溶け出す前を知るんだ 「くっそ…」 文次郎は、呼吸を整えながら声を出さずに呟いた。 授業の一環として、6年生5忍で忍び込んだ城。内乱(いわゆる世継ぎ争い)が起きたその中は、危険ではあるが仕事がしやすい環境、であるはずだった。手引きした者の裏切りさえなければ。 恙無く仕事を終えたところで一気に囲まれて火をつけられた。あらゆる角度から人を信じないのが忍者であるからそう驚いた訳ではないけれど、やはり少し苦しいものである。とりあえず屋根裏に上ってから、少しずつ逃げ出した…のだけれど。急に変わった風向きのせいなのか何なのか、倒れた針に進路を塞がれた。殿を勤めた俺だけ。向こう側で誰かが叫ぶような声がしたけれど構う間はないので急いで逆方向へ(元来た方向へ)逃げた。 そうして、今に至る。 「状況は最悪だ…」 見つかってはいないが、囲まれた状態。 逃げ切れるだろうか。この中を。 残った武器を確認する。苦無が3本、棒手裏剣が一本、火器が少し。 武器以外にはさっき奪った書類が一枚。 これがなんなのかは知らない。ここまで来てしまえば捨てていっても(むしろ火をつけてしまいたいぐらいだ)構わないのだろうがこちらにも意地がある。これだけは死守して、と胸にしまってから立ち上がった…ところで、音もなくやってきた誰かに口を塞がれた。 叫ぶ魔も身をよじる間もなく暗がり(いや十分暗かったんだけど)に引きずり込まれる。 「っ!!」 「静かに」 なんてことだ気配にも気づかなかったなんて忍者失格だいやそんなことより、…この声には聞き覚えがある。必死でその手を叩いて暴れも騒ぎもしないということを伝えると、ようやく腕が緩んだ。それでも引き止められたままの腕から、身をよじる様にしてその誰かの顔を見上げる。と、ああ、やっぱり。 「…利吉さん」 顔を隠していて目元しか見えなかったけれど、それは確かにたまにやってくる山田先生の息子だった。話をしたことはないが挨拶くらいならしたことはある。それくらいの繋がりなので文次郎はともかく利吉の方が文次郎を覚えていることはありえないと思ったのだけれど(その他大勢だろうし)、どうやら向こうもこちらを認識しているようだ。それを疑問に思う間もなく、 「どうしてこんなところに?」 質問に少し身構えた。忍者には守秘義務がある。が、所詮は裏切られた任務だ、少し考えてから口に出す。 「忍術学園に依頼された仕事を、6年生が請け負うことになって」 「どうして君だけ」 「俺が殿なので、逃げ遅れた形で」 「…困ったな」 「え?」 何が?というか、利吉さんこそどうしてここに? と、問いかけようとして見上げた目の冷たさに息が詰まる。 背中にじわりと汗が流れた。そうだ、どうして気づかなかったんだ。プロの忍者が忍装束でそこにいることに幾つの理由があるというのか。忍び込んだ場所にいた。ということは。 「侵入者は全て殺せといわれているんだ」 「敵…ですか」 あなたが。 緩んだ腕の中というだけではなく、単純に動けなかった。普段ならば逃げて逃げられないことはないかもしれないが、ここは敵地の真ん中だ。隠れる場所が限られている以上、逃げ切れるとは到底思えない。ごそりと袂を探るが、その手は簡単に止められてしまうだろう。ますます冷や汗が止まらなかった。 「どうする?ここで戦ってみるかい」 「………いいえ」 少しずつ息を吐きながら答えた。ゆっくりと腕の中から抜け出して利吉と向き合う。 「あなたには勝てる気がしませんし俺は既に後ろを取られています」 「おとなしく殺されると?」 「覚悟はあります」 体格にも年齢にもそう差はない。が、実践をこなした数が違いすぎる。数度だけ見たことがある、利吉の戦う姿は無駄がなくてそれはもう美しかった。いつかああなりたいと思う姿。 その姿に殺されるのなら、まあ、そう悪くはないのかも、しれない。 利吉が取り出した苦無の刃が薄明かりに光るのが見えた。極力それは見ないように、利吉の顔だけを見上げる。 「目は閉じないのかい?」 「最後まで焼き付けて逝きますよ」 うまく笑うことは出来ただろうか。 瞬間、喉に押し当てられた刃物の冷たさと見上げる目のそれとに笑みが強張ったけれど、揺らぐことはなかった。と思う。少しずつ刃に込められる力に、どうせなら一思いにと思ったけれど口には出さない。殺される立場がどうこう言える問題ではないからだ。 だがある程度(薄皮を通り越して血管に近づく程度だ)まで進んだところで不意に利吉の顔が歪んだ。なんだ?と思う間もなくその顔が笑みに変わる。 「…利吉さん?」 「いや、すごいなあと思ってね」 「はっ?」 「本当に目を開けたままでいられるとは思わなかった」 私はそこまでできないな。最後まで無様に足掻くよ。 いやそりゃああなたほどの実力があれば足掻いてみるのも一驚だと思いますが俺VSあなたでは無様とかそういうもの以前に瞬殺ですから!意味がないですから!と言いたかったけれど巧く舌が回らなかった。いつの間にか苦無の感触は消えていた。 「…あ、」 「ここで摘むのは惜しいな。それに知り合いを殺すのは後味が悪い」 「え…、」 それでいいんですかと尋ねると、元々ここの雇い主には良い感情を持っていなかったたのだと言う。確かに裏切りやら何やらを見ていると文次郎もそう思う。それに先に5人も逃がしているんだから今更一人追加しても構わないと言われてしまえば。生きているに越したことはないだろうと思った。 「この勝負は君に預ける。また君が卒業した後で受け取りに行くよ」 その時はもっと別の形でまみえることができるといいな。なんて笑った意味は良くわからなかったけれど、そこから行けば出口に近い早く行けと促されて全速力で走った。 振り返る間はなかった。 城から十分離れた合流地点まで駆け抜けたところでようやく息を吐いた。息が上がっているのは仕方がないと思おう。なんせ殺されかけたのだから。ばらばらと駆け寄ってくる影(足音はしない)を4つ確認してまた息を吐いた。良かった、全員無事だ。 「文次郎!無事だったか!!」 「あ…、」 「もう大変だったんだよ、仙蔵が君を助けに行くって聞かなくて…でもほんとに良く無事だったね」 「ああ…」 「文次、ここどうしたの?ひっかけた?」 「え?」 「細い傷が……」 小平太が首筋に手を当てる。どろりと流れ出す血の熱で冷たい苦無の感触が甦った。 あの時感じた殺気はたぶん本物。ここで生きていることは、きっと、…そう思った瞬間にぞくりと悪寒が走った。なんだこれは。今更恐怖?嫌違う。そんなものじゃない。 「え、これ刀傷?」 「刀じゃねえよ」 「でも刃物だよね??なんでそんなところに、え、大丈夫なの?」 伊作の言葉に長次や仙蔵までが文次郎を訝しげに眺めた。もしかして捕まったのねえ大丈夫、うるせえなここにいるってことは大丈夫だったんだよ。誰にあってどうしたかなんて、大したことではないのだから告げてしまえばよいのだけれど、なぜか口に出す気にはなれなかった。あの熱いほど冷たい殺気を手放したくない なんて。何を考えているのか。 苛立ちのようなわだかまりを感じながら黙って小平太の手を押しやった。 END.
えーと…利…文?です。 2,3ヶ月前に途中まで(むしろ途中だけ)書いて放置してあったものをサルベージ。どうにもC級なので書き上げない方が良かったかなと思うのですが書いてしまったので載せておきます。 敬語文次郎受がすげえツボだったんだとおもいます。今でも好きです。 |