針盤が意味を為さず、嵐の多いグランドラインでも、晴れた夜だけは方角を知ることができた。今日の様に月の無い夜であればなおさらである。スペード海賊団を率いていた時のエースは、事実そうやって船を動かしていたこともあると言う。「どうしても、ログの差す位置とは別の方角に進みたかったんだ」と笑ったエースの目的が、赤髪海賊団だったと聞いたときは驚いたが。海賊団と言うか赤髪自身か、と、マルコはゆるりと紫煙を吐き出した。マルコが煙草を吸うのは、早朝か真夜中のどちらかと決まっていた。どちらも、空気が透き通って張りつめた瞬間に火を付ける。マルコ自身の青い焔で。たいしてうまいともまずいとも感じないそれは、マルコにとって惰性でしかない。10代の頃、興味本位で手を出して、なんだこんなもんか、と思ったまま止められずにいる。おそらく今日やめたところで何の支障もないのだろうが、いつでもやめられると思えば思うほど、なんとなく続けてしまうのが習慣と言うものだった。きっちり半分吸いきって、残りは高温で灰も残さず焼いてしまう。吸殻を海に放ると、嫌がる奴が多いのだ。ジンベエとか。二度と海には浸かれないマルコと違って、あちらは海中で生きているので、もっともな主張である。マルコも、海に浸かれなくとも海を愛しているので、何も問題はなかった。

煙草を吸うのか、とエースに尋ねられたのは、エースが本当に意味で船に乗って2週目のことだった。眠れないわけでもないだろうに、非番の夜も船を徘徊していたエースを捕まえたマルコが、今日のように甲板に腰をおろしながら煙草に火を付けた瞬間だった。ちらりとエースの顔を見て、逆方向に煙を吐いてから、マルコはひとつ頷いた。へえ、と呟いたエースの顔を見なかったことを、今になって少しばかり後悔している。あの頃のエースは、船にもマルコにもほとんど馴染んでいなかったというのに、その声だけはなぜか懐かしそうな色を含んでいた。それきり会話が続かないので、マルコは面倒くせえなあ、と思いながらエースにひしゃげた箱を差し出す。首を傾げたエースに、「お前も吸うか」とマルコが尋ねたら、エースは一瞬驚いたような顔をして、それからぶんぶん首を振った。無理強いする気もなかったマルコが箱をおさめると、エースはちらりとマルコを見て、「吸わねえけど、ありがとう」と言った。たいして興味もなかったが、うまくつなげれば会話になりそうだったので、「なんで吸わねえか聞いてもいいか」とマルコは尋ねた。エースは少しばかり眉をひそめて、何事か考えているようだ。そこまで考えるようなことか、と思ったマルコの前で、ああ、と頷いたエースは、

「飯がうまくなくなるから」

と、笑った。あまりにもエースらしい理由だったので、気の抜けたマルコも思わず笑ってしまった。笑ったエースと、エースの言葉に、エースが見た目通り子供であることを思い出して、マルコは無意識でエースの頭をわしわしかき混ぜた。子供はかわいがるものだ。撫でられたエースがあんまりにも目を丸くするので、やっぱりマルコは笑った。ぐしゃぐしゃの髪をしたエースも、ふへ、と仕方ないような顔で笑った。マルコが事あるごとにエースの頭を撫でるようになったのは、それがきっかけだった。

前甲板の喧騒とは裏腹に、マルコが座り込んだ後甲板にはほとんど明りも燈らない。航海も1か月を超えると、切り詰めるべき部分が生まれるのだ。どこへでも行ける白ひげ海賊団がどこへも寄らないのは趣味のようなものであるし、その気になれば応援を呼ぶのも簡単だったが(電電虫も伝書鳩も飼っている)それをしてしまっては航海の楽しみが半減する、というのは親父の言である。マルコも同意見だった。不自由でこその船生活だった。快適な生活を求めるのならば陸に上がれば良い。豊富な真水、潤沢な食糧、清潔なシーツ、浴びるほどのアルコール、柔らかい女、どれも陸ならば簡単に手に入る。海上でそれを求める必要はないのだ。それら全てを振り切ってでも、揺れる海面で生活したいと願う好き者が船乗りだった。プロキシン、シリウス、ベテルギウス。暗い甲板で、冬の大三角を数える。星の一つ一つに物語がある、と語ったのはエースだった。ほとんどは神話で、マルコが聞いたことのあるものもないものもあった。108星座どころか、その先まで。どこで覚えたんだ、と尋ねたマルコの先で、エースは小さく口をとがらせて、「…ジジイが」と言った。エースが弟以外の家族について話すのは初めてだったので、マルコはともかく、一緒にいたサッチやティーチやその他隊長格は勢いよく食い付いたけれど、結局それ以上のことをエースは口にしなかった。物語を語るエースの顔は終始穏やかだったので、エースにとって悪い思い出ではないのなら良いとマルコは思う。

真夜中や早朝にエースと会うたびに、エースはマルコの隣に並んだ。大して面白いこともないだろうに、星や海や空を眺めながらエースはマルコの傍を離れない。何一つ問題ではないことが問題だ、と、マルコは思っていた。エースがマルコのパーソナルスペースを犯すことはないし、何よりそれ以上近づいても、エースならば問題ないと思うマルコに、マルコ自身が戸惑っていた。認めてしまうのは簡単だが、子供だと認識したエースにそれ以上を感じることは、少しばかり罪悪感を伴うものだ。エースの方にその気がないのなら、なおさら。つかず離れず、普段よりずっと少ない口数で、夜明けも凪も星座も、幾つ数えたか分からない。今になって思えば、あれはエースの甘えだったのかもしれない。いつでも全力で隊員の兄貴をこなしているエースの、照れくさいような困ったような、何とも言えない表情を見たのは、あの深夜と早朝ばかりだった。

満天の冬星は、マルコに降り注ぐこともなくゆるやかに瞬いていた。ベッドの下におさまってしまうエースの持ち物に、星座盤が含まれていることを、マルコは知っている。何を隠そう、マルコがくれてやったものだからだ。石の台に細かな宝石をちりばめたそれは意外と高かったが、物に執着しないエースが珍しく「いいなあ」と言ったので、高給取りのマルコが自分用に、と買った。その頃はまだ1番隊に所属していたエースが、マルコの部屋に何度もそれを見に来るので、隊長に就任した時に譲ってやった。エースがマルコの部屋に訪れる理由が減ってしまう、と思わないこともなかったが、エースが予想以上に喜んだので、マルコも満足だった。何より、隊長になったエースの部屋はマルコの真向かいにあったので、理由がなくても会いに行けるようになると思ったのだ。蓋を開けてみればそうでもなかったが。今頃はベッドで-もしかしたらまた別の場所で-寝ているだろうエースの、それはきっと枷にもならないのだろう。たとえばここを出たとして、エースは1人でどこへでも行ける。ストライカーに乗って、星を読んで、出会って、別れて、泣いて、笑って、歌って、生きていけるだろう。1人では生きていけないことを知るエースだからこそ。マルコはエースがどこへもやりたくないくらいすきだったが、どこへでも行けるだろうエースのことをあいしていたので、訪れるかどうかわからない「いつか」を邪魔する気はなかった。男の船出を邪魔する理由はどこにもない。マルコの、エースがいる2年間と、エースがいなかった30年間を比べて、2年間の方が遥かに重いとしても。

腰を下ろした地面が冷たくなってきて、マルコは夜明けが近いことを知った。空を飛べるマルコは、いつでも一番手薄な場所を守っている。オヤジの背中も、エースの隣も、マルコの立つべき場所ではない。本陣に親父が構えて、エースが先陣を切るとすれば、マルコは殿を任されるべきだった。どこが崩れても、最後に残るのはマルコだ。何度でも再生する不死鳥の能力を持って、誰が欠けても揺らぐことなく守り続けることがマルコの、それは義務であり権利だった。白ひげ海賊団においてオヤジが太陽であり、月であるとしたら、マルコはキノスラである。どんなときでもそこにあり続けること自体がマルコの存在価値だった。エースの、他の隊員が指すべき方向に、マルコは立っている。今までも、そしてこれからも。

夜明けの光が差し込めば消えてしまう星は、それでもずっと同じ方向を示す。
見えなくても、確かにそこに存在している。

( Cynosura / マルコに夢を見ている / マルコ→エース / ONEPIECE )