それは正解も間違いもない

それ正解間違いない



…かすかに足音が聞こえた。
パタパタと軽く、それでもしっかりと床を踏みしめて。
そろそろだろうと思っていた。手を止めて、足音の訪れを待つ。
一定のリズムで刻まれたその足音は予想通りこの部屋の前で止まって、薄汚れた小平太と長次がなだれ込んできた。

「たっだいまーー!!」
「…ただいま、」

薄汚れてはいるが元気そうである。少々の傷はご愛嬌だ。
とにかく無事に帰ってきてくれて良かったと思う。

「おうお帰り。お疲れ」

そう声をかけると、ほんとに疲れたよーと泣きそうな顔で小平太が訴えた。
長次も隣で頷いている。相当辛かったんだろう。
二人に向き直りながら、まあ座れよと床を指した。
聞いてくれよ文次ー、という泣き声に笑って頷きながら。

ひとしきり話し終わったところで、小平太が何か思い出したような顔で言った。

「あ、これおみやげ」
「ん?」

小平太はごそごそと隠しを探って何かを取り出し、はい、と笑ってそれを差し出した。
少しひしゃげていたが、それは鮮やかに咲く、

「椿…か?」
「ううん、山茶花。って、長次が教えてくれた」
「さざんか」
「うん」

あげるよ。
言われて、差し出されるままそれを受け取ってしまってから首を傾げる。

「なんで俺に?」
「似合うような気がしたから」
「…似合うか?」
「うん?似合うよ」

似合うといわれても頷けるものではないが、すがすがしいくらい全開の笑顔で言われてしまえばそうするしかない。ありがとうと言ってそれを脇に置く。あとで何かに生けてやろう。

「あとねえ、えーと」

まだ喋り続けようとする小平太の袖を無言で長次が引く。
報告に行かなければ、ということなのだろう。小平太もばたばたと立ち上がった。

「じゃあまたね!」
「おう」

ひらひらと手を振って駆けていく。
一息ついてから、真っ赤な山茶花をつまみ上げた。
椿に良く似た八重咲きの花びら。美しいものであると思う。思うのだが。

「…似合うかー…?」

それを手にしたままもう一度呟いた。

「何がだ?」
「おわっ!!」
「なんだ失礼な奴だな、人の顔を見て驚くな」
「お前の顔じゃなくて声に驚いたんだよ…いきなりなんだよ」
「自分の部屋に入るのに許可が必要か」
「そうじゃねえけどよ」

と呟くと、仙蔵は分かっているさと小平太が開け放したままだった戸の隙間をするりと抜けた。
ろ組が帰ってきたことを伝えると、ふたりの後姿が見えたと返される。

「なんだあれは、報告の前にここに来たのか?」
「そうみてえだな」
「みたいだな、って…慣れたものだなお前も」
「まあ、毎回だからな」
「付き合わされる長次も大変だ」

やれやれ、と肩をすくめながら仙蔵も分かっているのだ。
帰ってきたときに待っている者がいることは気持ちがいいものだ。
たとえそれが今だけの感情に過ぎないとしても。
それはさておき、と仙蔵は文次郎の手元を覗き込んだ。

「なんだそれは?」
「小平太が寄こした」
「小平太が?」
「ああ、俺に似合うんだと」
「それはそれは…寒椿か」
「いや、さざんか、だそうだ」
「山茶花。よく知っていたな小平太が」
「長次に教わったんだと」
「ああなるほどな…で、お前に似合うって?」
「あいつの目に俺がどう映っているのかを見てみたい」
「はははは。いや、…ああでも、…似合うかもな」
「はあ?お前まで何言ってんだよ?」
「ろ組が行ったのは、確か雪の多い地域だったな」
「ああ、でもそれがなんだってんだよ」

肘を突いて寝転がると、顔に向かってすいと指が伸ばされた。
思わずより目になったところをその指で突付かれる。なんだよ。

「山茶花は雪の中で咲く赤だ」
「……はあ」
「だから お前に似合うさ」

小平太もなかなか考えるものだな。
仙蔵はふふふ、と面白そうに笑って目を細めた。

雪の中で咲く花。
そんなことを言われても俺には雪の中で散る自分の姿しか見えない。
咲く、赤と。咲くように広がる紅。

「…俺には似合うのか?」
「私たちはそう思うということだ」

そうか。似合うのか。確かにそれは静謐な光景かもそれないが。
俺がそんな風に見えるのだとしたら、そのときは

「…だといいな」
「何か言ったか?」
「いや」
「ふうん?…ああ、」

咲いた花が散るように咲いた赤を雪が覆い隠してくれるといい。
そのとき俺に降る雪は どうか

「寒いと思ったら雪が降っている」
「積もるか?」
「どうだろうな…積もったらきっと小平太が来るな」
「ああ、雪だらけになってな」
「迷惑な」
「そう言うなよ」

どうか、眩しいくらい 白いといい。
END.



花言葉は「困難に打ち勝つひたむきさ」。文次郎っぽいなあと…あと「愛嬌」ってのもあったんですがそれは小平太で。あーあと「追憶」とか「純真さ」とか…まあそれも文次郎…文次郎?
別に小平太は文次郎に血が似合うとかそういう意味で贈ったわけじゃなくて、仙蔵もそういう意味じゃなくて、ただ単に美しい孤高さが似合うと思っただけなのですが 文次郎は自分をそういう目で見ていないので(当たり前だ)死ぬ姿しか見えなかった、と
それも綺麗だと思うけどやっぱり違うんだよなあ。と。

あ、こへ文です。仙蔵が出張っていますがこへ文です。

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