す べ て に 取 り 残 さ れ た 愚 か で 哀 れ な



帰り際のシャワールームでミシェルに会った。お互い真っ裸なので、挨拶は「あ」「おう」程度に留め、風呂上がりに少しだけ雑談を交えた報告を聞く。アルトのこと、ルカのこと、ミシェルの下についた奴らのこと。病み上がり(病気ではないが)のくせに、結局若い連中の中で一番頼りになるのはこいつだ。アルトははねっ返りだし、ルカは少しばかり思い込みが強いし、ブレラは…ブレラは、協調性が、ない。何に反発するわけでもないのに、気づけば一人で飛んでいる。VF-27の性能を考えればその方が効率がいいのかもしれないが、もう少し打ち解けてもいいような気がする。その辺はもう少し俺が考えるか、とオズマが思考を飛ばしていると、一足先に着替え終わったミシェルがちらりとオズマを振り返って言った。

「そういえば隊長」
「ん?」
「ブレラと同棲してるって噂、本当ですか?」
「はあっ?!!」

オズマは思わず噴き出した。噴き出してから、この反応は良くないと思った。別に、やましいことがあるわけではないんだから。ないんだぞ。というか、なんでもないような声で言ったミシェルの、その頬が震えている。いかにも笑いをこらえているようなミシェルに、オズマは落ち着けと念じながらつとめて冷静な声を出した。語尾が上がったのであまり意味はなかった。

「てめえっ、…それどこから聞いた」
「ランカちゃんから」

あっさりと帰ってきたミシェルの言葉に、オズマはかくりと首を落とした。キャシーとランカ、それにブレラ本人。他に知っているやつはいないのだから、当然の結果だ。でも頼むランカ、あんまり公にはして欲しくなかった。口止めしなかったオズマも悪いのだが。いや、だから別に知られて悪いようなことでもないんだが。意味もなくきょろきょろといろんな場所を見まわしたが、助けてくれそうなものは何もない。ミシェルが二人きりの場面を狙ったのか、それともたまたまなのかは分からないが、誰もいなくてよかったとは思う。思うが。せめて一番重要なところだけは訂正しておこう、とオズマは口を開く。

「…同棲じゃねえよ同居だ…」
「あ、一緒に暮らしてるのは本当なんですね」
「不可抗力だ」
「シスコンだからでしょう?」

ぶはっ、と今度こそ声をあげて笑ったミシェルを睨みつけた。こいつ知ってる。なんで同居するようになったか全部知ってる。意地の悪い奴だ。知ってたけどな!というかこいつが知っているということは、アルト以下その他大勢が知らないわけもなく、噂というものは往々にして間違った形で伝わるわけなので―おそらくもう、オズマがブレラに手を出したというような話まで広がっている頃だろう。頼む、せめて女と噂にしてくれ。ボビーやブレラではなくキャシーで。むしろキャシーで。せめてランカで。ランカはいろんな意味でよくない、ということはあえて考えずに、にやにや笑うミシェルをさらに強く睨んだ。笑うばかりで効果は薄い。畜生。

「まあ、じゃあ同居ってことにしておいてあげますよ隊長」
「お前どうしても敷地内3周してえみたいだな?」
「職権乱用です隊長」
「悔しかったら権力握って見やがれ」
「はいはいいつかはね」

じゃあ俺はとばっちり受けるまでに退散しますので隊長はお早めにご帰還くださいね、と笑う金髪眼鏡に被っていたタオルを放り投げたが、ミシェルはもちろんするりとかわしてすたすたとオズマの視界から消えていった。虚しさとやり場のない苛立ちを抱えてタオルうを拾い上げながら、ブレラの耳にも入っているのだろうか、と少しだけ考える。知らなければいいと思った。ブレラは、そんなことを知らなくていいと思った。


惑星に降りて一番良かったことは有機物の値段が下がったことだ、とブレラは思っている。9歳からほとんど合成物質で育ったブレラに、今更そんな気づかいが必要なのかどうかはわからないが、少なくとも記憶をなくす前のブレラは自然の中で生きたのだ。ランカに花冠を作ってやったことだってある。本物の生鮮食品が並ぶ光景は目にも優しい。というわけでブレラは今日も、胸元から腹までぱっくり開いたパイロットスーツで買い物をしている。はじめは胡乱な目を向けていた店側も、今ではすっかり見慣れて笑顔で接客している。オズマがランカのために買ったらしい冷蔵庫は性能も大きさも十分なので、買える時に買っておこう、と毎回カートに山のように荷物を積み上げるブレラはお得意様なのだ。これが生活だ。

(今日は確か、あの毛むくじゃらも定時に終わるはずだ)

だから食事は二人分。たまには外食でもすればいいとオズマは言うが、ブレラにそのつもりはないし、何も言わないのにオズマも必ず帰ってくる。文句を言うなら食わせる飯はないが、うまいと言われればブレラも悪い気はしない。ネットワークを介して料理プログラムをトレースしているからうまくて当然だ−と言うことは、あえて口にしないことにしている。ギャラクシーでは当然のことだったが、フロンティアではあまり一般的ではないらしい。完全な生身は大変だな、とひょいひょい籠に食糧を詰めていたブレラは、唐突に背後からあがった声にすっと目を細めた。

「あっれ?」

無視してもよかったが、すぐ後ろで聞こえた声が聞こえないわけはないので、仕方がなく振り返る。声でも足音でもわかってはいたが、早乙女アルトが立っている。ブレラと同じように手にした籠の中には飲料と固形簡易食品が並んでいて、ブレラはまた少しだけ目を細めた。何を食うのも自由だし、食わなくても自由だと思うが。

「ブレラ」
「…なんだ」

当然のように隣に並んだアルトは、ブレラの持つ籠に目を向けている。その量に驚いているらしい。一週間分だ、と告げれば、そうなのか、とどこか上擦った声が聞こえる。なんだ。言いたいことがあれば言え、と語気を強めると、アルトは落ち着かない様子で頭を掻いてから、ぽつりと言った。

「た、…隊長と食うのか?」
「他に誰かいるのか」
「いや、ランカとか…」
「ランカがどこにいるかは知っているだろう」
「あ、うん、そうなんだけど、お前が隊長と住んでるって本当なんだな」
「それもランカに聞いているだろう」
「聞いてるけどよ」

それなら今更確認することもないだろうに、と思いながら、また一つ食材を手に取った。アルトがそれ以上何も籠に入れようとしないので、早くレジに並べ、と促したら、一緒に帰ろうぜ、と言われた。一緒に?必要ない、とは言えなかった。そんなことは当然のことだった。すきにしればいい、と思いながら歩いていると、なんだかしみじみとした口調でアルトが呟いた。

「俺も…食ってみたいかもな」
「じゃあこれと同じものを一つずつ取ってこい」
「えっ?」

自分で言ったくせに、声を張り上げたアルトをじっとりと睨む。公共の場で騒ぐな。素直にごめん、と口を押さえたアルトは、けれども何度か首をかしげてブレラを見ている。だから、言いたいことがあるなら言え。

「食わせてくれるのか」
「材料費は払えよ」
「お、…おう!」

これとこれとこれとこれ。ブレラが今日作る料理の食材を示すと、アルトはぱたぱたと今来た道をかけていく。店内で走るな!と、これでは幼児と変わらない。あわてたように足を止めて、早足で進むアルトを少しばかり見送って、ブレラはまたひとつ食材を放り込んだ。今日の夕食は三人分だ。上手いとしかいわない毛むくじゃらよりはましな感想を返せ。ランカに食わせるには、毒見だけでは足りないのだ。

しばらくして、ぱたぱたと足音が聞こえて息を切らせたアルトが帰ってくる。だから走るなと言っている。籠の中に会った飲料水と固形簡易食糧は消えて、ブレラの示した食材と、それから他の野菜も並んでいる。なんだ、と尋ねれば、俺も何か作るとアルトは言った。

「作れるなら、最初から自分で作って食え」
「一人で作って食ってもうまくねーんだよ」
「金髪眼鏡でも誘え」
「クラン・クラン大尉に顔向けできなくなるからダメだ」

どういう意味だ、と思ったが突っ込んではやらなかった。ランカたちのところへ行かないのなら、アルトが一人でいようがここにいようがどうでもいい。でもランカをしあわせにしなかったら殺す。三回殺す。物騒なことを考えるブレラの横で、アルトもいくつか食材を手にしている。何を作るのか知らないが、アルトは割と楽しそうだった。散々邪険に扱った覚えがあるというのに目出度い奴だな、と、自分のことは棚に上げてブレラは思った。生魚を掴みあげていたブレラに、アルトはもう一度言った。

「それよりほんとにいいのか、俺も行って」
「あの毛むくじゃらだけに食わせるよりはましだ」
「毛むくじゃら…って、オズマ隊長か?そう呼んでんの?」
「面と向かっては言わんが」
「いや、でも毛むくじゃらって…お前…」
「毛むくじゃらは毛むくじゃらだ」

無表情できっぱりと切り捨てたブレラを見て、アルトはしばらく茫然としていたが、そのうち肩を震わせて俯いた。どうした。具合でも悪くなったのか。覗き込んだブレラの視界には、真っ赤になったアルトの顔が映る。どうやら笑っているらしい。こらえきれなくなった息が音を立てて漏れて、付き合いきれなくなったブレラはアルトを置いて歩き出した。アルトが笑いながら付いてくる。籠にはまた一つ、食材が放り込まれる。


ミシェルとの会話を反芻しないように、何か楽しいことを考えようと思いながらオズマはSMSから帰宅した。メゾネットには明りがともっていて、ブレラの在宅を知る。そりゃあまあ、あれのスケジュールは把握してるけどよ。向こうも知ってるけどよ。それでも当然のようにそこにいる存在ではない。そうなってほしいとも思わない。しかし誰かがいる生活というのは誰もいない生活よりずっと心地いいもので、だから少しずつ慣れてしまう自分を、オズマは持て余している。ランカで懲りたというのに。いつかどこかへ行ってしまうものにあまり愛着を持ってはいけない。はあ、と軽いため息とともに、鍵のかからない扉を開けた。

「ただいま…っ?」

もういい慣れた言葉とともに、熱気のこもるキッチンを何の気なしに見やって、オズマはぽかんと口を開いた。キッチンに髪の長い女がいる。脳がそう認識したオズマはとっさに扉の陰に隠れようとして、しかし瞬間的に思い直して瞬いた。違う、女じゃなくてアルトだ。髪の長い女、に見えるアルトは、ブレラと何か会話しながら玄関に背を向けている。フライパンの音に負けて、オズマの声は聞こえなかったらしい。なんとなく安心して、しかし何に安心したのか分からないオズマは、気を取り直して思い切り声を張り上げた。

「てっめえアルト!何してやがる!」
「すみませんでした隊長!!」

とたんに直立不動で謝罪したアルトを、ブレラが冷めた目で眺めた。包丁を握っているときに意識を散らすな、というブレラの声がする。はっ、と我に返った様子で振り返って、アルトは言った。

「あ、お邪魔してま…す隊長」
「邪魔はともかく、だから何をしてるんだっつっただろ」

いつもと同じように赤い組み紐で髪を括ったアルトは、上着を脱いだ上にランカのエプロンをつけている。おそらくブレラが渡したんだろうが、あとで真実を聞かせたらどうなるだろうか。ものすごい勢いでむしり取ってくれそうな気もするし、ブレラが自分でつけそうな気もする。とにかくその格好で包丁を握ったアルトは、ブレラの横でぎこちない笑みを浮かべている。新婚か。違うって。えーと、と語尾を濁したアルトは、ブレラをちらりと眺めて口を開く。

「いやブレラが飯食わせてくれるって言うんで」
「お前が食ってみたいと言ったんだ」
「いいって言ったのはお前だろうが」
「断る理由がなかっただけだ」
「二人っきりで食うよりましだっつったのはお前だ」
「一人で食うのは味気ないと言ったのはお前だ」

いろいろ突っ込みどころは多かったが、止めなければ際限なく続いていきそうな会話があまりにも微笑ましいので、オズマは気の抜けた声を漏らした。なんだこいつら。いつの間に仲良くなったんだ。というかだから、ブレラはやっぱり意外とよく喋る。誰かが引き金になれば、SMSにも簡単になじんでいきそうな気がする。オズマよりも、年の近いアルトがそれになってくれたらいいんだろう。なんとなく癪に障るのは、アルトに対して抱いているわだかまりのせいだろう。アルトを気に入っていることと、ブレラと争っていることと、ランカのことはまた別の話だ。ランカのアルトに対する思いについては同意見だと思っていたのに。ブレラめ。

「まあ、仲良くやってんならいいけどな」

どうでもよさそうに響いたオズマの言葉に、アルトとブレラがぴたりと声をそろえて「仲良くない」といったことには笑った。仲良しじゃねーか。笑われたことで意を削がれたのか、アルトとブレラはまた料理に意識を戻している。よくよく見れば、協力して作業しているというよりは二人で別の料理を作っているようだ。男三人で、男二人の手料理を食うって。どんなシチュエーションだ。二人とも顔だけは奇麗なのがもったいないところだ。口を開かなければ美人二人に囲まれるいいシーンだというのに。

「…今夜は飲むか」

秘蔵の日本酒でも開けてやる。心して飲めよ若造共、と呟いて、夕食までの暇つぶしをかねて自室に戻る。無駄に広い-わけでもないがブレラがいるのにキャシーを連れ込むのは何となく抵抗がある-ベッドに荷物を置いて、ついでに自分も倒れこむ。今日も何もない一日だった。ミシェルがいて、アルトがいて、ブレラがいる。テレビにはランカとシェリルが映る。惑星は日毎に人の住む環境へと変わっていく。本当にここが、安住の地になるのだと皆が信じている。ランカやブレラやアルトやミシェルが笑っている未来になればいい、と少し笑って目を閉じた。アルトがランカを選んだ時は、ブレラと二人で一発ずつ殴ってやろう。たぶんそれは幸せなことだ。ランカにとっても、オズマにとっても、ブレラにとっても、きっと。


階段を上る音が止んだところで、アルトははあ、と詰めていた息を吐きだした。ちらりとブレラをうかがうと、無表情にフライパンを動かしている。なんとなく食材をいじりまわしていたら、火を止めたブレラが使わないならどけ、とアルトを押す。シンクに移動して調理場を譲ると、すとととととととと、と軽快な音でブレラはニンジンを刻む。すごいな、と言えば、スライサーと同じ原理だとブレラは言った。

「スライサー?」
「機械仕掛けということだ」
「そんなこともできるのか、サイボーグって」
「プログラムされたことはトレースできる」

瞬く間に刻み終えた野菜を、今度は中華鍋に移して、強い火力で調理していく。ブレラが譲った調理台に戻って、その正確な包丁さばきで刻まれた具を眺める。アルトも料理はできるほうだが、機械と同じ精度を求められても困る。なんとなくむっとして、じゃあ俺は盛り付けで勝負だ!!とシンクの下をごそごそし始めた。皿は上だ、と言ってやれば、早く言え、と口の減らないアルトはがばっと立ち上がった。上をごそごそして、大きな皿を取りだしたアルトは、フライパンから炒めものを移している。藍染の皿だ。ランカの趣味かもしれない。

「なあ」
「なんだ」
「ずっとブレラが料理してんのか」
「ああ」

また火を止めて、冷蔵庫から取り出したレタスを洗う。すっと横から手を伸ばしたアルトが、水を切って細かくちぎっていく。楽だな、とブレラは思ったが、一人でできる作業なのでアルトにまかせて調理台に戻る。ぱんぱん、とレタスをたたくアルトは、思い出したように口を開く。

「お前、なんで隊長と一緒に暮らしてるんだ」
「ランカの望みだからだ」
「それだけか?」
「他に何がある」
「…隊長に聞いてもそう答えそうだなあ…」

事実だからな、と返せば、まあブレラがそう言うならそうなんだろうけど、と歯切れ悪くアルトは呟いた。アルトの細くて長い指は、水に濡れてさらに白く光っている。見るともなしに眺めていると、アルトは布巾で手を拭って新しい皿を取りだした。そうして、上手く言えないけど、と言った。

「ただのルームシェアじゃなくて、ブレラが隊長の分まで料理作って、二人で食うんだよな」
「同じことをするのならば、二人分作ったほうが経済的だ」
「だからその経済的って、ブレラだけじゃなくて隊長の経済も考えた…そういう話なんだよな?」
「それがどうした」
「うん。だからさあ、それはもう家族っていうんじゃねーのかなって思っただけだ」

家族?聞き返すこともできなかった。アルトの顔は照れた様子でもなくて、だからこれがアルトの本心なんだろう。考えたこともなかった。ブレラの家族は、今ではもうランカだけだ。かわいくてかわいくて大事で仕方がないランカ。そのランカが大事だというもう一人の「兄」と、ランカが望むから二人で暮らしている。それだけだった。それ以上の何もなかった。それだけでよかった。けれども。立ち尽くすブレラの後ろで、炊飯器が音をたてる。炊き立ての飯は日本人の心だ。日系ではないブレラに日本人の魂はないが、東洋系のオズマは米の飯が好きだった。だから、今では夕食の半分くらいは米の飯を炊いている。アルトに、そうしたことは告げていないが、アルトが言いたいのはそういうことなのだろう。たぶん。いつの間にか、アルトは盛り付けを終えてエプロンを外している。じゃあ俺隊長呼んでくる、というアルトに、どうにか頷いて見せて、止まっていた手を動かす。家族。あの毛むくじゃらが。料理を作って、スケジュールを把握して、洗濯は、気が向いたほうがしている。だたの同居だ。三人分の食器を並べて、料理を運んで、水滴の浮いたミネラルウォーターの容器を取り出して、米を盛って、しかし。家族なのだろうか。家族というのだろうか。ランカ。ランカ以外の人間が。ブレラの。


ブレラではなくアルトの手で揺り起こされて、オズマは少しばかり寝起きが悪かった。起きぬけにアルトの顔が目の前にあるのは心臓に悪い。アルトに向かって、お前はもうちょっと自分の顔の造作を自覚しろ、と言ったらセクハラだと返された。どういう意味だ。制服のまま横になっていたので、せめて着替えるか、とばらばら着ていたものを脱ぎ散らかしていたら、アルトが全部奇麗に畳んでいた。意外だ。

「お前、自分のことは無頓着なくせに他人の面倒は見られるんだな」
「その言葉、そのまま隊長に返しますよ」
「あんまりミシェルに世話かけるなよ」
「隊長こそ、ランカやブレラやキャサリンさんに迷惑かけないでください」

なぜブレラがそこに入るんだ、とオズマは思う。アルトも同棲だなんだという言葉を聞いているのだろうか。いや、ミシェルが聞いているのだからアルトが知らないわけはないのだ。そういう関係じゃないんだぞ、というまでもなくアルトは信じたりしないだろうが。どこからほぐせばいいんだ、と思案しているうちに、アルトはさっさと部屋を出ていく。早くしないと、ブレラが待ってますよ。いや待っていない。先に食ってるんだって、あいつは。いや作ってもらってる立場だから食ってていいんだけど。それでも、早く、と促すアルトに続いて、日本酒だけひっさげて階段を降りた。何しろブレラが初めて友達を連れてきた日なのだ。乾杯しないわけがない。友達なのかどうかはわからないが。


「ごめん、遅くなった」
「いや」

謝罪されるようなことではない、と否定したブレラは、アルトが席に着くのを待って箸を取った。オズマは少しだけ目を見開いていたが、何も言わずに同じく箸をつけた。客がいるのだ。それくらいのマナーはある。心外だ、と思いながら料理を口に運んで行くと、「うまいな」とアルトが言った。さっき言った通りだ。上手くて当然だ、という意味のことを呟いたら、でも俺の料理だってうまいぜ、と言うので、促されるように口にした。

「まあ、…うまいな」
「だろ」

得意げなアルトに少しばかり肩の息を抜くと、オズマがきゅぽんと酒の栓を抜いていた。どこから持ってきたんだ。ブレラは少しばかり見咎めるような視線を送ったが、オズマには届かなかったようだ。別に、飲むなら飲む出好きにすれば良いが。だったらもう少し別の料理を作ったのに、と思うブレラを、アルトが見ている。何か言いたいようだったが、何を言いたいのかはわからなかった。オズマは手酌で一杯注いで、上機嫌で言った。

「お前ら二人ともいい嫁になれるぜ」
「セクハラです隊長」
「どういう意味だ。まあ、とりあえずお前らも飲め」

注いで、注がれた日本酒にブレラも口をつける。アルコール飲料を上手いと感じたことはなかったが、これはオズマの好きな米でできたものらしい。それはまあ、悪くはないかもしれない。オズマはアルトに無理やり何倍も飲ませて、どうやらつぶしたいらしい。それは好きにすればいいと思うが、料理はちゃんと食ってからのほうがいいので、ぐいっとアルトを引き戻して箸を握らせた。助かった、と言われたが助けたつもりもない。食ってから飲め。睨みつけると、オズマも黙って箸を取った。よし。頷いてもくもくと食事を取る。オズマとアルトは何やら言い争っているようだが、箸が動いているならそれでよかった。家族だろうがなんだろうが、合理的に過ごせるのならばブレラに問題はなかった。とにかく愛しくてかわいいのはランカだ、と結論付けて、ブレラはまた一口日本酒を煽った。
騒がしい夜だった。

( 鼻兎のセリフが好きでね / 本編後 / オズマとブレラとアルト / マクロスF / 20091012 )