熱中時代

熱中時代



「おい」
「ん?」
「どうした、それ」

と、文次郎が指したのは小平太の右腕。
腕まくりをした手首から肩まで一面が擦り傷で覆われている。
まるで下ろし金で下ろしたように均等に血が出て固まっていた。
小平太はちょっと顔を歪めて答える。

「あー…、走ってたらちょっと塀に」
「塀に?」
「激突して削れた」
「避けろよ。馬鹿か」
「なんとでも言え」

自分だって避けるのは嫌だと手裏剣に突っ込んでいくような馬鹿のくせにと腹の中で毒づくが、今怪我をしているのは小平太のほうなので何もいえない。

「保健室行け」
「平気だ」
「見てるほうが嫌なんだよ。行けって」
「嫌だ、薬くさいから」
「一瞬だろうが」
「その一瞬が我慢できん」
「じゃあせめて洗ってからこいよ」
「…しみるし…」
「殴るぞ」
「殴ってから言うなよ!」

自分でも情けないとは思うが消毒液が傷口に染み入る瞬間というものが本当に耐えられないのだ。傷を負うときよりも治療するときの方が痛いだなんて間違っている。と思う。だから小平太は保健室へ行かない。
なんて口に出すと、文次郎はまた理解できないものを見る目で小平太を見て小さく息を吐いた。

「仕方ねえな、ちょっとこい」
「んん?」
「俺が取って置きの治療を施してやる」
「は?」
「呆けてないで来いっつってんだよ」
「どこに行くんだ」
「どこでもいいんだよ」
「はあーー?」

小平太は訝しげに首を傾げた。
文次郎が治療?聞いたことがない。というよりもあまり聞きたくない。
それでも付いていったのはやはり腕が痛かったからだろう。

少し歩いて、ついたのは演習場。
薬草があるわけでも川があるわけでもないこんな場所で何をする気なのかと小平太はまた首を傾げる。
文次郎はその顔を横目で睨んで、にやりと笑って言った。

「歯ぁ食い縛れよ」
「歯?は…?お前、」

何をする気だと言いかけた小平太の腕を取り、文次郎は傷口に思いっきり砂を擦り込んだ。
それはもう容赦なく傷口に押し付けられる無数のその感触に思わず。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

叫び声も出ず、乾いた声でそう繰り返した。
逃げようとした腕を押さえつけて、文次郎は小平太を睨む。

「我慢しろ、忍者だろ」
「痛覚に忍者も何も関係ねえよ!!何の意味があるんだよ!」
「れっきとした治療法だ、擦り傷には死ぬほど良く効く」
「せめて何するか言ってから行動に移せ」
「言ったら逃げただろお前」
「当たり前だろうが…!」

傷口に砂を擦り込まれるなんて誰が想像し、そして許容するだろうか。
塩を擦り込むのとどちらが痛いだろうが。
比べてみる気にはとてもならないけれどとりあえず砂を擦り込まれるのはとても痛いということが分かった。

ちょっと涙目にまでなったところでようやく開放される。
せめてもの腹いせに殴ってやると息巻いて拳を握ったが、

「これでもう放っておいて平気だ」

固まった血も簡単に剥がれ落ちるのが最大の利点だな、ちゃんと洗っておけよ、などと生真面目に言う姿に殴る気も失せた。
この忍者馬鹿が、と胸の中で毒づく。

「…お前が擦り傷作ったら同じ方法で治してやるからな」
「俺はそんな傷は作らん」

ただの体力馬鹿なお前とは違うからな、と鼻で笑われてやっぱり即効で殴ってやればよかったと思う。今からではきっとかわされる。

「次はちゃんと保健室に行けよ。さもないとまた同じ方法で治療してやるからな」
「保健室には行かない。お前のところにも行かない」
「絶対に?」
「絶対に!」

どことなく機嫌のいい文次郎に、次にお前が怪我をしたらそれが擦り傷じゃなくてくないの痕でも手裏剣の痕でもなんであっても絶対に砂を擦り込んでやるから覚悟しろと小さく呟いた。

END.


だれだこいつらーー…。
仲悪く仲悪く、と念じながら書いたらよくわからない物になりました。
カップリングとしては…小平太→文次郎→小平太?みたいな
どっちも攻めを譲りたくない二人とかだったらいいなあ。みたいな


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