本当のありがとうはありがとうじゃ足りないんだ 「ちょっとこい」 「ん?」 そういえば最近見かけないなあと思っていた文次は、極秘の任務とかどうとか言うことで学園をあけていたらしい。何をしに行くかは(なにしろ極秘なので)誰も知らなかったけれどどこかへ出かけたことくらいは皆知ってる。そういうものだ。そして文次郎は優秀なのでその回数も誰よりも多い訳で、だからわたしはいないことに寂しさを感じる(同じレベルで喧嘩できる相手がいないんだ)ことはあってもそれを不快に思うことはなかった。 で、その文次郎が今私を呼んでいる。 帰ってくるなり喧嘩したいのかなあでもわたしもフラストレーションたまってるからいな、と思いながら来いといわれるままについていったら違った。 薄暗い顔(っていうのか?暗いだけでいいのか?でもなんかすごく気分の悪そうな、そういう)でぽつりと。 「ひとを」 「斬った。」 「へえ」 それ以上でもそれ以下でもない言葉しか吐けなかった。今までも人を傷つけたことはあるので斬ったというのは殺したという意味なんだろう。でもただそれだけだ。それが、どうした? 怪訝な目で見ているわたしには気づかない様子で文次郎は小さくうめいていきなり俺にしがみついた。ええ?何?泣いている訳ではないらしいけれど嗚咽が聞こえて、途方にくれているとぶつぶつと呟く声が聞こえた。耳元で。 「俺こんなことがしたかったんだっけ、そうじゃないよな、でもわかってたはずだひとを斬ることもあるなんて ことは だけど本当は何も分かってなかった。わかってなかった」 「なあ だってさ 別に何も俺に危害を加えたわけでもないんだぜ ただ俺が、見つかったから、俺が捕まってはいけないから、だから、俺が見つからなければ 俺のせいなのに」 「文次」 「なんでこんなことになったの なんでおれはこんなことしてるの、なんで 俺、なんで」 「う、あ、ねえ」 「何?!」 「えっ、何って いうか、ええと」 「なに、何か言え」 こんな風に錯乱した文次郎を見るのは初めてだ。 私が何も言えなくなるなんて滅多にないことなんだけど、血のにおいもしない文次郎からは人を切った余韻なんかは少しもかんじられなくて、でも私は斬ったことがないからどうやって慰めていいかわからない。文次郎が優秀だから請け負ったことなんだろうか、同じように優秀な仙蔵なら斬った事があるんだろうか。 じゃあ仙蔵に渡した方がいいのかなーとおもうけれど文次郎のほうから私にしがみつくことなんてめったにないので離すのは惜しいなあと思ってしまう。 別にそんなに強く抱きつかなくても逃げないけど。違うか、自分の方が逃げていきそうで怖いのかな。そんなことないよっていってやりたいけどもしかしたらあるかもしれないので(何しろ相手は文次郎だ)いい加減なことはいえない。 「なにかって、言われても」 「何でもいい、何でもいいから なあ」 なあって言われても… 「なんで俺 忍者になりたかったんだっけ」 「え?」 (なんで俺忍者になりたかったんだっけ) 忍者を目指していれば一度はおもうことかもしれない。クラスメイトの口からも何度も聞いたことがある。冗談のように、愚痴のように、真剣に。でも文次郎からそんな言葉を聴くなんて思いもしなかった。たとえ天地がひっくり返ってもこの忍者馬鹿はそんなことを言う日はこないとおもっていた。 人を 切ったくらいで 揺らぐもの だったのか? 斬ったくらいなんて斬ったことのない私が言うことじゃないけれどそんなことも越えられないような忍者馬鹿だったなんて。なんか。嫌だ。 ぽつんと胸に浮かんだしみのような言葉に自分で自分に驚いた。え?いやだ?誰が?わたしが?だれを?文次を?ええ?? 混乱したけれど思ったことは口にしないとすまない性分なので(馬鹿だからそくぶつてきなんだと仙蔵辺りはよく言う。でも私はソクブツテキが漢字に変換できない)しがみついている文次郎をひっぺがして、うつむく顔を覗きこんだ。 「文次、なー文次」 「な、んだよ」 「私 今のお前きらい」 「え」 「あ、違った。いやだ」 「…同じだろ。字は」 「あれ?そうだっけ」 「そうだよ」 「んーー。でもまあいいや、とりあえずどっちでもいいけど、私は今のお前が嫌だ」 「なん、で」 「わかんない」 「は」 「わかんないけどいつも忍者になりたがってるお前がそんなふうになってるのはいやだ。見たくなかった」 「え、え」 「うん、だから悪いけど私は今お前といたくないから誰か別の奴…」 捕まえてしがみついて。と続けようとしたところで文次郎が息を呑む音が聞こえたので口を閉じる。ん?そのまま何秒か見詰め合ったところで文次郎が。 「…う、」 「う?」 ダイレクトに受け答えてみたけど。 「ううう…」 「え?」 「っ…う…!」 声を殺すように泣き始めたので驚いて私も息を飲んだ。 なにこれ?泣き顔見たことがないわけじゃないけどここまで普通に(普通に?)文次郎が泣いたところなんて見たことがない。 「え?え?何泣いてんの」 「泣いてねえよ!!」 「泣いてるよ!!!」 「ねえっつってんだろ!!お前今の俺が嫌なんだろもうどっかいけよ!」 「え、それはそうだけどさ!でもえええ?なんで泣くの」 「なんでって、いうかよ…」 いうかよって、そりゃ言うだろ。だって文次郎だし。 「お前…さあ、お前」 「何?」 「お前、俺のことなんだと、思ってる」 「?潮江文次郎」 「…お前、もしかしてさ…俺のこと潮江文次郎って言う種族の生き物だとか 思ってたり しねえよな」 「…んん?」 「だから 俺のこと人間だって わかってるよな?」 「えーと…文次郎は文次郎、だよなあ?」 「俺は、そうだけど。でもその前に人間だって、他の奴とおんなじだって、分かってるよな?」 「…んんんん?文次郎は文次郎じゃないの?他とは違うんじゃないの?」 「いやそうだけどそうじゃなくてえーと、だから俺は、俺は俺だけど忍者嫌になったりもするし泣きたくなったりもすんの」 「えええ?そんなん文次郎じゃない」 「だからそれはお前が考えてる俺で俺が見せたい俺だけど俺の全部じゃねーの」 少し考える。少しといっても私にとっては痛いくらいのフル活動でショートしそうなくらいだ。 文次郎は文次郎だけど私が知ってるだけじゃなくて、もっと知らない文次郎があって、わたしが嫌な文次郎も文次郎で、でも私は文次郎が好きで、別に嫌だから嫌いなわけじゃなくて、ええと、だからええと?なんだ? しょうがないのでまずは思い浮かんだ疑問をぶつけてみる。 「文次は弱いの?」 「弱いわけじゃねえ。…でもいつでもつよいわけでも、ねえ」 「慰めて欲しかったの?」 「誰がだ!!!」 「え。違うの」 「それなら最初からお前よりずっと気を使う奴のところに行く」 「あー伊作くんとか」 「わかってんじゃねーか」 「えー、でもそれならなんで私のところに来たの。嫌だとか、言っちゃう私のところへ」 「……………から」 「え?」 「だから、…………」 「ええ?聞こえない」 「聞こえないように言ってんだよ!いいたくねえんだよ!察しろよ!!」 「だーからそういうことはできないんだって言ってんだろ!!」 「この脳味噌筋肉野郎!!」 「なんだよ忍者馬鹿のくせに!!」 「んだとォ?!!てめえなんてな、…!」 閑話休題。 ちょっとブランクがあったけど文次郎との応酬はやっぱり切れがあっていいなあ、なんて清清しく額の汗を拭ってみる。ってアレ、何の話をしてたんだっけ?首を傾げるといつもよりちょっとだけ暗い文次郎の顔が目に入ったので ああ、と思い出す。そうそう、暗い話をしてたんだ。 文次郎は平気そうなのでもういいかなあと思うけどこういう状態の文次郎を見たのはフェアじゃない気がするので言っておく。 「私もすぐそこまで行くから」 「そこって?」 「人を切るところ」 「…そっか」 嫌でもその時は来るだろうし、別に嫌な訳でもない。いつか来るなら早い方がいいと今は思っている。文次郎がコレだけ錯乱したなら私はどれだけ取り乱すのかな。見たくないけど文次郎になら。 「その時私がどうなるかはちゃんとお前に見せるから」 「見たくねえよ」 「見てよ。そんでよわい私のことを嫌だって思うといいよ」 「…思わねえよ」 「思っていいよ。そしたら多分私はつよくなれるとおもうから」 「だから今は弱くていいよ。私もまだ弱いから」 「…え、」 ん?何だ?また泣くのか??と身構えた私に見えたのは、泣き顔とは似ても似つかない笑顔。 そういえばコレもあんまり見ないなあと見つめているとまた文次郎がしがみついてきた。んん? 笑いながら言うことには。 「偉そうなこと言ってんじゃねえよ馬鹿のくせに!!」 「ばっ…?!!お前それは酷いだろ?!!」 「ばーか!」 「何なんだよ!」 「何でもねえよ馬鹿!!」 って。それじゃまるでわたしの名前が『馬鹿』みたいじゃないか?ていうか笑いすぎじゃないか文次は?さっきまでの変な(コレも変といえば変だけど)文次はどこへ消えたんだろう。と思うけれどわたしはこの文次は嫌ではないので気にしないことにした。 END.
出来ていないふたりを書きたくて。 小平太の前でなら泣ける文次郎と文次郎に漠然と失望する小平太。みたいなね。 なんていうか小平太のほうがそういうことに対してシビアそうだなあ、と落忍を読みながらふと思ったので。別に死にネタでもないのに後味が悪い感じでごめんなさい。 二人とも完璧に馬鹿だと思ってかいててごめんなさい! |