気が付けばそこに あるもの 風呂上りの仙蔵はとにかく髪の手入れに余念がない。 さすが学園一サラサラストレートヘアな男、とわけの分からないところに感心しながらその長い髪を見ていた。 「文次郎」 櫛を使いながらふいに仙蔵がこちらを振り返る。 ずっと見ていたことについて何か言われるのだろうか、となんとなく居住まいを正すと、 「明日なんだが一緒に出かけないか?」 珍しく外出の誘いで少しだけ驚いた。 驚いたのだが、あいにく明日は出かけられない。 「悪いんだが明日は会計報告を出す日でな」 多分一日がかりだ、と苦々しい口調で言うと そうかと軽く返される。 別にがっかりさせたい訳ではないが、もう少し残念そうにしてくれてもいいんじゃないか。そんなことをしたら仙蔵ではないが。 「じゃあ別の奴を誘ってみる」 「悪いな、楽しんでこいよ」 「ああ、そうする」 仙蔵は ふ、と笑ってその話は終わりになった。 翌日、出かけていく仙蔵を幾分羨ましげに見送ってから仕事に取り掛かる。そういえば誰とどこに行くのか聞き忘れたな、と思いながらそろばんを弾いて一日が過ぎた。 そろそろ明かりをつけるか、と立ち上がりかけたところで障子が開く。 「ただいま」 仙蔵はぶっきらぼうにそういうと、障子を閉めて座り込んだ。 その様子に何かおかしなものを感じながらも、おかえりと返して明かりをつけて机の前に戻る。 「どこに行ってたんだ?」 「伊作と団子屋」 「いいな、楽しかったか」 「楽しくなかった」 ほら、土産の新作団子。 無造作に差し出された包みをありがたく受け取る。 「へえ、そりゃあそりゃあ…って、楽しくなかった?」 その言葉には答えずに、仙蔵は髪を梳いてごろりと床に寝転がった。 畳に顔を付けてこちらに背を向ける。 「仙蔵?」 「お前がいなかったから全然 楽しくなかった」 「は?」 背を向けたままぼそぼそと言う。 「せっかくの休みだから楽しんでくるつもりだったんだ。伊作はいい奴だし団子も楽しみだったし、なのに」 町まで行く道でも団子屋でもずっとお前のことばっかり気になって団子の味も全然分からなくて伊作にも心配されて とにかく早く帰りたくて 「こんなことならここにいたほうがずっと良かった」 お前がそろばんをはじいている音でも聞いている方がずっと良かった。 「お前なぁ、そういうことさらっと言うな」 「事実なんだから仕方がない」 くぐもった声で言う。 普段の自信に満ち溢れた姿からは微塵も感じられないその姿に思わず噴出しそうになって、いやまてそれは命の危機だと必死で押し止めた。 かわりに俺も、と声に出した。 何が、と無言で促されて答える。 「お前がいないと計算がはかどらなかった」 そう言うと、仙蔵は顔を少しだけ動かして言った。 「…まだ終わってないのか?」 「終わらせたけどな、時間がかかった」 「…ふうん」 「お前と他愛ない話をしているとあっという間なのになあ」 「ふうん」 「早く帰ってくればいいと思った」 「うん」 最後のほうは照れくさくなって、仙蔵から目を逸らして早口に言うと、うん、とだけ相槌を打っていた仙蔵が立ち上がる気配がした。 振り返るな、と言われてそのまま目を逸らしていると、背中に体温を感じる。ちらりと横目で見ると、仙蔵はこちらに背を預けてぐいぐいと体重をかけてきた。 「重いぞ」 「そんなに重いか?」 「そうでもない」 「じゃあいいじゃないか」 その体制のまま。 「とりあえず」 「とりあえず?」 「団子を食おう」 言いながらがさがさと包みを開いて一口頬張る。 「俺への土産じゃなかったのか…」 「一緒に食おうと思ったんだ。ほら」 「馬鹿、串突っ込むな刺さるだろ…、あ、うまい」 「だろ」 しばらく二人で団子を食った。 「うん」 「ん?」 「やっぱりお前と一緒に食うとうまい」 「そりゃ良かったな」 「うん」 やっぱりうん、とだけ頷く。 その妙に素直な仙蔵がどうにも、…どうにもしおらしくて。 「次は一緒に行こう」 「一緒に?」 「一緒に」 「約束だぞ」 「約束だ」 肩のところで右手を絡ませる。 仙蔵の指はとても滑らかで細くて冷たい(火器を操るくせに火傷の痕がほとんどないあたり、優等生なのだと思う)。 「お前の手、冷たい」 「もう秋だからな」 「寒かったか?」 「寒かった」 「じゃあ手を繋いで行こう」 「いいな」 「…いいのか?」 「いいよ」 肩越しに見る仙蔵はキレイに笑いながら俺の手を握り締めた。 END.
文次郎と仙蔵、ていうか文仙文。…なんだこの偽者っぷりは…orz いやホモな時点で十分偽者なわけですが、それにしたってもう少し書きようがあるんじゃないのかなあ、と<思うならどうにかしろと 髪の毛と冷たい手が好きです。後ろから抱きつくのも好きです。 |