内 向 的 に 閉 鎖 的 に 排 外 的 に



そういえば、と仁が言った。うつぶせの俺の頭の横で、器用な指で折鶴を形作りながら。

「お前、キスは嫌がるのに風呂はいいんだな」
「なにが?」

くい、と仁が俺の髪を引く。柔らかな手付きに抗うこともなく振り仰ぐと、硝子の向こうで翠玉色の目が不思議そうに瞬いていた。きれいないろ。刳り抜いて持って帰ってやりたい。母さんに見せたら、喜んでくれるだろうか。あのひとも、きれいな色がすきだった。おれのかみをなでてくれるひとだ。重たい腕を上げて仁の目に触れようとして、カツンと硝子に阻まれる。なおも伸ばすと、仁が笑って俺の手をとった。こどもみたいだな、と小さく呟かれてむっとする。こどもじゃない。そういいたくて口をへの字に尖らせると、仁はますます笑みを深くして俺の唇をなぞった。ぞわっとする。だけど仁の指が、いつもみたいに邪じゃなかったから殴るのはやめておいた。

「眠くなってむずかるのは子供だよ」
「ねむく…ない」
「そうか?」

そうだ。俺だって折る。あざやかな千代紙を手にとって、三角を二回。開いて潰す。裏返して、同じように。それから仁はそのまま開くけど、俺は3回折って形をつけてから開く。きれいに作りたいから。こういうものには、心を込めるべきだ。それが形に顕れる。うつくしい心を、持って。じいちゃんのような。亜衣子のような。仁のような。かあさんの、ような。だけどとちゅうでおもいゆびがさらにおもくなって、うごかなくなってしまった。千代紙を握り締めそうになったところで、仁の指が折りかけの鶴を攫っていった。するすると指が動いて、あっという間に一羽の鶴に。見とれていたら、仁が俺の頬に鶴を乗せて言った。

「愛の共同制作」
「ばあか」

愛は、なくはない。でも、仁が求めているものと俺が与えたい愛は、違う。仁が欲しいものは、じいちゃんからの、有償の愛情だ。きっと何もかも犠牲にするだろう仁が、俺は少し怖くて哀しい。もう少し進んだらきっと、俺の母親や仁の母親と同じ存在になる。だから愛しいのかもしれない、と腑に落ちる。壊れそうなものは、守りたくなる。守られている、つもりで。俺は仁を。みつや、と仁が俺を呼ぶ。心地よい響きだ。慶光ではないもの。そう認識してくれていれば、俺は俺を保っていられる。じいちゃんだって良かった。でも、俺は俺でありたい。それはふしぜんなことだろうか。だけど、仁が求めるものは、できるだけ与えてやりたい。それが仁を切り裂くことになっても。離れない仁の指を探る。触れると、やわらかく握りこまれた。やわらかく。いつでも離れていけるように。ふりほどかれることさえ厭う仁が、いとしい。だから、おれは。

「…ふろ」
「ん?」
「なんで、風呂は入るのかって言ったろ?」
「うん」
「そんなの、簡単だ。ききたいか?」
「聞きたい」

聞きたい答えじゃなくても?重ねて尋ねても、仁はうん、と首を縦に振るばかりだった。じゃあ教えてやる。でも、ばかだな、仁。ふ、と唇の端で笑ったら、頬の上から折鶴が滑り落ちた。だって、それを拒んだら。

「俺がお前を意識してるみたいじゃないか…」
「それは、」
「俺はお前に裸を見られたって、お前の裸を見たって、何も思わない」
「…」
「だから、風呂だって着替えだって、お前と一緒にするんだ」

仁の指から力が抜けて、俺の指が音もなくシーツに落ちた。無表情な仁の顔が可愛そうでいとしくてまた笑った。残酷だな、と呟いた仁に緩く頷く。そうだよ。きっとじいちゃんも、そう思っていた。お前が。どれだけ真剣に愛を囁いても、俺はお前を受け入れてなんてやらない。だって愛しいんだ。傷ついている、お前が。

戦慄く仁の指先を撫でて目を閉じる。きっと何も出来ない仁が側にいるだけで、こんなに落ち着く。俺とじいちゃんを、区別しかねている仁。区別できたとしたって、俺を傷つけられない仁。お前がそうだから、きっと俺は、耐えられる。お前を愛しても、亜衣子がすきでも、百合子さんが眩しくても、きっと。いつか来る別離を、きっと。


( 5巻の風呂はいいよね / 仁×光也 / ゴールデン・デイズ / 20090614 )