0 1 .  わ か り た く も な い よ   

女の子になりたいなあ、と、いつも通り木吉が冗談には聞こえない声で呟くので、日向は一つ頷いて木吉の手を引いた。向かうのは、A組のリコの席である。リコの椅子の周りには3人の女子がいたものの、日向が木吉の背を押すと、女子はきれいに同心円を描いてリコから離れていく。

「何?」

振り返ったリコが、木吉ではなく日向に問いかけるのもいつものことで、日向はたいした感情も込めずに、

「こいつが女の子になりたいんだと」

木吉の顔を指差した。リコは数秒日向の指を見つめていたが、やがて「…ちょっと待ってて」と言い残すと、先ほど散って行った女子に声をかける。おずおず寄ってきた女子は、日向も名前は知らないものの顔は知っている程度の、まあつまり平均以上の顔面偏差値を持った女子だった。ああかわいいな、かわいいリコと並ぶとさらにかわいい。かわいいの二乗。と、隣で日向のシャツを握りしめる木吉から意識を逸らしたい日向だったが、無理な話だった。いっそ幽体離脱でもしたい、と思いかけたところで、うんありがと、と話をまとめたらしいリコが日向に向き直るので、「それで?」と日向はリコを促す。

「この子演劇部なのね。放課後部活が始まる前行けば衣裳貸してくれるって」
ちゃんと男性サイズだから大丈夫、と、顔面偏差値65強は笑顔で頷いた。

そして放課後のはなしだ。
部活を30分だけサボって、演劇部の部室ではなく体育館の袖で笑ってしまうほどフリルだらけのドレスに着替えた木吉は、まだ新しい全身鏡に向かって一回転してから、「似合うか?」と日向に問いかける。「いや、全く」と両断した日向の答えに傷つく素振りもなく、木吉は笑う。まあそうだよなあ、とドレスの裾を抓みあげた木吉の手は、日向のそれより二回りも大きい。だから似合わないというわけでもないが、それが拍車をかけていることも確かだった。「これって、女装よりむしろ仮装だしな」と至極冷静に言った木吉の太い首筋に、廻り切らないリボンがまとわりついている。

それから二呼吸置いて、「なあ日向、俺は女の子になって、お前に愛されたいんだよ」と木吉が言うので、「おまえが男でも女でも、俺はお前が嫌いだよ」と日向はあっさり木吉の言葉を切り捨てた。そっか、と日向の言葉を気に掛けることもない木吉は、その大きな手で存外丁寧にドレスを脱ぎながら告げる。

「俺がお前の子どもを生めたらいいのにな」

間髪入れず「来世に期待しろ」と返した日向の思考は、でも、性転換したら子供も産めるようになるのか、それは無理か、じゃあ代理母か、試験管ベビーか、と果てしなく連鎖していく。もちろん、別に木吉との子どもが欲しいわけではなかった。


( 日向と木吉(とリコ) / 120909 )