あるがままの心 で 生きようと願うから 陰口を、聞いた。自分に対する。 聞かなかった振りをして立ち去ろうとしたがそれは出来なくて。 結局、たくさんのことを、聞いた。 元々人好きのするほうではないし、自分の性格に問題があるのもわかっている。だから敵が多いことも、人から嫌われることも、分かっている。分かっているのだけれど。 (さすがにまともに耳にすると堪える…) 面と向かって言われるのならまだ堪えられるのだ。三木や1年は組のような分かりやすい態度で出られればまだ対応も出来るし否定も出来る。 だがこんな風に陰で言われてしまうと、そしてそれを聞いてしまうとどうしても堪える。そしてたぶんそれはどんなに相手を完膚無きに負かしても払拭できるようなものではなく。 どこか胸の奥深くにチクチクと刺さっていつまでも痛むのだ。 (あ、…) 人が動く気配がしたので急いでその場を立ち去った。 こんなところは誰にも見られたくない。 向かったのは校舎裏の木陰。適度に日の差すその場所はなんだかとても気持ちが良い。良いのだけれど、死角になっているからなのか何なのか、今までそこで誰かを見たことがなかったので、ずっと穴場として通っている。こんな風に、弱くなった時に。 今日もその場所に腰を下ろして溜息を吐いた。 どうしようもない。どうしようもないんだ。この性格を変える気はないし自分が間違っているとも思わない。としたら、ある程度は人の反感を買うのはどうしようもない。どうしようもないんだ。 …だけど。 だけど、私が何をしたって言うんだ。出来ることを出来るということがそんなに悪いことなのか。それはただの嫉妬じゃないのか。出来ないのが悔しいのなら出来るまで精進すればいい。それをしようともしないで陰で人を叩いたって何にもならないじゃないか。 自分も自分だ。 そんな連中に何を言われたって気にしなければいいのだ。自分が自分を理解していれば、実力さえ認められていれば。周りからどう思われようと気にしなければいいのだ。 態度を改める気もないのに嫌われたくはないだなんて虫が良すぎる。 自分にも他人にも言い訳なんてしたくないんだ。 だけど、だけど、だけど、だけど、だけど、 「だけど」 思わず口に出してしまってから。 ふいにガサガサと音がした。 まずい、と思ったけれど咄嗟に身を隠すことも逃げ出すことも出来ずに固まる。別に悪いことをしていたわけじゃない。逃げることはないんだ。言い聞かせたところに覗いた顔は。 「あれ」 暢気な声。動いているところしか見たことのない体育委員長。 「滝夜叉丸じゃないか」 「七松先輩…」 なんてことだ。いつも騒がしいこの人。 人の話なんて一つも聞かないくせになぜか聡いこの人。 この人がここにいるなんて。早く向こうに行ってくれればいいのに。 そう願う滝夜叉丸を他所に、小平太はどっかりとその隣に胡坐をかいた。どうやら居座る気らしい。じゃあ自分がどこかへ行こうと腰を浮かせかけたときに。 「この場所知ってるのは私だけかと思ってた」 「私もそう思ってました」 「いいとこだよなあ。静かで綺麗で、人もいなくて」 「さっきまでは私もそう思ってました」 「?滝夜叉丸、何か機嫌悪い?調子悪い?」 「別に…、」 「そっか」 深入りはしてこない。 その鷹揚さを有難いと思い、今度こそそこから逃げ出そうとしたのだけれど。なぜか足は動かない。 聞いてみたくなったのだ。嘘はつかないだろうこの人に。 「…先輩も、私のことなんて嫌いですよね」 言ってしまった。そんな直球に。七松先輩のことだからきっと直球で返すに違いない。自分で自分に傷を作ってどうしようというんだ。 「なんで?」 けれど、小平太は不思議そうな顔をして首をかしげた。 なんで、と聞かれても。返答に詰まると、嫌いじゃないよと言われた。 「なんで私がお前を嫌いだと思うの?」 「だって、皆私のことなんて嫌いだし、私は性格悪いし、」 「皆って誰?誰かに嫌いって言われた?」 「……」 「言われたのか」 沈黙は肯定。 「私は凄いと思うよ」 「…凄い?」 「だって、自分を卑下するのは簡単だけど自分を褒めるのって難しいじゃん?その分回りからの目は厳しくなるし」 「そんなの、当たり前の」 「お前には当たり前のことでも皆には当たり前じゃないんだよ」 なんだろうな、おとなしくしてれば褒められるような場面でも、自分でできると宣言してればできて当然、出来なかったら笑われる、って感じになるしさ。 小平太は考えながら言葉を紡いでいく。 「それでも滝夜叉丸はその中で優秀だと認められてる。できないよ、普通は」 「でも、私は」 認められても嫌われてる。 小さくなった滝夜叉丸を敢えて見ようとはせずに小平太は暢気な声で言った。 「自分のできることをできるということがなんでそんなに悪いんだろうね。滝夜叉丸は分かる?」 「分かりません…」 「出来ない奴は出来るまで努力すればいいのにねえ」 「…」 まっすぐな言葉に打ちのめされそうになる。 そんなことを口に出したなら、またどれだけの敵を作るか。 今更そんなものは怖くないけれども、でも。 「それをしないでお前に文句言うのは間違ってるよなあ」 「…どうして、ですか?」 「だって滝夜叉丸は努力してるだろ」 「私のことなんて先輩がどれほど知っているというんですか」 「知らないけど分かるさ。見えないところでがんばってるからそれだけ強くなったんだろ?実技も教科も。それを人に見えるところでやってたらきっとそんなに妬まれずにすむだろうに」 「それをしてしまったら天才じゃなくなるじゃないですか」 「あっはっは、お前はそればっかだなあ」 小平太は豪快に笑う。 「でも私はお前のそういうところ好きだよ」 全部ひた隠しにして結果だけを人に見せようとするその強い心。 わたしはすきだよ。 その言葉を何度も反芻する。初めて言われたような気がした。 「そんな風に言ってくれるのは先輩だけ、です」 「そんなことないよ。きっと他にもいるよ」 軽く。ずっと心に刺さっていたものを、この人は本当に軽く払おうとする。そして深く根付いていると思っていたそれがあまりにも簡単に抜けてしまったことに。 それこそどうしようもない。 「間違った自信を持つのはかっこ悪いけどさ、滝夜叉丸の自信は間違ってないもん。分かる奴はきっと分かってるよ。だからそんな顔するなよ」 そんな顔。言われて初めて自分の顔が歪んでいることに気づく。どうしよう、頬を伝う感触だけでなくもっといろいろなものが溢れそうだ。 一度堰を切ったものは簡単に止まりそうにはなくて。 「そんな顔するなって。私が泣かせたみたいじゃないか」 苦笑しながら頭に乗せられた手の暖かさ。 「先輩の、せいです…」 「ええ、なんで?!」 「ここは私が弱くなれる場所だったのに先輩が邪魔するから」 私は絶対に人に弱みは見せないことを誇りにしていたのに。 実力に裏打ちされた誇り以上に強いものを私は持っていないのに。 「それに、」 「でももうしょうがないじゃん。私は見ちゃったし滝夜叉丸は見せちゃったし」 「そうですけど」 「開き直ればいいよ」 「…そう、言われても」 そういうと、小平太は乗せた手を放すことなく唸った。 「うーーん、」 何を悩んでいるんだろうか。 「開き直れない?」 「すぐには」 「じゃあ、私をここの付属品だと思えばいいよ」 「…はい?」 何の話なんだろうか。 溢れるものは止めないまま小平太を見る。 笑いながら小平太が言った。 「ここにいる私は七松小平太という人間じゃなくてこの場にある草とか木とか光とか、そうしたものだと思えばいい。そうすれば楽になるんじゃない?」 「…………先輩は先輩ですよ」 「そうだけどさ」 「喋るし」 「そうだね」 「笑うし」 「そうだねー」 「触るし」 「そうだねえ」 何かの付属品なんかじゃない。 言い募っても、小平太はただそうだねと頷くばかり。 「真面目に考えてます?」 「考えてる考えてる。滝夜叉丸が泣き止んでよかったと思ってる」 「え…」 気づけば涙だけでなく溢れていたもの全てが。 違う、これは止まったんじゃない。流れても良いと知ったからこそ溢れる必要がなくなっただけで、 「笑うといいよ。楽になる」 「…先輩を見ていると分かる気がします」 「見習うといいさ」 溢れるほどの小平太の笑顔を見ながら、これからは胸を張って生きていけると思った。今までだってそうしてきたのだけれど、きっとこれからはもっと楽に。 (誰か一人でも理解者がいれば それで) 生きていけると思った。 END.
こへ←滝。なんかもう誰だっていう…ね。 体育委員会で先輩ヅラしてる小平太がもうすっごい好きなんですよ…! いやほんとに。 そして小平太といるときはおとなしい滝夜叉丸もすごくすきで。 滝夜叉丸は本当の天才だといい(99%の努力と1%の閃きっていうアレ)。小平太はがんばってる奴が好きだといい。そういう話。 …本当は小平太に「滝」って呼ばせたかったのですがそうするとどこからきた妄想か分かってしまう気がするので滝夜叉丸で…長い。 |