朝が来るたびに夢から覚めるんだ 真夜中、暖かい文次郎の隣から抜け出して雨を見ている。 といっても目を凝らしたところで見えるものは濃い暗闇で、実際は雨の音と匂い、つまり雨の気配を感じていた。文次郎とあれやこれや、ちょっと人には言えないようなことまでして眠りにつくまでは聞こえなかったので、それはきっとついさっき降り始めたのだと思う。 素肌に寝巻を羽織っただけの姿でいつまでもそれを見ている。 「…こへいた」 小さな、でもはっきりとした呼び声に振り返ると、文次郎が薄く目を開いてこちらを見ていた。上半身を起こそうとして、力が入らないのかバランスを崩して布団に倒れこんでいる。 「ごめん起こした?」 「あー…さむい」 繋がらないけれど噛みあった言葉。ああそりゃあ裸だからねえ。口には出さずに見ていると、文次郎は緩慢な動きで布団に包まろうとしたが、寝ぼけているのか縦横が逆だった。全く掛かり切っていない。笑いをこらえて文次郎の側へ戻ると、布団をかけ直してやった。ありがとうとかまだ寒いとかぼそぼそといったあとで。 「何してんの、お前」 「雨が」 「雨?降ってるのか」 「降ってるねえ」 「それが?」 「うーん、降ってるなあと思って」 「ああ?それだけかよ…」 俺は疲れてんだよ お前のせいで お前も疲れてるんじゃねえのかよ 寝てろよ 汗ばんでるし でも動くと腰痛ェし かといって動かないでいるとなんかでてきそうだし ぐったりとうつ伏せた形で恨み言を聞かされて少し慌てる。なんか出てきそうだしっていうのがリアルで嫌だ。 「ううわああごめん体拭くよ」 「ああぜひそうしてくれ」 文次郎はうつ伏せたまま言った。 一応用意はしてあった盥の水で手ぬぐいを絞って、ささっと汚れ(汗とか涙とかふたりぶんのあれやそれとか)を拭っていく。ひやりとした感触に最初だけ体をこわばらせたけれど、あとはおとなしく受け入れている文次郎になんとなく欲情した。いや、もう散々したから今日はいいんだけど。おとなしい文次郎っていいよなあ。なんて不純なことを考えながら手だけはおとなしく動かしていた。 新しい寝巻を着せ付けて、もう一度布団をかけ直す。そこまでしたところで、 「雨なんて珍しくねえだろ?」 「うーん、そうなんだけど、なんか耳についてさあ」 「耳ィー?」 そんな軟弱なことで忍者が、とかなんとか文次郎はつぶやいたけれど、私が答えないのでそのうち口をつぐんだ。私だって普段はこんなことにはならないのだ。気配には敏感なほうだが、自然現象にまで気をすり減らすのは馬鹿馬鹿しい。 「…分かってるんだけどさ。眠いんだけどさ」 「寝ればいいだろうが」 「うーん…よくわかんないんだよねえ」 こういう時に目が覚めると何か焦るんだけど、どうしたらそれがなくなるかもわからない。焦ったまま寝ようとするとなんだか余計に目が冴えて、その繰り返しで。 「しょうがないから起きてるんだけどさ」 「ふうん…」 興味がないわけではないが眠いので思考が回らない、という声だ。 寝ていいよというとお前に許可されなくてもそうすると可愛くない返事が返ってくる。私にとっては可愛いから良いか。 相変わらず耳につく雨音を振り払うように、目を閉じた文次郎の顔を覗き込む。眠っていても隈の浮いた顔とか、首筋とか、唇とか。白くも柔らかくも優しくもないけど文次郎だから愛しくてしかたない。 なんていったらこの状態でも確実に殺人級の攻撃が飛んでくるんだろう。 照れ隠しに全力を注ぐからなあ、動機は可愛いんだけど破壊力は可愛いなんていってられるレベルじゃないからたまに困るんだよな。 ああ私も眠い。でもまだ聞こえる。どうでもいいことを考えながらその顔を見ていると、緩慢な呼吸の間から小さく声が漏れた。 「…さ…るなよ」 「え?」 不明瞭な発音。思わず問い返すと、 「流されるなよ」 今度ははっきりと文次郎はそう言った。流される?何に?意味がわからなくてきょとんとしていると、彼は目を閉じたまま笑ってあくびをひとつ。 「流される…」 そっと繰り返してみたけれどやっぱり分からなくて、笑みを作ったままの文次郎の顔を見ている。なんだかとても幸せそうだったので、(羨ましくなって)見た目よりはずっと柔らかくて滑らかな髪に触れた。そっと、流れに沿ってそっと撫でる。そうして流れた一筋を摘み上げると、一度は閉じた目が開いてどこかうっとりと私を見た。そうしてまたゆっくり閉じて、今度こそ開くことはなかった。 文次郎がここにいる。雨の音がする。 耳につくだけだったそれは、いつしか文次郎の寝息と溶け合って聞こえなくなった。 END.
妙なところで繊細な小平太、とだけ決めて書いたらよくわからないものが出来上がりました。とりあえず事後。ナニがなくても事後。ぐちゃぐちゃの布団に包まっている文次郎を妄想するだけで幸せになれます。わたしも、たぶん小平太も(勝手に共犯!) 妙なところで包容力のある文次郎が好き、とだけいって終わりにします。 |