続  く  べ  き  と  こ  ろ  へ  続  く  、



ある日の昼下がり、書類を眺めていたマルコがふと顔を上げると、窓の外が真っ白だった。吹雪いている。先ほどまで、強くはないが温かな光が溢れていたはずの窓辺は、寒々しい色に覆われている。グランドラインの気まぐれな気候にはもう慣れたが、それにしても寒い。先ほどまで薄いシャツ一枚の袖をまくりあげてちょうど良かった気温は、随分下がっている。おそらく氷点下だろう。やれやれ、と思いながら、重くはない腰を上げて(書類から逃げる口実ができたのだ)マルコは壁一面に作りつけた棚に手を伸ばした。エースなどがいつも手を出そうとして躊躇うほど目一杯ものが押し込まれた棚は、マルコにとってとても使いやすいものだった。いつでも手が届いて見える場所に全ての持ち物が置いてあれば、必要なものもそうでないものも一目でわかる。今日着るものも昨日読んだ本も明日使う書類も、同じ所に置いておけば無くすこともない。片付ける場所が決まっていれば、整理整頓はそう苦でもないのだ。あまり片付いてもいないが。とはいえ、エースの部屋ほどきれいさっぱり物の無い部屋と言うのもうすら寒いものだ。エースの潔さは、若さや性格から来るものだけではない、何かもっと深い所から湧いてくるもののようで、マルコはたまに不安になる。マルコとは別の意味であらゆるものにあまり執着のないエースは、いつか簡単に手を放してしまいそうだった。この船からも、そして世界からも。
ふるり、と震えた背筋の寒さは気温のせいだけではなかったが、マルコはとにかく上着を羽織った。一度起ってしまった鳥肌がなかなか引かないので、何か温かい飲み物でももらいに行くことにする。何しろマルコの部屋には、酒瓶しか置いていない。それも半分は空になってしまっているので、ついでにおいて来ようか、とインテリアと化していた空き瓶を掴んだ。冷たかった。吐く息が白い。寒い寒い、と思いながら部屋の扉を開くと、向かいの部屋の扉が閉まるところだった。ちらりと見えたエースの背中は布に覆われていて、さすがに服を着たのか、と思いながら、それ以上意識に止めないままマルコは厨房に向かう。片手にさげた酒瓶がかちゃかちゃと音を立てた。

食堂の入口でコック見習いに酒瓶を預けて、マルコがコーヒーを注文すると、元気よく返事をした見習いは両腕に酒瓶を抱えて厨房にかけていく。「食堂で走るんじゃねえ!!」と怒鳴られているのは御愛嬌だ。いいから転ぶなよい、とおそらく聞こえてはいないだろう背中に声をかけて、いい温度に温められた食堂で息を吐いた。広い食堂にはそこここに人が散らばって、時折笑い声が反響している。平和だった。争い事は、ないならないでそれに越したことはない。戦いも殺し合いも命を掛けた一瞬も、嫌いではないが好きなわけでもなかった。マルコはなるべく平和に生きていきたいのだ。平和に生きていくために強くなったのだった。まあそれはともかく、と、運ばれてきたコーヒーに手を伸ばす。ずず、と一口啜って、ほう、と息を吐いた。寒い日に温かいコーヒーが飲めるだけで、マルコは十分幸せだった。顔には出さないが。

「お、いいもん飲んでんな」

マルコがゆっくりカップを傾けて、半分ほど空にしたところで、後ろから声がかけられた。誰か、はともかく、誰かが近付いていたことには気づいていたマルコは、振り向きもせずに「欲しけりゃもらって来いよい」と言った。「まあそう言うなよ」と言ったサッチは、マルコの隣にがたがたと腰を下ろしてマルコのカップに手を伸ばす。やらねえよい、と言おうとしたマルコの右手に触れるサッチの左手があまりにも冷たいので、マルコは一瞬動きを止めた。その隙を吐いて、マルコのカップを奪ったサッチは、マルコが止める間もなく残ったコーヒーをぐうっと煽って、飲み干してしまった。

「はー、ごちそうさま。あ、おかわり!!」

睨みつけるマルコの視線はもろともせずに跳ねのけたサッチは、ちょうど近くを通りかかった隊員を呼び止めて、空になったコーヒーカップを押し付けた。「マルコ隊長はどうしますか?」と尋ねられて、「俺も頼むよい…」と呟いたマルコは、サッチから目を反らして溜息を吐いた。まったく、ろくでもない。椅子ごと体を反らしたマルコの顔を、サッチはぐぐっと身体を傾けて覗き込んだ。「悪かったって」と言ったサッチの顔が、まるで悪かったと思っていないので、マルコはサッチのゆるんだ頬をぐいと掴んで捻った。少々力を込めて。いってえええ!と叫ぶサッチの声に満足して、マルコも頬を吊りあげた。

「何すんだ、コーヒー一杯くらいで心の狭い野郎だな」
「人の飲んでるもんに手ェ出す奴が悪い」
「海賊は奪ってなんぼだろ!」
「こんなもんしか奪えねえなら海賊なんざやめちまえ」
「ひでえよお前」

頬をさすりながら言うサッチには欠片も同情はせずに、しかし、捻りあげた頬もやっぱり冷たかったので、マルコはちらりとサッチに視線を戻した。「そんなに冷たくなるまで何してたんだよい」とマルコが尋ねれば、「何だよ、俺の私生活に興味あるのか?」とろくでもない答えが返ってくるので、マルコは無言でサッチの頭を張り飛ばした。コーヒーを運んできた隊員が後ろで固まっているので、なんでもないことを伝えてコーヒーカップを受け取る。添えられていた砂糖を全部サッチのカップに落としこんで、ついでにミルクも注いでぐるぐるとかきまぜる。顔を上げたサッチに「ほれ」と渡してやれば、「なんかこれもうコーヒーじゃなくねえ?」と言いながら、それでもサッチは溢れそうなカップに口を付けた。甘いものが嫌いではないサッチにはあまり効果がなかったか、と思いながらマルコもカップを傾ける。

「あー、冷てえのは甲板にいたからだ」
「その話続いてたのかよい」
「お前が聞いたんだろうが?!」
「てめえがふざけるから聞く気もなくなった」
「まあ聞けって」
「とくに興味もねえよい」
「そうか?エースと一緒にいたっつってもか?」

エース、と言う名を聞いた瞬間に、マルコは軽く動揺して、動揺しかけたことに動揺して手を揺らしてしまった。マルコの様子を伺っていたサッチに笑われたことが一番腹立たしかった。「お前ほんとにエースのことかわいがってるよな」としみじみと言うサッチのにやけた顔を睨みつけながら、無防備な足を思い切り踏みつけるのが精いっぱいだった。「すぐに暴力に訴えるのやめようなマルコさん…」と、足の甲を擦るサッチを眺めながら「うるさいよい」と返して、それから。

「…エースならさっき部屋にいたよい」
「だからなんでそれを知ってんだお前は」
「なんでもねえよい、ただ部屋を出るときに入れ違いで見えただけだい」
「言い訳しなくていいんだぞ」
「するか!」

がつん、とコーヒーカップを振りおろして、マルコはぶんぶんと頭を振った。サッチのペースに乗せられてはいけない。マルコはさっきまで平和だったのだ。平常心平常心、とマルコが唱えていると、「あーでも気づかなかったのか」とサッチが隣で呟いた。「何がだよい」と返す律儀さに、マルコは気づいていない。

「エースが着てたの、俺の上着」
「はあ?」
「そこまで見てなかったか?」
「というかお前の上着を把握してねえよい」


とマルコが切り捨てると、「そういういい方はねえんじゃねえかな」とサッチは心なしか肩を落とした。「それはどうでもいいから詳しく話せ」とマルコが言えば、まあお前はエース以外に興味ねえしな、と呟いて、サッチは口を開いた。「いやさ、俺は雪降ってから甲板に行ったんだよ。ちょっと置き忘れた物取りに」だから厚着してたんだけど、と付け加えるサッチの言葉はいいから、と遮って先を促す。

「まあ、そしたらエースがいたわけだ」
「甲板にか」
「ああ、いつからいたんだか知らねえが、いつもと同じ上半身裸で」
「雪降ってる中に?」
「おう、甲板の隅でぼーーっと、海見ながら突っ立てた」
「あんまり寒々しいから上着かけて、中に入れっつったんだが、部屋に行ったってことはほんとに『中に入った』だけなんだな」
「…あの馬鹿…」
「あいつの部屋、暖房はあったかなー?」

あるわけがない。エース自身が暖房のようなものだからだ。寒い夜など、エースは隊員にせがまれて大部屋で一緒に寝ている。"燃えない程度に発熱する"ことができるようになるまで、どれだけ訓練したのかは知らないが、エースは笑いながらやすやすとそれをしてのける。なんでもないことのように。マルコの焔は、燃やすことはできても炎上はしないので、エースのようには行かなかった。せいぜい羽毛布団代わりになるのが関の山だ。自分一人、温まるのならそれでも良いのだが。しかし、エースが、自分のために自分の能力を使うとはとても思えなかった。おそらく凍らない程度に発熱はするだろうが、それ以上に、暖まることを意識するような人間ではないのだ。チッ、と乱暴に舌打ちして、マルコは立ち上がる。「どこ行くんだ?」とにやけるサッチの頭に、空になったコーヒーカップを乗せて歩き出す。と、「何かあったかいもんもってってやったほうがいいんじゃね?」と間延びしたサッチの声がして、マルコが振り返ればどこから取り出したのか、魔法瓶とカップを二つ手渡された。「その手際の良さがむかつくよい」とマルコが感想を述べると、「お前ほんとにひでえよな」とさして気にも留めないような声でサッチは答えた。

「そのうち奢るよい」
「期待しねえで待ってるぜ」

ひらひらと手を振るサッチに一瞥をくれてから、マルコは足早に食堂を後にした。右手に乗せたカップがかちゃかちゃと音を立てている。食堂を右に折れて、階段を三段上って、左に折れて、階段を下りて、南廊下をまっすぐ進んで突き当たりの左右に、エースとマルコの部屋はある。左がエースの部屋だった。魔法瓶を小脇に抱えて、とんとん、と軽くノックする。「あいてるよ」とエースの声が帰って、その声が震えても掠れてもいないので(当然だが)マルコはふうっと息を吐いて、「邪魔するよい」と扉を開けた。エースは、扉に消えた時と同じ、素肌に上着を羽織った姿で窓辺に腰かけていた。備え付けのベッドと、何も乗っていない机だけがぽつんと置かれた部屋で、エースは普段通りの顔をしている。

「おうマルコ、何か用か」
「用ってほどでもねえが、…あー、サッチからだ」
「サッチ?へえ、何」
「コーヒーだよい」

マルコが手にしていた魔法瓶とコーヒーカップを差し出すと、「サンキュ」と短く言ったエースは片手で器用に蓋を開けて顔を綻ばせた。「いい匂いだな、それに温かい」と嬉しそうに言ったエースは、そっけない机にカップを並べてコーヒーを注ぐ。一つをマルコに渡して、マルコのために椅子を引いたエースは、「まあ、座れば」と言って、自分はベッドに腰を下ろした。むき出しの座面に座ったマルコが薄く体を震わせたのを見て、「あ、寒いか」とエースは言って、肩先をゆるく燃え上がらせた。至近距離で陽炎が泳いで、マルコは薄く眼を細める。

「俺より、お前は寒くねえのかい」
「俺?俺は平気だ」
「この寒い部屋でか」
「あー、これ、借りたし」

これ、と言って、エースは羽織るだけの上着を指した。「もう少し着た方がいいだろい」とマルコが眉をひそめると、「そうか?」とエースは首をかしげて、ぼやけた輪郭のまま、また「平気だよ」と言った。部屋の温度はどんどん上がって行く。さきほどまで透き通っていた窓ガラスが、あっという間に白く曇った。外気との差が。マルコがエースを眺めているうちに、エースはくいくいとカップを傾けて、「ごちそうさま」と言って空になったカップを机に乗せて窓際に戻って行く。白く曇った窓を拭って、エースは外を眺めている。窓ガラスに映るエースの顔はいたっていつも通りだ。エースの揺らぎは大分収まって、今は「弱火」ぐらいだろうか。沈黙が続く部屋の中で、マルコが口を開こうとした瞬間に、エースが言った。

「なあ、雪降ってるんだぜ」
「知ってるよい」
「海見てたら、降ってきた」
「甲板でか?」
「うん」

もうちょっと見ていようと思ったらサッチに帰れって言われた、というエースの顔が不満気なので、「裸でうろちょろされりゃあこっちが寒くなるんだよい」と言ってやる。何しろ、薄着どころの話ではない。能力者だろうがロギア系だろうか、寒さ暑さを感じないわけでもないだろう。事実、普段は雪が降ればエースだってもう少しきちんと服を着ている。それがシャツ一枚だったとしてもだ。誰かに迷惑や心配をかけないように、エースが意図せずに意識していることをマルコは知っている。ずっと見ているのだ。エースには上に立つ者の資質があった。だからこそ、意識しない部分さえ忘れてしまったようなエースが、サッチもマルコも心配だったのだ。どうかしたのか、とは聞けないマルコが、マルコ自身が歯がゆかった。尋ねてしまえば、「どうもしない」と返されて、それで終いだ。エースが語りたがらない部分を、マルコが抉るわけにもいかない。何より、それは確かにエースにとって「どうもしない」ことなのだろう。「どうもしない」ことではにことを、エース自身が気づくまで、マルコもサッチもそれを口に出すわけにはいかないのだった。だからマルコは、気づかないふりをする。どうでもよいことのように話を続ける。

「雪なんてそう珍しいもんでもないだろい」
「マルコにとってはそうかもしれねーし、グランドラインに入ってからはわりと見慣れたけど、俺が育った村は雪なんて降らなかったんだ」
「ああ、そうかい」
「雪が甲板に落ちるのもきれいだけど、海に落ちるのも、いいよな。あったかそうで」
「暖かそう?」
「雪が海に落ちて、一瞬で溶けるだろ。だから海はあったけえんじゃねえかなって思う」
「触ったら冷たいだろうな」
「だろうけど」

触りてえのか?とは聞けなかった。溶けてしまいたいのか、とも。答えがイエスでもノーでも、マルコにはどうしようもない。結局、「そうかい」とだけ言ったマルコに、エースは長い間何も言わなかった。視線は、窓の外に向けられている。落ちてくる雪と、溶ける海と。それから、ぽつりと「海は好きか」と言った。質問の意味はわからなかったが、「好きじゃなかったら海賊はしてねえな」とマルコが返すと、「能力者になっても?」とエースは尋ねた。マルコがうなずくと、エースはうん、と頷いて、「俺も」と言った。

「なあ、マルコ」
「なんだよい」
「俺、昔さ、弟を」
「弟を?
「海に連れて行ったんだ」

連れて行って、一緒に泳いだんだ、とエースは言った。エースの弟。ゴムゴムの実の能力者だと言った。エースが能力者になる前から、もっといえば、エースが弟に出会う前から、エースの弟は能力者だった。だから、マルコは慎重に言った。

「能力者なんだろ」
「ああ、能力者だ」
「泳いだのか」
「泳いだって言うか、浸かったって言うか」

あいつも能力者のくせに海が好きで、と海に目を落としながらエースは言った。懐かしそうな目に、ほんの少しだけ影が差したことに気付く。「ダメだって言われてた」とエースは呟いた。「じいちゃんにも、ダダンにも、絶対にダメだって言われてた」と、エースは続ける。「ダメだって言われてたのに、行ったんだ」

「俺がいたら大丈夫だろうって」

背負っても抱いても、弟なら少しも重くなかった。あいつはかるいし、伸びるし、浮き輪とロープだって持っていった。いざとなったらいくらでも引きずりあげて、俺に括りつけたっていいって、思ってた。

「でもなあ、海に入った瞬間に、間違いだって気付いた」

と、振り返って言ったエースの瞳が怖いくらいに真っ黒で、マルコはわずかに身を引いた。これは、何の告白なのだろうか。エースは。何を怖がっているんだろうか。いつの間にか部屋の温度はまた下がっていて、窓ガラスはどこまでも透き通って海と、雪と、空を映している。ふ、と息をつめたエースは、吐き出さないまま、「引きずられていくんだよ」と言った。「弟が遠くに連れて行かれそうになるんだ」と。

海の中で、それは明らかに異質だった、とエースは言う。子供一人とはとても思えないほどの負荷がかかって、普段は穏やかなはずの海流がぐいぐいと弟の体を引っ張るのだという。ぞっとした、とエースは言った。異様な減少にではない。「弟があんまり嬉しそうだから」と。海から引き揚げるのに、びっくりするくらい時間がかかって、それでも波がずっと追いかけてくるみたいで、逃げた。走って逃げた。びっくりするくらい重い弟を抱えて、波が届かない森の奥まで走って。

「それから俺は二度と弟と海に行かなかった。だって怖いんだ。弟が連れていかれるかと思った。あいつはほんとに海が好きで、どれだけだめだって言っても行きたがって、だから無理やり引き戻して、でも、もう俺はいないから、あいつは今海にいるのかもしれないんだ」

だから。とは、言わなかった。でも、とエースは。あるいは、やっぱり。と。
自分で実を食って、一度ならず海に沈んで…思ったんだ。能力者は海に嫌われるんじゃない、好かれちまうんじゃねえかと。二度と離さないように、絡みついてしがみついて離さないように。だから泳げないし、浮き上がれないし、帰れないんじゃねえかなあと。

「それでも海に出たがる理由も分かった。能力者も海が好きなんだよな」

と、言ったエースの口調と視線はもういつも通りだった。真っ暗だった目の色も穏やかなものに戻っていて、けれどもだからこそ、エースが語った全てを受け入れることはできなかった。マルコは海が好きだった。けれども、それはエースがいま語ったような、いっそ飛び込みたくなるほど荒々しい感情でも、波に包まれて溶けてしまいたいと思うほど儚い衝動でもなく、うねる波を、凪の海原を、嵐の海流を、越えていく達成感にあった。だからマルコは、エースに頷きはしなかった。ただ黙って、エースの頭をぐしゃぐしゃと書き交ぜる。「なんだよ、」と言ったエースの顔を覗き込んで、「安心しろよい」とマルコは言った。

「何を?」
「たとえ海がどれだけお前を好きでも、お前がどれだけ海を好きでも、俺たちのほうがずっとお前を好きだよい」
「は、」
「だからどんなに引きずられても、引きずり戻してやるから安心しろよい」」

といって、エースはマルコの肩に掛けられていたサッチの上着ごと、エースを抱きしめて、体を不死鳥に変化させた。もふり、とエースの顔がマルコの羽毛に埋まる。ぶふ、と妙な声が聞こえたが、マルコは気にせずにエースの肩に首を擦りよせた。やはり冷たい。じゃあ生体羽毛布団だ。一人分の。人肌の(鳥肌の?)温もり付きで。エースはしばらくもぞもぞともがいていたが、やがてぴたりと動きを止めて力を抜いた。どうやら諦めたらしい。「あったかいな」とエースが言うので、「何よりだよい」とマルコは鼻を鳴らした。エースには劣るが、まあ暖房器具としては役に立つだろう。やがて、さらに小さな声で、「…マルコが?」とエースは言った。少し考えて、「引きずり戻してやる」に対する質問だと思い当たったマルコは、「俺はムリだよい」と言った。

「一緒に溺れるだけだから、誰か別の奴だな」
「何だよそれ、締まらねえの」

羽根に埋めたエースが、くつくつと笑う振動が伝わって、マルコもふっと笑った。鳥の表情筋はあまり上等なものではないが、とにかく笑ったつもりだった。さりげなくエースの視界を海から浚って、できればこのまども塞いでしまいたいが、あいにくエースの部屋にカーテンなどと言う上等なものはない。マルコの部屋にもない。少しばかり思案した後で、ずっとこうしていたらいい話か、とマルコはあっさり思考を放棄した。まだ笑っているエースの背中を翼で撫でて、もう少し言うことにする。

「……まあ、」
「ん?」
「俺の他に誰もいなくて、お前が一人で引きずられそうになったら、助けてはやれねえが」

そんときは。

「俺も一緒に沈んでやるから、それはそれで安心しろよい」
「…なんだよそれ…」

くぐもったエースの声が、それでも咎めるようではなくわずかに安堵したようだったので、マルコは満足だった。「なんだよ、じゃあ、飛び込めねえじゃねえか」と、本当に小さな声で言ったエースに、「其れが狙いだよい」と澄ました声でマルコは告げて、癖の強い髪をまたわしゃわしゃとかきまぜる。マルコの翼から抜け落ちた羽根が雪のように舞って、解けないまま床に降った。

( 最後の部分は絵にすると割と笑える[不死鳥×エース] / サッチとマルコ、とエース / ONEPIECE )