あるがままの心で生きようと願うから

れ以上意味なくたって



「なーーー、文次ーーー」
「ええい鬱陶しい!!」

間延びした小平太の呼びかけに、文次郎は声を尖らせた。
人が必死に計算を重ねていく横でだらだらと寝そべっている。そのことが既に腹立たしいのに、コイツは邪魔ばかりしやがるのだ。だらだらと際限なく声をかけてきたり手元を覗き込んで筆を倒してみたり背中に寄りかかってきたり。
俺のこの声は無理もない、と思う。
だが小平太はそんなことを気にもかけずに声をかけ続ける。

「遊ぼうよーーー、あーそーぼーうーよーー」
「忙しい」
「そんなんさーもー適当に終わらせればいーじゃん、真面目すぎだよ文次ーー」

なーなーなーなーなーなー。なーー。
無視を決め込んでいたが、延々と続く小平太の声に、文次郎の仲で何かが切れた。
バン、と顔の直ぐ側に算盤を叩きつけて、血走った目で睨む。

「誰のせいで予算練り直してると思ってんだ!!委員会で片っ端から備品ぶっ壊しやがって、ちったあ反省しろよ!!」
「そっそれは!悪いと思うけど、でもさあ、」
「でももなにもねえよ!」
「悪いと思うって言ってるじゃんそれくらい聞いてよ!」
「悪いと思うって言うのは謝罪にも反省にもなってねえんだよ悪いと思うなら今すぐここを出て行くかそこに土下座するかどっちかにしろ!!」
「土下座って、そこまで言うことないだろ!」
「嫌なら出てけ、そしてしばらく顔出すな」

あっち行け。
いきり立つ小平太の前でひらひらと手を振ると、面白いくらい顔が赤くなった。
単純でいいな。本当に。

「馬鹿にすんなよ!」
「うるせえんだよ。大体馬鹿にするっつうかお前馬鹿だろ」
「お前だって忍者馬鹿のくせに!!」
「それがどうした、ただの馬鹿よりマシだ」
「っ、っ、っ、うーー、」
「何だよ、言いたいことがあるならちゃんと日本語で言え」
「なんだよもーーー!!もーーー!!」

真っ赤な顔をしたまま膨れる。その顔に少しは溜飲がさがったけれど、邪魔なことに変わりはないのだ。とにかく出て行けと言い続けると、小平太は机においてあった算盤をがばっと掴んで立ち上がった。
それを突きつけて言うことには、

「もういいよ!!文次なんかとはもう絶対に遊んでやんねーからな!」
「ほーー。それで誰と遊ぶってんだ、仙蔵や伊作がお前と同じレベルまで降りてきてくれると思うのか」
「うーーっ、とにかくこれは人質だからな!お前が取りに来なきゃ返してやらねーからな!」

支離滅裂だ。算盤振りかざして叫んでも全く迫力がない。

「人質って、それ人じゃねえじゃん、それにそんなもんいくらでも代わりが」
「うううっ、そういうことじゃないんだよ!」
「じゃあどういうことなんだよ説明してみろ出来ねえのか?」
「ううううううう!!」
「出来ねえんだな」

畳み掛けると、小平太は地団太を踏んで算盤を振り回した。
10キロあるんだぞそれはあぶねえだろうが。というような目で見ているとそのまま廊下に飛び出して、俺に向かって舌を出して叫ぶ。

「ばーーか!!文次の馬鹿ーーー!!」
「叫ぶんじゃねえ!!あと廊下走るんじゃねえ!!!」

うわあああん!!
盛大な(そして嘘くさい)泣き声とともに地響きが去っていく。
アイツの精神年齢は幾つなんだ、1年生でもあんな事言わねえだろ。
とにかく静かになったところで計算計算、と代えの算盤を取り出しながら呟いた。


午後も早い時間から始めたのに、気づけばもう夕食間際だった。
区切りがついたところで筆をおいて盛大に伸びをする。
そういえばあれから小平太は一度も来ていない。今までの経験からすると、そのうち帰ってくるだろうと思っていたのだが。ちらりと障子の向こうを眺めるが、そこにいるような気配もない。
静かだったからこそ終わった計算なのだが、さすがに少し。

「…そんなに気にしたか?」

気になって呟いてみる。
自分が悪いとは全く思わないが、少し言いすぎたような気はしないでもない。

「うーん…」

算盤が人質だとか言っていたな。仕方がない。取りに行くか。
ついでに一緒に食堂に行けば機嫌も直るだろう。うん。頷いて立ち上がった。



「…」

小平太の部屋の障子を開いて、少しでも心配したことを後悔した。
確かに静かにしている。それはもう静かに。というもの。
小平太は算盤を抱いて気持ち良さそうに眠りこけていた。
どことなく顔が赤いのは先ほどの名残だろうか。

「喚き疲れて寝る、ってほんとにどこのガキだよ…」

なんとなくどっと来て、やっぱりこのままコイツは置いていこうと思った。
起こしてしまわぬようにそっと算盤に手をかける。と、小平太は目を覚まさないままさらに強くそれを抱きしめた。取りにきたら返すんじゃねえのかよ、寝こけてるんじゃねえよ。
ていうかそれ10キロあるんだぞ、寝苦しくねえのかよ。
眺めていると少しだけ唇が開いて、寝息とともにかすかに声が聞こえた。

「もんじ…」

不意をつかれてドキリとする。寝言のようだが、夢の中でも怒鳴りあっているんだろうか。
次に発する単語が馬鹿だったら全速力で殴る。拳を握り締めたところで。

「………ごめん」

聞こえた言葉に力が抜けた。そういうことは起きてから言いやがれつうか遅いんだよもっと早く言いに来いよ心配なんて柄でもないことさせるんじゃねえよ。
起きていたらそう言ってやりたいのに。いつまで寝ているつもりだてめえは。

とりあえず開いた手で、眠りこけている小平太の頬を思いっきり捻り上げた。
これは効く。殴るのと同じくらい効く。

「いっ!!」

予想通りに飛び起きた小平太は、一声叫んで頬を押さえた形で固まった。
その顔を覗き込んで。

「うるっせえ!寝起きで叫ぶな」
「えっだって今なんかすげえ痛…あっ文次!!」
「叫ぶなっつってんだろ。これは返してもらうからな」

寝起きで力の抜けた腕から算盤をもぎ取った。うっとかあっとか叫んで取り返そうとする小平太の腕を全力で避ける。寝転がった体制のまま上目遣いで恨めしそうに見られた。

「…いつの間に来たんだよー」
「てめえが寝こけてる間にな。つうかもう夕食だ」
「え?!」
「寝すぎだお前は」
「えー、えー…寝る気はなかったんだよ」
「幸せそーに寝てたぞー、これ抱え込んで」

顔の前でひらひらと算盤を動かすと、悔しそうにまたううとかああとか唸っている。
語彙が貧困すぎるんじゃねえかこいつはこんなんで将来大丈夫か、と妙なことが心配になった。
それはおいておいて。まだ頬を擦っている小平太に声をかけた。

「ほれ行くぞ」
「う?え、どこへ」
「寝ぼけてんじゃねえよ、食堂だろうが」

言い捨ててから立ち上がりさっさと背を向けて歩き出す。慌てて起き上がる気配がして、ちょっと待てとかそんな声がかけられたが、それでも振り返らずにいると軽く体当たりをかまされた。痛えな畜生。

「なんだよ」
「ちょっとくらい待ってくれてもいいだろー」
「十分待ってやっただろうが、起きるまで」
「起きるっつうか起こしたんじゃ…痛いんだけど」

確かに赤く痕が残っているがそ知らぬふりをして食堂まで急ぐ。
小平太もそれ以上は何も言わずに、ただ二人で黙って歩いた。
あと少しというところで、ちらちらと小平太がこちらの様子を伺ってくる。

「なんだよ」
「えーと」
「なんだ」
「ごめん、な」

いろいろ。さっきのこととか予算とか算盤とか私の態度とか。
殊勝な態度に思わず噴出しそうになった。さっき夢の中で練習していたんだろうか、とか。
が、表面上は無表情を装って言った。

「それはもう聞いた」
「へ?」
「何にしろ遅ぇんだよお前は」

わけが分からないという顔をする小平太の首を引き寄せて、脇で締める。
うわ、何、歩き辛ェ!!というような声がするが気にせずに歩き続けた。

「…まだ怒ってる?」
「計算は終わったからそれはもういい」
「……………エヘ」
「だからってへらへらするんじゃねえよ」

首を絞める力を強くすると、にえーとかぎえーとか妙な呻き声が聞こえた。よし、満足。
満足したところで放してやると、苦しそうにしながらも笑って言う。

「明日はちゃんと遊ぼうな!!」
「備品壊さねえ程度にな」
「うん!あーなんか腹減った、おばちゃーん、俺定食ご飯大盛りでーー!」


叫びながら食堂に駆け込む小平太の後を追いながら、やっぱりこれがいいと思った。
うるさくても馬鹿でもウザくても小平太は小平太がいと思った。
END.



小平太×文次郎。逆に見えるけど小平太×文次郎。
とりあえず算盤抱える小平太が書きたかったので満足。
一言でいうと馬鹿。もう気持ちいいくらいに馬鹿だと思って書いています。二人とも。
冷静に見返すと何だこの幼児と保護者は、という気分になるんですがそれでもいい。幼児×保護者 でもいい(よくはねえだろ…)。とにかくこの二人を書いていると物凄く楽しいです。楽しいです(反復強調)

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