0 6 .   夜 明 け 前   

むき出しの肩が寒くて目を覚ました日向は、手探りで眼鏡と携帯を引き寄せた。電子時計が指す時刻は4:30である。まだ早いな、と思いつつ、隣に目を向ければ、布団の半分以上を日向に譲る形で、窮屈そうに木吉が身体を丸めている。たいして小さくなってねえよ、と笑いを噛み殺した日向は、そっと木吉に寄り添って、木吉を包むように布団を被った。木吉の体温は日向とほとんど変わらないが、その分触れた個所から融けていきそうな錯覚に襲われる。人肌は気持ちが良いものなのだと、日向は木吉の肌で知った。こうなったことに後悔がないとは言わないが、なってしまったものは仕方がないし、今のところ木吉の身体に不満があるわけでもない。何より、日向が抱いていた、ある種の加虐心が満たされたことは確かである。枕から半分以上ずり落ちた木吉の首を撫でれば、無意識なのか、木吉は日向の手のひらに頬を寄せた。一時期、確実に線が細くなっていた木吉の顔も、今は元に戻っていて、やっぱりお前はバスケをしていた方がいいよ、と日向は思う。

木吉の布団は、和裁の師範だったという祖母が丈を直したもので、193cmの木吉でもゆったり寝転がれるサイズだった。おかげで日向も同じ布団で眠れるわけだが、隣に無意味に敷かれた普通サイズの布団が恨めしいと言えば恨めしい。木吉と同サイズの布団が必要だとは言わないが、俺だって別に小さくはない、と思う日向は、完全に目が冴えている。眠った方が良いことは分かりきっているのだが。暗がりに慣れた日向の視界には、木吉の裸体が鮮明に映って、そういえば眼鏡をかけたままだった、と日向は眼鏡の弦に手を掛けた。何の気なしに視線を下に移せば、(全裸なので当然だが)木吉の股間が目に入る。木吉の性器にはそれほど興味がないが、木吉の毛にはわりと執着のある日向は、なんとなく木吉の下生えに手を伸ばした。相変わらず柔らかい。

最初はそっと、次第に強く撫でまわしていれば、やがて頭上から「…日向?」と困惑したような木吉の声が聞こえる。「おはよう、寝てろよ」と日向が顔も見ずに答えると、遠慮がちに布団が捲られて、「何をしてるんだ」と木吉は言った。木吉の質問には答えずに、「お前、毛柔らかいよな」と、日向は木吉の股間に頬を乗せる。これはアレだ、キンタマクラ。ちょっと違うだろうか。うわ、と声を上げた木吉は、「日向、困る、朝からそれは困る」と日向の髪を引いた。「そういう意図はねえから、おとなしくしてろ」と日向が木吉の性器を押さえると、「いや無茶言うな」と木吉は肘をついて上半身を起こす。けれども、「猫穴開けんな、寒いだろ」と日向が言えば、木吉は大人しく横になって布団を顔まで引き上げた。木吉は、基本的に日向のすることを否定しない。嫌なことは嫌だと言ってくれて構わないのだが、それで日向が木吉の嫌がることを止めるかと言えば、それはまた別の話である。

木吉の柔らかさを堪能して、よし、と満足した日向は、木吉の股間から離れてずるずる伸びあがる。複雑そうな顔をする木吉の唇を抓むと、「いたいぞ」と木吉は言った。力を抜いた日向が、「お前は結構柔らかいよな」と感心したように言えば、「それは褒めてるのか?」と、日向の背に腕を回しながら木吉は言う。「まあ、それなりに」と頷いた日向は、木吉の髪に指を埋めた。頭を洗うたびに、指先に突き刺さる日向の髪とはまるで別のもののようだ。まあ別物ではあるのだが。意外だと言われるが、日向は動物がすきである。道で野良猫に会ったら、とりあえず人気がないことを確認して、鳴いてみる程度には。そして約十割の確率で逃げられて、別の意味で泣きたくなる程度には。だから、好き放題触れる木吉は、日向にとってそれなりに重要な存在だった。かなり良い毛並みをしている。

丁寧に髪を梳く日向の指を諦めたように受け入れた木吉は、「日向が楽しいなら、なんでもいいけどな」と、ひっそり笑った。目を閉じて日向の手のひらに擦り寄る木吉の頭を撫でているうちに、眠くなってきた日向は、大きなあくびを一つ落とす。眼鏡を外して枕元に置いた日向は、木吉の頭を抱えて目を閉じた。ひゅうが、とくぐもった声が胸元から聞こえたが、「いいから、湯たんぽは黙ってろ」と日向は返す。「日向の方が温かいのにな」と木吉は言って、日向の腰に手を回した。裸の胸に、木吉の呼吸が触れて、日向は小さく笑う。こんなに近くにいる存在に、情が湧かないほうがおかしかった。

微睡が終わるまでは、あと1時間だった。 


( 日向と木吉  / 121031 )