青春狂騒曲

青春狂騒曲



「あのさあ、相談なんだけど」

ある日の昼下がり。
忍たま長屋の自室で優雅に茶を飲みながら本を読んでいると、けたたましい足音とともに騒々しい声が近づいてきた。
ああうるさいのが来た、思うと同時に障子が勢い良く開けられて、入ってきたのは予想通りの。

「今大丈夫?仙ちゃん」
「いいから入るならさっさと入って戸を閉めろ。寒い」
「分かった」

えへへ、と笑いながら小平太はぱたんと障子を閉めた。
やれやれと思いながら本を閉じると、仙蔵は小平太に向き直り、

「何の用だ?」

と聞くと、相談したいことがあるんだ、と返された。
小平太が相談?なんだかイヤーーな予感がしたが、一応友人なので無下に一蹴する訳にも行かず、とりあえず茶を出して話を聞くことにした。

「あのね」
「ああ」
「私と文次郎の仲も大分親密になってきたと思うんだ」
「…はあ、それはそれは」

にこにこと笑う小平太に、良かったな、と機械的に答えた。
男同士の色恋沙汰など聞きたくはないのだ。
どうというわけでもないが勝手にやってくれれば良いと思う。

「でさ」
「なんだ」
「そろそろ夜這いとかしてみたいんだけどさ。どう思う?」

その顔のまま話を繋いだ小平太の言葉に、仙蔵は飲んでいた茶をぶはっと吐き出した。

「えっ、あっ、大丈夫?」
「…」

慌ててそこら辺にあった布巾を差し出す小平太の顔をじーっと眺める。
何?とそれはそれは無邪気な顔で見つめ返されて思わずため息を付いた。
私に聞くな好きにしろ、と喚いてやりたくなったがここは冷静に。冷静に。そうだ小平太に悪気はない(だからこそ性質が悪いともいえるのだが)。
とりあえずもう一度お茶を啜って心を落ち着かせてから一番の疑問を問う。

「文次郎に夜這い?」
「うん」
「てことはこの部屋に来る訳だな」
「そうだね」
「お前は、私が寝ている横でそういうことをするつもりか」
「え?ああ、あーー…そうか仙ちゃんもいるんだよなあ。だから相談したんだし…隣…そっか隣か…いいなあ仙ちゃんいつでも文次の隣で寝てるんだ、いいなあ」

際限なく続きそうな小平太の呟きに、仙蔵は頭を抱えた。
本当にコイツは私を同じ年なんだろうか。図体ばかりでかくなった割りに頭の方は成長していないんじゃないか。
唸る仙蔵の前でちょっと首を傾げて、

「あ、そうだ仙ちゃんも混ざる?」
「誰が混ざるか馬鹿!!!」

明るく言った小平太の顔をこれ以上はないくらいの力で張り飛ばした。
その拍子に湯飲みが倒れたり思ったよりも硬いその感触にこちらの手が痛くなったり、しばらくして起き上がった小平太に恨みがましく見られたり、したけれども。これは当然の反応だと思う。

「痛いよ仙ちゃん」
「お前が馬鹿なことを言うからだ」
「ごめんなさいもう言いません」
「当たり前だ」

しおらしくなった小平太を眺めて心を落ち着かせる。大分難しいことだったがそれでも冷静に。と呪文のように胸の中で何度も唱えた。

「…とりあえず」
「とりあえず?」
「それをしたくなったらまず夜になる前に私に言え」
「そしたら隣でしていいの?」
「隣でされないように私がお前の部屋に行く」
「ああ、そっか。頭いいねえ仙ちゃん。でもいいの?」
「…お前たちの関係を逐一知るよりはマシだ…」
「じゃあとりあえず今夜」
「早いわ!!」
「えーー、じゃあいつならいいの?」
「そうだな、…文次郎が疲れてる夜、の方がいいんじゃないか」
「なんで?」
「何でってお前、文次郎に夜這いをかけるって相当の抵抗があるに決まってるだろうが…その時に疲れてなかったら下手すると殺されるぞ」
「ああ、確かに」

得心したように頷く小平太の顔を見ながらなんでこんなことを言わなければならないんだろうかと思った。
い組の次の実習はいつ?と聞かれて来週の半ばにあると答えてしまったのはやっぱり失敗だっただろうか。とりあえずその日はこの部屋に帰ってこられない。私も疲れているだろうに。
ありがとー仙ちゃん、と笑いながらやっぱり騒々しく去っていく小平太の足音を聞きながら、どっと疲れている自分に気づいて床に伏せた。

「何してんだお前?」

自主連から帰ってきた文次郎に蹴飛ばされて目を覚ますのは数時間後のこと。



そして数日後、い組の実習があった日の夜。
小平太は一人で浮かれていた。
約束どおり、仙蔵に今夜行くからと告げるとなんともいえない顔でがんばれよ、と言われた。
うんがんばるよ、と笑顔で返すと、仙蔵はやっぱりなんともいえない顔でため息を付いた。たぶん疲れているんだろう。 そういうことだ。

というわけで小平太は今文次郎の布団の横に座っている。
普段なら障子を開けた瞬間に目を覚ましているだろう文次郎が、今日は枕元まで忍び寄っても気が付かない。 そんなにすごい実習だったのかな俺たちも来週辺りあるのかな?と思いながら寝顔を見ていた。

つまるところは夜這いとは言ってみたものの、実はそれがどういうものなのかいまいち分かっていないのだ。 寝ている相手に何かを仕掛けて驚かせるのが夜這い、というようなあいまいな認識しかない。
相手が起きないときはどうすればいいんだろうか。
というわけでもう何分も小平太は文次郎の寝顔を見ていた。

が、いつまでもそうしているのでは埒が明かない。
思い切って手を伸ばす。ぺた、と頬に触れると文次郎は小さく寝返りを打ってその手を払う。もう一度触れる。払われる。
何度かそれを繰り返したところで、ようやく文次郎は薄く眼を開いた。

「文次?」

小さく声をかけると、焦点の定まらない目が小平太を確認したらしく、文次郎はむくりと起き上がった。

「…小平太」
「うん」
「何してんだお前」
「えーと、あのねえ、ちょっと夜這いに」
「夜這い?」
「うん、夜這い」

問いかけられて答える。この時点で既に夜這いじゃないような気がするなあ、とちらりと思ったけれど、 起きてくれたことが嬉しいのでそれは考えないことにする。

「夜這いってことはつまりやりにきたわけか」
「え?うん、直接的に言えば」

文次郎はふむ、といってしばらく考え込んだ。
なんだろう、怒られるんだろうか。どきどきしながら待っていると、小平太。と低い声で言われて飛び上がりそうになった。

「それには一つ重大な問題がある」
「な、何?」
「俺は今物凄く眠いんだ」

重々しく発せられた言葉のあまりの軽さに思わず目を見開く。
いや、それは知ってるんだよ 殴られたりしないように疲れてるときを狙ってきたんだからさあ、そういう時って感覚が鋭敏になってるって言うからいいんじゃないかと思ってさあ、こうやって夜這いに来たんだよ。
というようなことをまくし立てると、文次郎はまたふむ、と頷いて

「それでも俺は眠い」

と言い放った。
色気やらムードなんてものははなから期待していなかったけれど、眠気に負けるとは思わなかった。作戦負けということだろうか…としばし宙を睨んでいると、文次郎はごそごそと布団に戻ろうとする。
ちょっと待って!と言うと一応止まってくれたが、それでも布団は掴んだままで目は半分閉じている。ああもう、なんてことだ。

「ちょっとでいいからさ、せっかく来たんだしさ、しようよ」
「嫌だ。眠い」
「私も眠いけどさーー」
「じゃあ寝ればいいだろうが」

ほれ、と言って文次郎は布団の端に寄って掛け布団を上げた。
一緒に寝ろという意味だろうか。
それはとても嬉しいけれど寝るの意味が違う。

「でもさあ私は夜這いに」
「したいならなんでもすればいいけど俺は寝る」
「えーー……寝てる間に触ったりとか、していいの」
「好きにしろ」

と言って文次郎はごろりと横になった。
これでいいのか?と思ったけれど文次郎の体は温かいし寝顔がとても幸せそうだったのでとりあえず小平太も隣で横になる。
そしてあらためて文次郎の方に向き直って考えてみた。
好きにしろ、と言ったからには本当に何でもしていいんだろうか。
何でも。何でも。一瞬妄想で鼻血が出そうになったが待て待て待てと自分を押し止めた。

「やっぱりそういうのは嫌だなあ」

いくら無理やりじゃなくても意識がないのをどうこうするのは…ちょっと変態みたいだし。
反応がないのはつまんないし。
一人で唸っていると、文次郎にうるさいと殴られた。
理不尽な!と思ったけれどそれは私のほうだろうか。
痛いし眠いしでもせっかくだからしたいしでも文次郎が寝るなら私も眠いしどうしようかなあ、と考えていると、文次郎の腕が首に巻きついた。
うわあ。締められるのか?と思ったけれどそんなことはなくて。

「お前も寝とけ…」

最後にそれだけ言って、次に聞こえてきたのは寝息。
これでいいのか?ともう一度思ったけれど文次郎の体温は気持ちが良かったのでとりあえずこれでいいや、と眠気に任せて目を閉じた。

END.


で、次の日二人で寝ているところを仙蔵に叩き起こされる、と…
馬鹿な二人でごめん仙蔵。苦労人にしてごめん仙蔵!!
いやでも文次郎は眠いときは寝る子だと思うんだ。そしたらつられて小平太も寝ればいいと思うんだ。性欲より睡眠欲のほうが強ければいいと思うんだ。
そんなこへ文(…)


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