そ し て 君 が 最 後 の 季 節



大晦日だった。ノース・サウス・ウエスト・イースト、全ての海から集まった白ひげ海賊団の隊員たちは、グランドラインの船上で宴に興じている。もちろんグランドライン出身の隊員もいるわけだが、グランドラインでは島の気候海域を出た瞬間に海が変わるので、4つの海出身者程の結束感はない。とはいえ、皆同じ志を持って集った仲間、むしろ親父の息子であるので、船に乗る1600人余りが皆兄弟なのだった。船に乗る今にとって、生まれも育ちも意味を成しはしない。が、やはり出身は違うので、さまざまな流儀の「大晦日」がそこここで繰り広げられている。どこに混ざるかは各自の自由だ。自分の生まれた海通りに過ごすのもいいし、どこかの海を知るのもいい。モビー・ディックと4つの船を吊橋でつないで、行き来自由にした大きな宴会場では、歌声も酒も笑い声も料理も明りも絶えることはない。モビー・ディックの船首に落ち着いた親父のまわりにはひっきりなしに人が訪れて、盃が渇く暇もなかった。またナースに叱られるよい、と思いながら、マルコもたっぷり注いできた。今年壱年の敬意と愛を込めて。

朝から始まった宴は、まるで勢いを失わずに夜を迎えていた。あちこちに灯った篝火が車座に座った隊員たちを照らしている。マルコは、先ほどまで飲んでいた場所を離れて、ふらりと船べりに寄った。少しばかりまわった酔いを醒ましたかったからでもあるし、中心にいた人間の呂律が怪しくなってきたからでもある。ああなるともう手がつけられない。ただの酔っ払いの集団だ。同じようにつぶれてしまえば楽しいかもしれないが、中途半端に意識が残っていると乗り切れずに寂しい思いをするのだ。その前に、ということで、マルコは一歩引いた船べりから船内と船外を眺めていた。他の船より少し高い位置にあるモビー・ディックからは、宴の場が一望できる。船を止めた海域は夏島を目指しており、この時期であっても寒さはあまり感じない。むしろ、酒気を帯びた体に後半を渡る風が心地良いくらいだ。車座を立つときにさらってきたボトルを傾けて、夜空に掲げる。去りゆく年に乾杯。

と、唐突に星空を埋めて花が咲いた。ぱぁん、と乾いた音をさせて開いた花が開ききる前に、続けていくつもの花弁が降り注ぐ。今が冬なのか夏なのか判断しかねるが、とにかく年を超える夜に開く花火というのも乙なものだ。赤、緑、青、銀、金、火花を数えながら飲んでいると、カツン、と靴音が聞こえる。マルコが振り返らずにいると、足音は途中で止まって「マルコ」と名を呼んだ。

「キレイだろ」
「エース」

ひょい、と隣の船から渡ってきたのは、両手いっぱいに肉を抱えたエースだった。いくつもの集まりを渡り歩くエースはどこででも歓迎されて、飲まされる度に火花を上げていた。この花火も、最初の一発目はエースが上げたものだろう。いつもの火花と同じ色をしていた。とん、と弾みをつけて吊橋から降りたエースは、そのまますとんとマルコの隣りに腰をおろして肉にかぶり付いた。こっちの車座を回るんじゃねえのか、と胡坐をかいた膝をマルコが軽く蹴り飛ばすと、「ちょっと休憩」と不明瞭な発音でエースは言った。ここでするな、とマルコは思う。何しろ渡り廊下のすぐ下だ。邪魔だろ、ともう一度蹴ろうとしたマルコの足を止めて、「マルコも同じだろ」とエースは言った。

「ていうか暫く誰も渡ってこねえよ。そのために打ち上げたんだからさ」
「そうなのか」
「おー。な、だからキレイだろ」
「まあ、綺麗だな」

休みなく降り注ぐ火花と煙と破裂音の中でマルコの言葉を聞いたエースは、そばかすの浮く顔をにぃっと大きく綻ばせて笑った。よくよく表情の変わる男だ。あんまりそんな顔するなよい、と渋い顔をしたマルコに、だってお前が褒めてくれるってあんまないだろ、とエースはやっぱり笑った。別に褒めてはいないのだが、エースがあんまり楽しそうなのでマルコは否定しないことにした。お前酔ってるな、と呟いたマルコに、さっき親父にアレいっぱい飲まされた!と言った、エースが差したのは親父の大杯だ。やめてくれ、と頭を抱えたマルコの下で、あーほらだから花火見ろって、とエースは夜空を指している。結局酔っ払いに絡まれたマルコは、あきらめてエースの隣りに腰を下ろした。ひょい、とエースの皿から肉をつまむと、こっちもうまいぞ、と次々皿を渡してくるので、いいから花火を見ろよい、とマルコのほうが諭すことになった。おれも一口、とエースが言うので、マルコは手にしていたビンをエースに渡してやる。ついでに、エースの顔に飛び散った油と肉汁を拭いてやった。誰かがエースの首に巻いたナフキンで。キレイだろー、とまだエースが言うので、ああ、とマルコは頷いた。

「綺麗だ」
「マルコの方がよく光るけどな」
「ああ?」
「青い火」

能力を花火と一緒にするな、とマルコは思ったが、エースの火花が花火に見えたマルコにはエースを咎める理がない。マルコが光るのは変体後の羽毛だけだが、エースの炎はどこまでも鮮やかに燃え上がる。何もかも灰にして。ビンを傾けながら、ぼう、っと左腕を炎に変えたエースは、なあ燃えてみて、とマルコにねだった。はあ?と声を上げたマルコに、エースは「いいじゃん」と軽く笑った。俺マルコが燃えたとこ見るのすきなんだよ、と。

「それは…ないだろ」
「なんで?アレだったら、俺もここでやるよ、大炎海」
「モビーが全焼するからやめとけ」
「じゃあ蛍火」
「帆に燃え移ったらシャレにならねえよい」
「大丈夫だろ?コーティングしてるし」
「そういう問題じゃねえよい…」

頭を抱えたマルコの上では、相変わらず火の花がいくつも開いている。船から少し離れた海上にエースのストライカーを浮かべて、そこから上げているようだ。帰りはどうするつもりなんだと思うが、ストライカーの横には普通の小舟も繋がれているので、漕いでも良いのだろう。二番隊は隊長のお守りで大変だ。好きでやっている奴も多いが。なあ、とまだマルコの袖を引くエースに、いいから食ってろよい、と骨のついた肉を押しつけて立ち上がる。どほいふんら、と不明瞭な発音のエースの頭に、「酒とってくる」とマルコは手を乗せた。もう酔ってしまおう。エースが隣にいる限り、素面でいるとマルコの方がもたない気がした。それでも、ビンとグラスをふたつ持って帰ってしまうのは、マルコがエースに甘い証拠だった。ついでに、エースのために肉を盛り上げた皿も。モビー・ディックの船べりに寄りかかったエースは、ぼんやり花火を見ている。口は動いているので、何も問題はないだろう。

「エース」
「あ」

ほれ、とマルコが皿とグラスを渡せば、おお、とエースは声を上げて受け取った。エースの前にビンを置いて、マルコはエースの隣ではなく前に腰を下ろす。ほら、とマルコがビンを挙げると、エースはグラスを差し出して中身を受けた。少しだけ溢れた液体が、グラスの縁からエースの指を伝って後半に染みを作る。あ、と言ったエースは、グラスを持ったまま指を舐めた。もっと零れるだけじゃねえかと思ったマルコをよそに、エースは上機嫌でグラスに口をつけようとして、それから思い直したようにグラスを置いた。

「マルコ」
「なんだよい」
「俺も注ぐよ」
「…遠慮しとくよい」
「すんなって」

いいからいいから、とマルコの手からビンを取ったエースは、マルコにグラスを押しつけてとぷとぷと酒を注いだ。エースの手が危なっかしいので、半分を過ぎたところで「ありがとうよい」と言ってグラスを引き上げる。うん、と頷いたエースは自分のグラスを持ち上げて、マルコのグラスにかちんとぶつけた。「カンパイ」と笑ったエースに、ああ、と返して、マルコはグラスを空にした。あとは手酌で注いでいく。夜空はまだ火花が埋めていて、「いつまで続くんだ」と言ったマルコに、「もうすぐ終わる」とエースは返した。

「あともうちょっと」

と空を見上げたエースと、つられてエースの視線の先を追ったマルコの先で、その日一番大きな花が弾けた。きらきらと軌道を描いて火花が流れていく。それきり花火は上がらなくなった。静かになった夜空には、消え残った煙と星が瞬いている。時間にして壱時間弱、上がった花火は数百発にもなるだろうか。よく用意したな、とエースを労ったマルコに、火遊びは得意なんだとエースは嬉しそうに笑った。今度は褒めたんだ。それでいいとマルコは思う。ただし言葉はもう少し選んだほうがいい。マルコはもう一度グラスを空にして、それからエースと自分のグラスに酒を満たした。またかちん、とグラスを合わせて、マルコは口を開いた。

「おめでとう」
「何?」
「誕生日だろ」

一番大きな花火が開いた瞬間に日付が変わっていた。大晦日から元旦へ、日付と年が変わっている。グラスに口をつけた形で止まったエースは、マルコをじっと見つめて、それから「知ってたのか」と言った。「知ってるよい」と言ったマルコの前で、エースはまだ固まっている。エース、とマルコが声をかけると、ああ、と言ってエースはグラスを傾ける。少しばかり顔を赤くして、珍しくうろうろと視線をさまよわせたエースは、「別に」と言った。

「別にそんな、めでたくもねえだろ?」
「めでたいよい」

少なくとも俺達にとってはな、とマルコは思い切りよく笑いながら言った。船を乗る全ての兄弟たちにとって、エースの生まれや育ちは何の意味も持たない。「エースの誕生日」は「白ひげ海賊団2番隊隊長ポートガス・D・エース」の誕生日でしかなく、そしてそれはどこまでも喜ばしいものだった。新年の訪れ以上に。おそらく新年を祝いたかったのだろうエースには気の毒だが、先ほどから皆がちらちらとエースを気にしている。が、エース自身が気づいていないので、もうしばらくはマルコがエースを独占していても良いだろう。親父がエースを呼びに来るまでは、一つ年を取ったエースはマルコのものだった。エース、とマルコは肉で顔を隠しているエースの名を呼ぶ。うん、とくぐもった声で返事をしたエースに、もう一度。

「おめでとうエース」
「あ、…ありがと」

蚊の鳴くような声で言ったエースは、思い切りよくグラスを空けて、マルコのグラスも奪い取った。ああ照れている。これは間違いなく照れている。そのまま新しいビンを明けようとしたエースの手を止めて、マルコは肉と肉と肉を乗せてやる。プレゼントだよい、とマルコが言ってやれば、面白いほど大きくエースの体が跳ねた。素直な奴である。俯いたエースの癖の強い黒髪をわしわしと撫でて、「今年もよろしく」とマルコが言えば、「よろしくお願いシマス…」と形の良い耳を真っ赤にしてエースは答えた。

なかなか顔を上げないエースのために、片腕だけ不死鳥に変えてやったのはマルコがエースに甘い証拠だった。
( エース誕生日おめでとう! / 1月1日 / マルコとエース / ONEPIECE )