インストゥルメンタル

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「すきです」

5年ろ組、鉢屋三郎。顔は不和雷蔵。
別にどうという訳でもないがうさんくせえなあとは思っている。
今日も貼り付けたような(事実貼り付けているんだろう)笑みを浮かべて立っていた。

出会い頭にかけられた言葉を反芻する。
適当な挨拶ほどしか交わしたことの無い唐突にかけるにしてはあまりにも気安すぎると思う。
なんて返せばいいんだ、ありがとう?からかうな?俺も好きだ?
考えていると目の前の顔が噴出した。

「…なんだよ?」
「すいません。冗談です」

と、言ったら先輩はどうするのかなーと思って。

「そうしたら随分考え込んでいるから面白いなあと」
「お前な、それは良く知りもしない人間に仕掛けることじゃねえだろ」
「よく…知りませんか?僕は先輩のこと結構知ってますよ」
「は?」

6年い組所属の地獄の会計委員長で死に物狂いで忍者を目指していてそのための道ならいっそ険しい方が良いと思っていて眼の下の隈は修行のしすぎでできたもので、
すらすらと言葉を紡ぐ。うわべだけの情報。

「そんなことでいいなら俺もお前のことくらい知ってるぞ」

5年ろ組学級委員長で1000の顔を持つと噂される、その顔は同じクラスの不和雷蔵のもの、術の腕は6年生以上ではないかと噂される。

「なんだ、じゃあ僕たちは知らないもの同士じゃないですね」

出会い頭に好きだといってもいいじゃないですか?
胡散臭い笑顔。

「…いや、よくねえだろ…」
「どうしてですか?」
「そんなことでいいなら学園全部と知り合いってことになるぞ」
「いいじゃないですか、フレンドリーで」
「俺ならいいけどな、下級生なんかが本気にしたらどうするんだよ」

しかもお前その顔は不和のだろ。

「本気に?」
「本気に」
「しましたか?」
「はあ?」
「だから本気にしましたか?」
「だから俺はしねえって、」
「言いませんよ本気でなんて。先輩よりはまだ善法寺先輩の方が好みです」
「なんで伊作が出てくる」
「6年生で考えたらそれしか無かったんですよ」
「あいつは不運委員長だぞ?」
「不運ですけど1番まともですし」

立花先輩は美人ですがどこか不気味ですし、中在家先輩花に考えてるかわからないし、七松先輩にはついていけそうに無いですし。
それ全部本人の前で言って見ろと言いたいが、たぶんコイツはそれもできるんだろう。
俺だって御前よりは不和の方が好みだといってやりたいがそれも何か違う気がする。
さすが6年生より優れているといわれる5年生。話を煙に巻くのもうまい。
不遜な態度を取られている訳ではないが、どこまでも腹立たしいのはこちらの劣等感だろうか。

「人間は自分に無いものを求めるというしな」
「それはお互い様でしょう?」
「…お前なあ」

喧嘩を売っているんだろうか。
売られた喧嘩は買うのが道理だがどうして絡んで来るんだ。
苦虫を噛み潰したような顔で眺めていると、またしても胡散臭い笑顔を浮かべて。

「それじゃあ失礼します」

一礼して颯爽と立ち去ろうとする背中を呼び止めた。
顔だけ傾けるその顔を掴む。

「おい」
「なんですか」
「すきだ」
「二番煎じですよ」

同じ手を使っても意味は無いでしょう。
鼻で笑うようなその態度にもめげずに真顔で告げる。

「すきだ」
「そうですか」

それはどうも。
余裕を崩そうとしない顔にギリギリまで近づいて目を合わせた。
瞬きすらしない。いい度胸だと思う。
寸止めで止めておこうかとも思ったがここまできたら後には引けないのでそのまま口付ける。
さすがに震えたが逃げはしなかった。ますますいい度胸だ。
手を放す。さすがに笑みは消えていた。

「何するんですか」
「嫌なら避けろよ。言っただろ、すきだって」
「冗談で先輩がそこまで意地を張るとは思いませんでした」
「意地じゃない」
「じゃあなんですか」
「本気だよ」
「…は、」
「本気だ」
「…………」
「と、いったらお前はどうする?」

返答に詰まったその顔を見て、これでドローだと文次郎は愉悦そうに唇の端を吊り上げた。
END.


ゼロサムゲーム / 落第忍者 / 潮江×鉢屋×文次郎 /


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