幾 世 久 し く 永 ら へ ど



夕凪の海を背に、白ひげ海賊団は夏島の岩場に停泊していた。風もない状態で、これ以上進めなくなったから、という理由で付けた港とも言えない場所だったが、久々の揺れない地面はそう悪くもなかった。今日は岸壁の岩牡蠣をはがして生牡蠣大会だ!!と皆が息巻く後ろで、「俺は土手鍋が食いてえなあ」とサッチが注文を付けたら、じゃあたくさんはがしてください、とバールのようなものを渡された。「俺隊長なのに」と呟けば、「エース隊長とマルコ隊長もやってます」と、二番隊の隊員はバールのようなもので少し先を差した。ふたり並んで、前に後ろに山のように牡蠣を積み上げている。エースが食う量を考えたら妥当かもしれないが、全力にも程がある、とサッチは思った。それでも、突っ立っていてもしかたがないので、サッチもバールのようなものをぶら下げてエースとマルコの横に並んだ。

「よう、大漁だな」

と、サッチが声をかければ、額に汗を浮かせたエースが「オヤジのツマミになるように採ってんだ!」と目を輝かせながら言う。そりゃ偉いな、と、サッチがバールのようなものを持ったままエースの頭をぽんぽんと叩けば、「サッチも食っていいからな」とエースは笑って牡蠣をはがす作業に戻った。エースの隣ではマルコも無言で手を動かしていて、磯臭さと共に少しばかり哀愁を感じた。サッチの悪友は、今日も今日とて二番隊隊長ポートガス・D・エースを眺めている。後ろから前から横から斜めから上から下から真正面から。まるで隠すそぶりもないというのに、それに気付くのはいつもサッチばかりで、もしかして皆は知っていて知らぬふりをしているのか、と思うのだがそういうわけでもないらしい。サッチがマルコばかり見ているわけでもないというのに、ふとした瞬間に見つけてしまう、それはすでにサッチの日常になりかけていた。サッチはガリガリと頭を掻いて、エースの隣ではなくマルコの隣に回り込む。少なくとも、マルコの視線の延長線にさえ入らなければ、サッチは平穏だった。そのままバ―ルのようなものを岩肌に当てる。固くへばりついた牡蠣は意外と剥がし辛くて、すいすいと山を高くしていくエースとマルコはやはり人間離れしていた。と、思うサッチの隣にも、結局あっという間に牡蠣の山が積み重なって、結局隊長格なんてものは皆人間離れしているのだった。周辺の-半径10メートル四方の-牡蠣をあらかた剥がしつくして、三人が伸びをする頃には、積み重なった牡蠣は今にも崩れそうなほどだった。

「養殖でもしたみてえだな」とサッチが肩を鳴らしながら言えば、「養殖物より身は詰まってそうだな」と、バールのようなものではなく、小ぶりのピッケルのようなもので牡蠣を突つきながらマルコは言った。「どっちでもうまけりゃいいだろ」と笑うのは、サッチのものより大型のバールのようなもので乱獲していたエースだ。まあそりゃそうだ。「にしてもこれ全部運ぶのかと思うと面倒だよい」と、今にも崩れそうな牡蠣を眺めながらマルコが呟く。サッチも同感だった。「いっそここで剥いてった方が手間は省けるかな」とエースが言うので、「お前やる気だなあ」とサッチが感心すると、「だってオヤジに喜んで欲しいし」と、バールのようなものを握りしめてエースは頷いた。

というわけで、船からバケツを運んで牡蠣を剥き身にする作業をはじめた。三人で。さすがにそこまでしなくていいと言われたが、エースがやる気だったし、エースがやる気だとマルコもやる気になるし(傍からそうは見えないが)、サッチもふたりに付き合うのは嫌いじゃなかったので、ナイフとバケツを借りていそいそと殻剥きに勤しむことになる。牡蠣の剥き方はエースが知っていた。「殻の…この辺」と、殻の太い方を指して、エースは力を込めた。「こう壊す」と言ったエースの指の下で、ばきりと殻が割れる。「そんでナイフを入れて、貝柱を」さくり、とナイフを翻したエースの手の中で、牡蠣はぱっくりと口を開いていた。「切り離したら外れるぜ」と、牡蠣の身を取りだしたエースに、サッチとマルコはぱちぱちと拍手を送った。「すげーなエース」とサッチが素直に関心すれば、「俺の育った島でも牡蠣はよく食ったからさ」と、照れたような顔でエースは言う。「あ、これやるな」とエースが差しだした剥き身をエースの手から受け取ってしまってから、これいいのか、とサッチは思う。ちらりとマルコを見るが、マルコはすでにエースから殻剥きのコツを教わっているようだ。じゃあいいか、と、サッチは剥き身をつるりと飲み込んだ。「ん、うまいな」とサッチが言うと、「じゃあ親父も喜んでくれるよな」とエースが返して、「さっさと剥くよい」とマルコが促した。相変わらずエースの顔を眺めながら、それでも手を動かすマルコに、サッチはある意味感心している。牡蠣はさくさく殻を剥がされて、どんどんバケツに放り込まれていく。途中で、一杯になったバケツを船に運んだサッチが、空になったバケツを持って帰ると、エースとマルコは顔を突き合わせて笑っていた。さっき、エースがサッチに手渡しした牡蠣と同じように、今度はマルコがエースに牡蠣を剥いてやったようだ。けれどもそれは手渡されず、マルコの手から直接エースの口に運ばれている。自然な動作だった。周囲も見慣れた、ごくごく当たり前の行為。けれども、それはどう考えてもふたりにしかできないことだった。

マルコはエースがすきなのだろう、とサッチは思う。たぶん、友愛以上の意味で。聞いたことはないし、確認する気もないが、おそらく間違いないはずだ。男同士だとか年の差だとか、そんなことを今更問題にする気もない。そもそも海賊だった。世間のはみ出し者は何をしたって許されるものだ。まあ自分の半分の年齢、と思うと少しばかりうすら寒くはなるが、18を超えていればとりあえず合法だった。エースは骨格も体格もしっかりしているし、ロギア系でもあるし、マルコが簡単に組み敷ける相手でもないので、だからサッチはすこしばかり安心しているのだ。マルコとエースがくっつくとしたら、和姦以外はあり得ないだろう。いやマルコが下という線も考えられなくはないが。あまり深く考えると悪友のあらぬ姿まで想像しそうなのでやめておく。猛スピードで殻を剥きながら笑うふたりを見ながら、サッチはしばらく考えた。考えた挙句、空になったバケツにナイフを放り込んで踵を返す。サッチはエースとマルコの隣にいるのがすきだったが、ふたりの邪魔をしたいわけではないのだった。

くっつくのかくっつかないのかとか、今の状態がいつまでも続くのかとか、いい年したおっさんが何してんだと思わなくもないとか、エースはマルコがすきすぎだとか、無防備すぎるとか、そういう全てを「まあいいか」で片づけて、そこらの岩場でやっぱり牡蠣を剥くティーチの隣に座り込んだ。「俺はなんとなく世間の荒波を感じるぜ」と、ティーチに向かってサッチが漏らせば、「良く意味はわからねえが、波ならそのうち凪ぐ日も来るだろうよ」と慰めともつかない言葉を返されて肩を落とした。凪いでいると言えば凪いでいるのだ、あのふたりは。いっそ嵐でもやってきて転覆してしまえば状況も変わるのだろうが、マルコもエースも其れを望んでいるようには思えない。とくにエースに至っては、ただ純粋にマルコがすきなように見えるから手に負えない。あんなふうに、全力で人を好きになって怖くはないのだろうか。親父にも、マルコにも、サッチにもその他隊長にも二番隊隊員にも、真顔で愛を叫べるのはエースくらいのものだ。サッチだってエースはかわいいし、マルコといれば楽しいし、ティーチは親友だが、あんなふうにはなれない。「はーー」と、息を吐いたサッチの横で、ちまちま殻を剥いていたティーチは「余計なこと考える前にてめぇも剥けよ」とサッチに牡蠣を押し付けた。まあ道理だった。サクサク剥いて、空だったバケツがいっぱいになる頃には、ティーチとサッチの周りの牡蠣は殻だけになっていた。「ノルマも達成したし、帰ろうぜ」とティーチが促すので、バケツはティーチに預けて「おう」とサッチも立ち上がる。ちらりと振り返った視線の先で、エースと目が合って、反らすわけにもいかなくてひらひら手を振ったら、なぜかマルコが降り返した。お前じゃねえよ。とは言わなかったが。山のようだったふたり(とサッチ)が剥がした牡蠣も、もうすぐ剥き終わるようだったので、それ以上は何もしないままサッチは船に戻った。

その夜は、当然のように生牡蠣と土手鍋で宴会になった。「生牡蠣大会」と「宴会」では少しばかり意味が違うような気がするのだが、誰もがそのつもりだったので、誰も疑問に思う奴はいなかった。サッチも含めて。「たくさん食ってくださいね!」と渡された鍋の横で、サッチはご機嫌だった。一緒だったティーチは、「そろそろ別のもので飲みてぇ」と言って先ほど席を立ってしまったが、四番隊の隊員はそこら中からやってきてはサッチに酌をして去っていく。男だらけってのもこれはこれで悪くねえよな、と思いながらサッチがにやけていると、ふいに首筋に冷たいものが当てられて背筋が伸びた。手にしていた箸が一本逃げ出して、慌ててつま先で抑える。振り返れば、マルコとエースが仏頂面で立っていた。「よう」と手を上げれば、「"よう"じゃねえよい」と言ったマルコがサッチの右隣に、「サッチも食っていいって言ったろ」と呟いたエースがサッチの左隣に腰を下ろした。箸を拾い上げたサッチの前に、酢牡蠣を入れたガラスの器が置かれて、先ほど首に当てられたのはどうもコレらしい。「これ、親父に食わせた残りか?」とサッチが尋ねれば、「残りじゃねえよ、サッチ用だ」とエースが眉をしかめながら酢牡蠣を指して、「いいから食えよい」とマルコが強請るように言った。ええ?何これ。箸を手にして、「じゃあ…まあ…その、いただきます…?」と言ったサッチに向かって、エースとマルコは一つ頷いて、じっとサッチを見ている。うわ。食いづらい。何この状況。っていうか覇気出してんじゃねえよマルコ。助けてティーチ。親父。それでもむぐむぐと酢牡蠣を口に運べば、エースとマルコの纏う空気があからさまに和らいだ。「うまい」と、聞かれる前に言ったサッチに、「当然だよい」とマルコは口元を歪めて、「俺とマルコとサッチで取って、俺とマルコが調理した牡蠣だからな!」と、何が嬉しいのかエースも満面の笑みを浮かべている。良くはわからなかったが、エースとマルコはふたりで散々楽しんだ後らしい。嫌らしい意味ではなく。

「暇になったからって俺を巻き込むなよ」とサッチが心なしか肩を落とすと、「暇になっても構われなかったらそれはそれで寂しいだろい」とマルコは鼻で笑った。「寂しくはねえよ?っていうかこの人の多い船で寂しい方が難しいだろ」とサッチが返せば、「気づいてねえのはサッチだけだよなあ」と、仕方のない物を見るような眼でエースが言った。どういう意味だよ」と首をかしげたサッチの前で、「鈍いよなサッチ」「ああ鈍いなサッチは」とマルコとエースがそれぞれ頷いている。だからどういう意味だよ。

「まあ、いいからいいから」とサッチを軽くいなしたエースは、「それより鍋もらうな」と、サッチが突いていた鍋に直接口を付けて、中身を飲み込んだ。いや、まだ割と牡蠣も、そのほかの具も残っていたんだが。カレーは飲み物?土手鍋も飲み物?エースにとっては?「俺にも残しとけよい」とマルコに横からつつかれて、「サッチの小鉢に分けといた」とエースは言う。「ああ、ありがとよい」と、小鉢を持ち上げたマルコは、当然のようにサッチの箸をもぎ取って良く煮えた牡蠣を口に運んでいる。いや、俺のだって。「ケチくさいこと言うなって」と、ほぼすべてを飲み干したエースが幸せそうな顔で言うが、サッチの希望で作られた土手鍋だった。「俺の鍋…」と空になった鍋を眺めていると、「じゃあまだ残ってる所に押しかけようぜ」とエースが言って、「そうだな」と賛同したマルコも立ち上がった。いや箸は置いてけよ、と思ったサッチの腕を、両側からエースとマルコが掴んで引き上げる。「なんだよ?!」と言ったサッチに向かって、「一緒に来るにきまってるだろい」と当然のようにマルコは言い放った。当然のようにというか、「決まってる」って言った。いや決まってはいねえよ?そんな決まりはねえよ?ぶんぶんと首を振ったサッチには構わずに、「もういっかい親父のとこ行こうぜ」「ああそれもいいな」と、エースとマルコの話は着いたらしい。ずるり、と一足引きずら荒れたところで、「待てって!」サッチが声を荒げれば、エースとマルコの足はピタリと止まった。「待ったけど?」「なんだよい?」と交互に話しかけられて、サッチは言葉に詰まる。別に、どうということもなかった。親父に酌もしていなかったし、エースとマルコと飲み歩くことに異存はない。サッチが黙っていると、「なんでもねーなら止めるなよい」とマルコが言って、エースとマルコはまた歩き出した。間に挟まれたサッチも、今度は引きずられることなく自分で歩くことにする。

つまるところは、ふたりでいさせようと思ったふたりに気を使われた、ということなのだろう。あるいは、単に何も考えていないのだ。エースもマルコも。くっつきたければ勝手にくっつくだろうし、エースとマルコがどうなろうが、エースとマルコとサッチの関係が変わることはないのだった。知ってるよそんなこと、と呟いたサッチの横で、エースとマルコは酒の話をしている。相変わらずマルコの視線はエースを追っているし、エースはそれ以上にマルコに纏わりついている。で、くっついたサッチはどうにもこうにも邪魔なように見えるが、そうでもないらしい。遠くで、ティーチがサッチを指して笑っているのが見える。まあ当然の反応だな、と思ったサッチも、薄く笑って、「いいから早く歩けよこのバカップルが!」と、エースとマルコを促した。「お前が一番遅かっただろうが」とマルコが言い、「歩いてるっつうの!」とエースが返し、どちらも【バカップル】には一切反応しないところが逆に笑えた。もう結婚しろよお前ら、とサッチは脳内で呟いて、それから、抱えられた腕に腕を絡め返して大きく笑った。

(サッチがいないと寂しいマルエー / マルエーとサッチ / ONEPIECE )