[死ぬまで人間なんだろう / おおきく振りかぶって]



死 ぬ ま で 人 間 な ん だ ろ う



えろいことしよう、と、軽い口調で誘った時の、花井の顔がうまく思い出せない。笑えるくらい目を丸くしていたような気もするし、拍子抜けするくらい明るい顔で笑い飛ばされたような気もする。とにかく思い出せない。それから今までの流れが、自分でもびっくりするくらい上手くいきすぎて、花井のいろんな顔を見すぎて、もうわけがわからなくなってしまった。全部覚えていたいのに。全部忘れてしまいたい。俺がしたこと。俺がされたこと。俺が、して欲しがったこと。

とにかく言ったんだ。えろいことしよう。もちろん花井が、頷いたり肯定したりえろい行動に出たりすることはなかった。その瞬間の花井の顔は覚えていないけど、俺が本気で言ってるってわかった時の花井の顔は、物理的に見えなかった。ジッパーおろして花井、のを咥えた瞬間、だったからだ。たぶん。はじめて花井にしたキスは唇でも頬でも額でも指ですらなくて性器だった。すごいいきおいで引きはがされそうになったけど、軽く歯を立てたらビクッてなっておとなしくなった。ああうん、そうだよな、食いちぎられたら困るもんなあ。そんなことしねーけど、だって他にして欲しいこと、あるから。散々口の中で転がして、そのうち花井がびくびくしてきて、ああなんかもっとでかくなって、もうすぐ、ってところでぱっと口を離して花井を見上げた。そのときの顔は覚えてる。眉をひそめて、顔赤くして、涙目で、もっさいこーにえろかった。かわいー。えろいー。もう、いっそこのまま最後まで俺がしちゃおうかなと思ったけど、それは本意じゃない。だってそんなの、ただの強姦だ。だめだ、そんなの。だから、まだびくびく震える性器にふれて、少しだけ舐めた。わずかな刺激で花井の全身が跳ねて、どうかなと思う。どうだろう。

なんで、と花井が言った。なんでもなにも。えろいことしよう、って言っただろう。それだけだよ、って言ったら、信じられないような目で花井は俺を、うん、見下した。すげえ気持ちよかった。俺花井に尊敬されてた自信があるんだ。めちゃくちゃ嫌な形で、ぶち壊したと思う。怒ってくれないかな。ムカついてくれないかな。花井の、なんだかよくわからないけど出てきた汁で濡れた唇を、ことさらゆっくりなぞる。手の甲で拭って、人差指で触れて、親指で塞ぐ。さっきまで舐めていた舌で、濡れた親指を拭う。ははっ。AVで研究した甲斐があったか?ちょっとは。なあ。

ことさら熱い息で花井に語りかけた。なあ、しよう。えろいことしよう。お前が突っ込んでいいから。なあ、そのままでいいからさ。いいよ、何してもいいよ。だってあいしてる。俺お前が好きだから、お前が俺のこと嫌いだって、何したっていいんだ。こんなこと、俺は慣れてるし痛いほうが気持ちいいくらいだし、お前思いだして何度もするくらいなら、いまここでお前に全部捧げちゃうほうがずっといいよ。ほらほら、お前ので俺の中擦り上げてめちゃくちゃにしてくれよ。だってこれもう、俺の口の中で散々、大きくしてやったんだからさ。責任とってやるから、突っ込んでくれよ、なあ。
花井が俺の言葉をどこまで、何を信じたかは知らないけど、とにかく突っ込んではくれた。たぶん限界だったんだと思う、性器のほうが。散々煽った俺は、鳴らしもせずに突っ込まれて気持ち悪くなるまでとにかく笑った。笑うしかなかった。内臓を抉られてるみたいな、そんな感触で、花井を感じるだけ感じていた。吐かなかったのが不思議なくらいだ。根性ってやつだ。よく頑張った俺。自業自得に、頑張るも何もないけど。あーとかうーとか、意味のわからない言葉ばっかり溢れるのかと思ったけど、意外と口はいつまでも回って、くだらないことをたくさん喋った。いつもしてるときよりいいとか悪いとかでかいとか長いとか早いとかいきたいとかいくなとか俺のこと好きだとか、本気なのか嘘なのかもわからないことを散々喋った。花井はほとんど何も言わなかった。俺の中で三回、出して、そんでそのまま。制服を詰めたバッグをつかんで、ユニフォームのまま走って行った。入り口開けっ放しで。そりゃあここに、誰も来ないのは、俺が調べてあったからいいんだけどさ。ちょっと寒いかな。まあ別に、服は、ほとんど着てるから、いいんだけど。

えろいこと。えろいことをした。花井と。少なくとも、えろいような気が、する。こういうジャンルもあったような気がする。だけど、こんなの。少なくともセックスじゃないし、性交でもない。だって違う。絶対違う。なんとなく現実感がなくて、ゆっくりと腕を持ち上げて、それでもわからなくて、親指の付け根に思い切り噛みついた。遠慮なく。当たり前のように血が出た。だから、これが本当なんだと、思った。急に、痛いなあと思った。どこがって、全部。

全部嘘だった。愛してる。あいしてるあいしてるあいしてる。それ以外は、全部、嘘だった。優しくしてほしかった。あんな、強姦まがいの行為を、許容できるほどできた人間じゃない。そういう問題じゃない。強請ったのは俺で、流されて、くれたことが泣きたいくらい嬉しかった。だけど本当は、本当は、こんなことが望みだったわけじゃない。でも俺には、それ以外の選択肢が、なかったんだ。だって、俺は、浜田孝介は、男で、ごつい体で、背もだって随分高くて、花井に愛してもらえるような要素がかけらもなくて、だけど俺を見てほしくて、だから、少しでも、軽蔑でもいいから、俺に目を向けてほしかった。尊敬なんていらなかった。違う、欲しかったけど、もっと欲しいものがあった。だけど手に入らないって、知ってた。届くわけがなかった。
使ったことのない器官から血と精液を流して、広げすぎた股関節がぎしぎし痛んで、押し付けられた背中はきっと擦傷だらけで、花井の背中に縋りつかないように握りしめていた両手は爪痕だらけで、もう全部ボロボロだ。いっそもうこのままここで気を失うように眠ってしまいたいけれど、それはとても簡単だけど、花井が俺とのことを忘れられるようにどうしたって無理やり起き上がらなくてはいけない。これからドロドロになった体をどうにかして、どうしようもない汚れた服を着て、独特の臭気が漂うこの部屋を片付けて、それから、ひとりで帰らなくてはならない。俺ひとりで、俺ひとりだけの、閉ざされた空間に。

どこかから見つけ出した雑巾で、体も床も服も全部拭いた。どうせ誰も気にしない。散々流した涙がまだまだぼろぼろ溢れて、さっきあれだけ我慢できた泣き声が容赦なく響いた。笑っていた。笑わなくてはいけなかった。泣いてしまわないように。だって、だって、だって。誰も聞いていない。だけど繰り返し、言い訳にもならない言葉を繰り返した。だって。今までのすべてとこれから先の全部を犠牲にしたって、たった一度の熱が欲しくて欲しくて堪らなかった。優しい拒絶よりも、切り裂くような断絶が欲しかった。目がくらむような一瞬を残してくれたら、あとはもう何も、何も望まずに、生きていくから。ちゃんと生きていくから。笑っているから。笑っていなくちゃいけない。だってこれは、なんでもないことなんだ。男相手に愛を語って、前戯もなしに突っ込まれて喘いで射精してへらへら笑うような、そんな相手だと、思われたんだから。俺にはそれを貫き通す義務があるんだ。絶対に、後悔させたって憎まれたって、絶対に罪悪感だけは、抱かれちゃいけないんだ。悪いのは全部俺だ。そう思ってくれたらいい。事実その通りだ。ちゃんと告白するだけの勇気も、我慢して忘れるだけの誠意もなかった俺の、これが、俺なりの、自尊心なんだから。

なんでもない。なんでもないことだった。繰り返し繰り返し繰り返し。俺は花井とえろいことがしたかったんだ。一度だけでも、したかったんだ。だって、あいしてるから、触りたかったんだ。それが叶ったんだ。だから嬉しいはずだ。笑わなくてはいけない。笑って、花井にも同じ顔で笑って、それでもう二度と花井に近づいてはいけないんだ。それはどうしたって俺には耐えられなくって、だけどそれ以上に耐えられないことから逃げ出した俺にはそれをする、権利が、ある。できるんじゃない、やるんだ。

せめて内臓に届いた花井のひとかけらだけは死ぬまで抱えて笑っていたいと思う。



(でも死ぬまでっていつまでだろう)

| 花井×浜田 | 10102009 |