※メフィストとメフィ犬と藤本の過去捏造話
※コピー本「GrandChariot」と同設定のメフィ犬×藤本です。ともかく犬なのでご注意ください。
※ 犬以外にも中で説明している設定がひどいのでご注意ください。
※でも藤本神父誕生日おめでとう!文です。申し訳ありません。

M a n  L i k e   M e.


5月のある日、藤本獅郎は講堂脇の長い外廊下でメフィスト・フェレスとすれ違った。昨日までヴァチカン本部に召集されていた筈のメフィスト・フェレスは、いつもよりさらに隈を濃くしているようだったが、藤本獅郎は何を思うこともない。軽く会釈をして、顔も見ずに通り過ぎた藤本獅郎は、「神父」と呼びかけるメフィスト・フェレスの声を聞いても、立ち止まるだけで振り返りはしない。「なんですか理事長」と藤本獅郎が面倒臭そうに問い返せば、メフィスト・フェレスはわざわざ藤本獅郎の前まで歩み寄ると、日差しを遮るように指をかざして、「甘いものはお好きですか」と言った。眉間に皺を寄せた藤本獅郎は、「質問の意味が分かりません」と言ってメフィスト・フェレスの指を払い除ける。けれども、軽く首を傾げたメフィスト・フェレスが「…私も別に興味はないのですが、…犬が」と困ったように言うので、「フォースタスがどうかしたんですか」と藤本獅郎は気色ばんだ。メフィスト・フェレスは口元を歪めて、どうもしませんが、と前置くと、「しばらくあなたと会っていないので、何か用意したいそうです」とまるで笑いを堪えるような口調で返す。今にもメフィスト・フェレスにとびかかりそうだった藤本獅郎は、その一言にぽかんと口を開けて、「…え、…」と間の抜けた声を上げた。「それで、甘いものはお好きですか?」とメフィスト・フェレスが重ねれば、「すきです」と藤本獅郎は蚊の鳴くような声で答える。そうですか、と頷いたメフィスト・フェレスは、今度こそ藤本獅郎の隣をすり抜けて歩いて行った。しばらく立ち尽くしていた藤本獅郎は、やがて首を振って、「羨ましいな」と誰に聞かせるでもなく呟いた。

藤本獅郎と、メフィスト・フェレスの飼い犬-使い魔だともいう-であるフォースタスは、一年ほど前から付き合っている。それは何の比喩表現でもなく、人間の言葉が分かるメフィスト・フェレスの犬に藤本獅郎が交際を申し込み、犬がそれを快く-だと思いたい-受け入れた、というはなしだった。ちなみにかなり早い段階から肉体関係も持っている。ほとんど藤本獅郎の逆レイプのようなものだったが、藤本獅郎は小型犬に挿入するよりは小型犬に挿入されるほうが動物愛護的にマシなんじゃないか、とどちらにしても屑のような持論を持っていた。ともあれ、藤本獅郎はフォースタスを愛していたし、フォースタスの方も、少なくとも嫌がってはいない。いないと思いたい。

どうしてこんなことになったんだと聞かれると説明しづらいのだが、単刀直入に言えば、藤本獅郎は犬が好きだった。そして人間の女性が嫌いだった。原因は、幼少時の性的虐待だろうと藤本獅郎は思っている。わりと大きな寺の跡取りとして生まれた藤本獅郎は、5つになるまでほとんど寺の敷地内だけで過ごしていた。他に子どもはいなかったが、修行中の僧や、仏門に入ったばかりの若衆が良く遊んでくれたので、ほとんど不自由はなかった。母親は病気がちで、寺の離れにひっそりと寝かされていたため、藤本獅郎は「女性」と言うものに触れ合う機会があまりなかった。そこへ、檀家の娘であり、藤本獅郎の母と少しばかり血の繋がりのある女性-26歳だった-が、行儀見習いとしてやってきたことがすべての始まりだった。藤本獅郎はそれなりに賢い子どもで、腫物を扱う様な周囲の対応を見て、このひとはきっとなにかをしてここにきたんだろう、と漠然と思っていた。普段は優しい父が、母と女性が起居する離れへはひとりで近づかないように、と言われていたことでもそれは窺い知れた。
今となってみれば、父の忠告に従っておけばあんなことにはならなかったのだろう。結論から言うと、6歳になった日、母に会うためにこっそり訪れた離れで、藤本獅郎は女性に犯されたのだ。前も、後ろも。今でも思い出せるのは、女性の胸元がやけに白く、重たかったこと、性器を掴む手がやけに冷たかったこと、肛門に押し込まれた蝋燭が中で折れたこと、そして上気した女性が果てる瞬間に、藤本獅郎の目の前で赤い花が咲いたこと。次に目を覚ました時、藤本獅郎は寺ではなく病院に寝かされていた。枕元には紫陽花が3本生けられた大きな花瓶が置かれ、ベッドの脇で本を読んでいた母は優しく微笑んで、「おはよう獅郎。よく眠れた?」と言った。それから1週間ほどして、藤本獅郎は寺に帰ったが、女性はどこにもいなかった。そして、母は二度と病院から外に出ることがなかった。

と言うのが女性と性交できない藤本獅郎のルーツなのだが、そこからどうして男性ではなく犬に走ったかと言えば、男性ともそれなりにアレなことがあったからで、その辺りは割愛する。ただこれだけ言っておくと、藤本獅郎の処女は15歳の時、8歳になる愛犬に捧げたということだけは確かだった。蝋燭はノーカウントで。愛犬は15歳で眠るようになくなり、藤本獅郎は初恋の相手を失くしてひどく荒れた。寺を継ぐはずだった藤本獅郎が、なぜか神父に収まっていることも、その辺りに関係があった。藤本獅郎が寺を去る日、父は「仏でも神でも、お前が救われるならそれで良い」と言って、藤本獅郎の肩に手を置いた。父が何もかも知っていたのだとしたら、藤本獅郎は神にも仏にも顔向けなどできないのだと泣いて縋ったかもしれない。でもそれももう遠い話だ。

それから紆余曲折を経て藤本獅郎はヴァチカンで神父の、しかも祓魔師などと言う役職に収まり、さらに問題を起こして日本に帰ってきた。その問題も裸の女性関連で、藤本獅郎はひどく憔悴していた。ヴァチカンでも何匹かの犬と性交渉を持ったが、どれもいなくなった愛犬とは比べ物にならず、鬱々とした気分でいたところ、唐突に彼は-フォースタスは-現れたのだ。ヨークシャテリアのフォースタスは、中型のミックスだった愛犬とは似ても似つかなかったが、朝露の中をとことこ歩く姿はとてつもなく愛らしく、藤本獅郎は一目で恋に落ちた。何度か姿を見かけるうち、授業時間外に庭園、それも薬草園にいることが多い、と目星を付けた藤本獅郎は、運命の日にメ正十字学園の頂上にある花園で、眠るフォースタスを見つけた。ほとんど鼻息も立てずに眠るフォースタスを起こさないように、隣に腰を下ろした藤本獅郎は、それだけで途方もない幸福に満たされた。それからすぐにフォースタスは目を覚まして、逃げてしまったが、それで俄然藤本獅郎には火がついて、飼い主であるメフィスト・フェレスに突撃した。メフィスト・フェレスはひどく不可解な顔をしていたが、藤本獅郎には知ったことではない。恋は盲目だった。悲しいくらい、盲目だった。

それからはあっという間に過ぎた1年だった。
使い魔のようなもの、と言ったメフィスト・フェレスは、フォースタスと意思疎通が図れるようなので、藤本獅郎とフォースタスの関係に気付いてはいるのだろうが、特に何を言うこともない。メフィスト・フェレスは悪魔なので、獣姦に抵抗が無いのかもしれなかった。そして冒頭に戻り、藤本獅郎は約2週間ぶりのフォースタスとの再会を楽しみにしながら、悪魔薬学の授業を終えた。浮かれた気分は生徒にも伝わったのか、「先生そんなに金曜日が嬉しいんですか?」と生徒が手を上げるので、「お前も大人になったらわかるよ」と、藤本獅郎は満面の笑みで答えた。本当は土曜日の午後にも祓魔の予定が入っていたし、日曜日は報告書と薬草園の手入れで吹き飛んでいくので休日などないようなものだったが、フォースタスと会えるのならば安いものだった。藤本獅郎は、上司であるメフィスト・フェレスにたいした感慨を抱いてはいなかったが、その内「息子さんを僕に下さい!」をやろうと思っているので、心証を良くしておくに越したことはなかった。

そうして、月が昇り切った夜のことだった。いつものように、藤棚の下のベンチでフォースタスを待っていた藤本獅郎は、白い箱を咥えて石段から顔を出したフォースタスを見て満面の笑みを浮かべる。真っ赤なつつじの花が咲き誇る中、歩み寄って箱を取り、ついでのようにそっとフォースタスを抱き上げた藤本獅郎が、ピンク色の鼻先にキスを落としながら「久しぶり、元気だったか?」と声をかければ、ウォン、と甘えたようにフォースタスは啼いて藤本獅郎の頬に耳を寄せた。石のベンチに箱を置いて、藤本獅郎が改めてフォースタスを抱き直せば、フォースタスは前足で藤本獅郎の首を押す。
「お前柔らかいなあ、くすぐったいだろ」と言った藤本獅郎は、フォースタスの毛皮に指を差し込んで、梳かすように滑らせた。もう一生このままでいたい、と思う藤本獅郎は、ただの恋する男だった。しばらくされるがままになっていたフォースタスは、やがてクフン、と鼻を鳴らして藤本獅郎の腕から抜け出すと、ベンチの上を2足ほど進んで、白い箱を鼻で突く。
そうだった、と存在を思い出した藤本獅郎が、「開けていいのか?」と問いかければ、フォースタスは急かすように箱を押した。はいはい、と笑いながら噛み合わせてあった箱の蓋を開いた藤本獅郎は、中を覗き込んで息を止めた。正確には、5回分の呼吸を忘れた。首を傾げるようにしていたフォースタスに、おそるおそる腕を叩かれて、ようやくひゅ、と息を呑んだ藤本獅郎は、吸い込んだ空気に咽て咳き込む。おろおろと後ずさったフォースタスに、「ちが、違う、別にお前が悪いとか…これが嫌だとか、そういうんじゃなくて、…びっくりして」と切れ切れに藤本獅郎は告げる。それでも不安そうなフォースタスが愛しくて、藤本獅郎は箱を脇に置くと、咽ながらもまたフォースタスを抱きしめた。「ありがとうな、良く知ってたな。…理事長も、よく注文してくれたな…」と、最後はほとんど囁くように藤本獅郎は言う。

箱の中には、3号のバースディケーキが収められていた。
子ぶりながらも、生クリームとフルーツがふんだんに使われていて、見るからに高級そうである。さらに、大きめのチョコプレートには「Happy Birthday,Shiro.」と金箔で書かれていた。自分の誕生日など特に思い出すこともなかったが、祝われたくないわけではもちろんないし、まさかこんな形でフォースタスが祝ってくれるとは思っていなかったので、藤本獅郎はいっそ泣きそうだった。少し考えてから、「お前、まさか俺の誕生日に合わせて帰ってきてくれたの?」と「ワフン」と、満足そうにフォースタスがなくので、藤本獅郎はますますフォースタスを抱く腕に力を込めた。「こんなにちゃんと嬉しい誕生日は、20年ぶりだ」と藤本獅郎が呟けば、何も知らないフォースタスは、それでも藤本獅郎の首を舐めてくれた。
ふたりで食べたケーキは、素直に美味しかった。

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ひとりと一匹でケーキを食べ終えた後、藤本獅郎は手帳を破って何事か書きつけると、フォースタスの-メフィスト・フェレス-の首輪に折りたたんだ紙を挟んで、「お前の飼い主に見せてくれよな」と言った。あった時間がずいぶん遅かったので、本当の意味で抱き合うことはしなかった藤本獅郎と、花園の前で別れたメフィスト・フェレスは、十分に離れたところで人目につかない木陰に隠れて人型に戻る。チーフの端から、手帳の切れ端を取り出して目を落としたメフィスト・フェレスは、3回瞬きをして切れ端を折りたたむと、丁寧に胸ポケットに仕舞いこんだ。
「どちらも同じですし、…そもそも人間界の日付に換算はできませんよ」
呟いたメフィスト・フェレスは、『ケーキをありがとうございます。お返しをしたいので、できればフォースタスの誕生日を教えてください。…差支えなければ、理事長のものも。 5/10_藤本』と書かれた藤本の几帳面な文字を思い出して、軽く溜息を吐いた。本当にただの犬だったらよかったのに、と思ったことは、一生の秘密だった。



(なにもかもひどい/藤本神父誕生日/ 青の祓魔師 / メフィ犬と藤本 / 120510 )