sentimental

世界はそれもと呼ぶんだぜ



「あーしんどかったー」

個人別の実習を終えて、小平太は小さくため息を吐いた。
体を動かすことは大好きだけれど、実習となれば動く量も気を使うことも半端ではない。体力自慢の自分でも少し息が詰まるくらいには。
とりあえず早く帰ろうと帰り道を急いだ。

「…ん?」

急ぐ間に小松田さんに会った。なぜだか犬に追われているようだったのでささっと助けると、ありがとう助かったよ!と泣きながらお礼を言われた。良く見ると彼は手に団子を持っていて、犬はその匂いに惹かれたんだろう。別に大したことじゃないからと返すとせめてお礼、といって団子を三本渡された。三本。微妙な数だ。
もう低学年じゃないから団子とか言われてもなあ、と思ったけれど、実習帰りで小腹が空いていたのは確かなのでありがたく貰っておく。

それを食べながら長屋へ帰ろうと歩いていたら次は文次郎を見つけた。
なぜか道の真ん中で忍具を広げて、今はどうやら棒手裏剣を磨いているらしい。避ける理由も無いので道なりに歩いていくと顔を上げて小平太を認める。

「お、いいもん食ってんな」
「いいだろ、貰ったんだ」
「そりゃ良かったなー」

手裏剣を磨く手は止めないまま、こちらを見ているので。

「あ、やらねーからな」
「いらねえよ別に」
「なんだよつまんねえの。で、何してんの?」
「見て分からないのか、忍具の手入れだ」
「わかるけどさあ、別にこんなところでする必要ないじゃん。邪魔だろ通り道で」
「しょうがねえだろ急にしたくなったんだよ」
「ここでか」
「ここでだ」

急に、ねえ。それは長屋に帰るまでの短い間も待てないくらい急なものだったんだろうか。なんだか文次郎かわいそうな人みたいだなあと同情してみたりする。
と、その目に気づいたのか上目遣いに睨まれた。

「なんだよその目は」

いやそれはお前の方だろと心の中で突っ込みを入れる。目の下の隈がさらに濃くなって人相が悪い。それはもう。

「いや別に…団子食う?」
「やらねえんだろ」
「一個くらいなら…あ、そうだ」

いいことを思いついた。と言って小平太は団子を一つ口に咥えて、そのまま嬉しそうに文次郎の前にしゃがみこんだ。

「はいvv」
「…何の真似だ」
「ここから食べるならあげるー」
「器用だなその状態で良く喋れるな」
「んーーv」

棒手裏剣を磨く手を止めて、呆れたように(というか事実呆れているんだろう)こちらを見ている。
普段なら絶対殴られるところだけど、今は誰もいないしノリはいい文次郎のことだからきっとやってくれる。と思う。

「…馬鹿だろお前」

言葉とともに顔が近づいて、文次郎の口が小さく開いた。
歯並びはいいんだよなあと思う。文次郎はそのままの姿勢で少し止まって、それから顔を傾けて団子を咥えた。
やった!と思うと同時に唇に痛みが走る。

「いって…!」
「ん?」

団子を咥えたまま文次郎が離れていった。
こんなときでも顔色を変えない文次郎はアレだなすごいなあ、なんて思っている場合ではない。
口の中になんともいえない味が広がった。

「噛んだ!お前今噛んだよ!!」
「ああ、道理で変な感触がしたと…」
「思いっきり噛み締めるなよ!」
「悪い、大丈夫か」
「痛い」
「ちょっと見せてみろ、口開け」
「あー…」
「んーー、」

唇引っ張るな痛いから!!
涙目になりながらまたしても間近にある文次郎の瞼を眺めた。

「あー、血ィ出てるな」
「それは味がするから分かる」
「悪かった」
「痛い」
「お前が変なことするからだろ」
「乗ってくれたくせに…」
「それはお前が、」

言いかけて私の顔を見て口をつぐむ。
私が涙目だからだろうか、それとも怪我をしているからだろうか。
弱っている相手には優しいのだ、文次郎は。
がしがしと乱暴に頭を撫でてくれた。

「悪かった、そんな顔すんなって」
「うー…うん」

相変わらず血の味はするけれどまあいいか。

「とりあえず長屋に帰ってうがいした方がいいな。行くぞ」
「うん、え、でも文次、忍具の手入れは?」
「もう暇つぶす必要はねえだろ、お前帰ってきたんだし」

ほら行くぞ。
手早く広げていたものをしまいこんで立ち上がる。差し出されたその手をとってからその言葉の意味に行き当たった。

「…もしかして待っててくれたのか?」
「遅ェんだよ帰ってくるのが」

その言葉には答えずに、でも分かるように。

「ちょっとしんどくて」
「それでも気合で帰って来い」
「うん」

うん、文次が待ってるなら次は早く帰ってくる。
とりあえず今日のところは残りの団子を文次に渡してありがとうと言っておいた。

END.



学校でチラッと覗いた雑誌の中のキス特集vvに、こういうカップルの話が載っていまして。 雑誌の中では彼女がパンを加えてはいvってやったらカレが間違えて唇を噛んだという話だったんですが、いろんな子たちがこれ痛そうだよねーといっている中で あ、これってこへ文になるんじゃね?とか思ってしまったあたりがもう駄目なんだと思います(女子高生として)。

もうふたりがしあわせならいいんじゃない?(投げた!)
このふたりは書きやすいなあ(大分間違った方向にだけど)


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