祈 る よ り 呪 っ て 、 愛 す る よ り も 憎 ん で



実のところほっとした。

ほとんど意識の内仁に罵られて、俺は痛かったけれどその実深く安堵もしていた。だって後ろめたかったんだ。俺が少しでもじいちゃんと違う顔をしていたら、仁はきっと心を開いたりしなかった。目を開けた瞬間、誰だ、と仁のほうが言っていただろう。仁が、俺を見つけてくれた時を忘れないけれど、でも。
わかってくれないほうがいい。じいちゃんが帰ってくるまでずっと、俺を責めていてくれたほうがいい。俺を赦さないで、仁。お前を騙した俺を一生赦さないで。お前の大事なものを騙った俺を、ずっと憎んでいて。もしも俺が帰れなくても、じいちゃんが帰ってこなくても、俺はもう二度とじいちゃんの代わりには、なれない。お前もそう、知ってくれたんだろう。

軽井沢から帰ってきて、仁と俺は相変わらずじゃれ続けている。けれども、もう元には戻れないことを知っている。仁はもう無条件に俺を信じたりしないだろう。疑って疑って、それでも俺の中にじいちゃんを見つけて、猜疑心と被虐芯の塊だ。俺はそれが不快で愉快でたまらない。壊れても前に進める?進む前が俺たちにはないのに?
くっ、と押さえきれない笑みがこぼれて立ち止まる。隣を歩いていた仁が振り返った。

「光也?」

どうした?なにか面白いものでも見つけたか?首をかしげる仁が、でももう俺の隣まで返っては来ないことがその全てだ。俺と同じものを見るのは諦めた仁がおかしくてかなしくて仕方ない。俺の感情なんて、ここでは何の役にも立たないんだ。知らないものにはなれない。俺を望まない人間の前で、それでも足掻く仁の前で、何を飾ったらいいの。何をしたら俺は俺であることを赦されるの。光也、と。仮初でしかないはずの名を、それでも仁は呼ぶ。呼ぶたびに、きっと幾許か心を痛めるだろう、優しい仁。足元が揺らぎそうになる。俺は、誰のためにここへ来たかを考える。仁を助けるため、でも、仁のためじゃない。

じゃあ俺はお前に、何なら残しても赦される?

「光也、眩暈でもするのか?」
「…しないよ」
「そうか?顔色が、悪いぞ」
「大丈夫、すぐ治るから、先に行け」

笑って言った。気分は悪い。でもこれは、きっといつまでたっても治らない。仁は戻って来ない。けれども、先へ進むこともしない。ほんの二間ほど間を空けて、立ち尽くしたままの姿は、俺たちの心情そのままだ。このままではどこにもいけない。途方に暮れるわけにも行かない。だって、俺にはすることがある。来るべき災禍から、何があっても仁を守る。守る。身を切るような叫びを知っている。あのひとのために、仁を、守る。守るんだ。仁のためでも、俺のためでもない、慶光のために。

だけどそれならどうして俺の心がこんなに、痛いの。

お前の隣を歩く資格が、俺にはない。だけど、お前の後ろも、お前の前も、俺以外の人間が埋めてしまっている。だから隣を進むしかない。でもそれもいつか塞がる場所だ。欲しくない。要らない。俺のためじゃない。そう思わないと、やりきれない。だから。

こみ上げる思いを飲み込んで、深く息をついた。顔を上げて、揺らぐ地面を蹴って、仁の隣に並ぶ。顔を見ずにサンキュ、と呟いたら、何が、と返された。待っていてくれて、ありがとう。それだけだ。仁にとっては当たり前のこと。”慶光を待つこと”は仁にとって呼吸にも等しいことなんだろう。でも俺は光也だから、お前にされたことはすべて感謝に値するんだ。だって、そうだろう。俺は、俺であることにまるで価値を見出せない。お前にとっての、俺に。だけど。

「なあ、もし、俺が、…」
「ん?」
「…なんでもない」
「なんだ」
「いや、いい」

あまりにも馬鹿馬鹿しい想像に胸が震えた。
俺が、慶光より先にお前と出会っていたら、俺がお前の救いになれたか。
ありえない。だってそれは不可能だ。慶光と同じ顔だから信じてもらえた俺が、慶光より先に出会ってどうなる?何より、幼い頃の仁とであったって、ただの不審者だ。心を開いてもらえるわけがない。どうしよう、泣きそうだ。俺はお前をどうしたいんだ。お前に何をしたいんだ。慶光のように、愛されたいわけじゃない。だけど、慶光じゃなくてもすきになってほしかった。

不可能だと、知っている。

「聞いてるか、光也」
「うん」
「…聞いてないな、光也」
「うん」
「光也」
「うん」

光也。みつや。みつ。そう、呼んでくれなくなった。光也。認識は、一瞬の喜びと永遠の残酷さで襲い掛かってくる。愛してもらえないなら、憎まれるしかない。仁の心に残るには、もうそれしかない。俺を、忘れないで、仁。俺が、俺だったことを、忘れないで。赦さないで、雪がないで、理解らないで。憎んで、いて。

溜息とともに取った指に、口付けないならどうか振りほどいて。
仁。

(おれは、おまえに、こころをのこしていっても)

赦されるだろうか。


( 軽井沢の一件は後を引いたんだよね? / 仁×光也 / ゴールデン・デイズ / 20090614 )