[白い雪には音がない/ただ静寂が訪れる / おおきく振りかぶって]



白 い 雪 に は 音 が な い / た だ 静 寂 が 訪 れ る



なんだかんだで『お付き合い』を始めて3週間、相変わらず帰り道にぽつぽつと話すくらいしかしなかった関係をどうにか進展させようと浜田に電話したのが三日前の夕方。はい、と幾分眠そうな声で電話口に出た浜田は、お前今週末開いてるか?という俺の言葉に「午後からで良かったら」と言った。明け方までバイトの予定なんでそっから寝て起きるとそれくらいなんですけど、と申し訳なさそうに言う浜田に、それでいいよ、遊びに行こうと告げる。何を、やどこへを聞かずに、いつどこで待ち合わせればいいですか?だけ尋ねる浜田にじゃあ一時過ぎにいつもの駅で、と言うと浜田は笑ってはい、と言った。通話を切って二分間、とりあえず拳を握り締めてみたりして。
で、三日後の日曜日。何を着ていくか散々悩んで、結局普段着になったのは一人で浮かれていると思われるのが恥ずかしかったからだ。あと浜田の服装がいつもゆるいのでソレに合わせたと言うのもある。最寄り駅からひとつ向こうの駅に着くと、反対側のホームで浜田が待っていた。。連絡通路を渡って浜田の隣までやってくると、おはようございます、と浜田は笑う。そして「制服じゃない島崎さんて始めてですね」と感心したように浜田は言った。ユニフォームは見てますけど、あとどっちもかっこいいですけど。そのテレテレした顔はなんだ。いやいやいや。この三日間の俺も相当だったが。二人でにやけているのも不気味なので、とりあえず電車に乗った。昼飯が(というか朝飯も)まだだという浜田のためにマックに入る。昔と比べると高くなったなと思わないでもないけれど、クーポンがあればまだそれなりに学生の味方だ。無心にポテトを貪っている浜田を見ながらコーヒーを啜っていると、島崎さん、と浜田が声をかけてくる。ん?と顔を上げたら、浜田が言うことには「これってデートですか?」思わずコーヒーを噴出しそうになった。危ない。今日は白い服だというのに。お前行き成りなんだよ、と言うと、浜田はちょっと困ったような、でもニヤけたような顔でいや、どうなのかな、って。遊びに行こうって言われたから下手に緊張するのもおかしいような気がしてー、と笑う。同じようなことを考えてたのは嬉しい、なんて思ってしまう俺はもう末期なんだろうな。どっちがいい、と聞くと浜田はえ?と首をかしげた。デートと、普通の遊びと。ええ、と浜田はさらに困ったような、でもやっぱりニヤけたような、さらにテレテレとした締まらない声を上げる。えー、と。…じゃあ、デート、で。俯いた浜田の耳が真っ赤だったので笑ってやった。
腹ごしらえを済ませて、ふらふらしながら二人とも浮かれていたのだろう。普段はしないような話をして、お互いの趣味なんかを初めて知ったりして、なんだかとても楽しかった。浜田は変な脳内物質でも出てんじゃねーかなあとおもうくらいヘラヘラしていたけれど、それを指摘すると「島崎さんも同じですよ」と返ってくる可能性があまりに高いので口には出さずにしまっておく。で、さらにふらふらしてそろそろ小腹が空いたかなあ、と思う頃だ。どっか店入るか?と尋ねるとどうしましょうかね、と浜田はぐるりと辺りを見渡して、あ、クレープ売ってますよ、と当然のように言った。…クレープ?思わずまじまじと浜田を見つめていると、きょとんとした顔で浜田は言う。
え、食います…よね?いや食わねえよ?えっ、え、なんで?何でって言われても…困るんだけど。普通に食うんですけど…あっでもあいつら嫌がるな、田島と三橋は食うんだけどな〜。あいつらっていうのはおそらく野球部か、よく名前が出てくる一年前の同級生達だろう。浜田は少しばかり考えて、だって島崎さんもアイス位は食うでしょ?食うけど。そんなもんですよアレも。だって生クリームとかな。甘いのキライですか? 嫌いじゃないけどなんかな。へえー。じゃ、今日は止めときますね。と笑った浜田は別の誰かとアレを食べるんだろう。ああそれはな。なんだかな。「浜田」「はい?」振り返った浜田の腕を掴んで、隣の店を指差す。たこ焼き買ってやるから、一緒に食うぞ。え、マジで?いいんですか。やった!おまえしょっぱいのも好きなのかよ。そりゃ好きですよ。将来糖尿か高血圧だな。ええー、なんでそゆこというんですか。あ、俺並んできますよ?何言ってんだ一緒に並ぶに決まってんだろ。え、でも込んでますよカップル…で…。俺たちもカップル。だろ?にやりと笑ってやると、あー、わー、あー。そうですね。さて、周りほどおおっぴらにイチャつくわけにもいかなかったが(何しろ男同士だ)それなりにそれなりではあった。と思う。周りが誰も俺たちを見ていないことはわかりきっていたからだ。鰹節を多めにかけてもらって浜田はとても嬉しそうだ。食っていいすか、と目を輝かせて浜田が言うので、思わず「まて」と言うと幾分しゅんとしながら律儀に待っているので笑ってしまう。近所にいるゴールデンレトリバーに似ていた。大きな身体で、わくわくしながら「よし」を待っている。あーまあなんだ。そういうことだよな、と心の中で呟いた。もうういいですか、と浜田が聞くので、いいよと言って爪楊枝を渡してやる。「あっ、つ」最初の一個目で顔をしかめた浜田は「ヤケドしました」と呟いた。俺たこ焼きとかお好み焼きとか食うといつもこんなかんじなんですよね…。水でも買ってくるか?や、大丈夫です。すぐ直りますし。たこうまいっすね、大きすぎなくて俺は好きです。ご馳走様でした。と浜田は笑う。やっぱり食い物を買ってやるのが一番喜ぶようだ。こんな顔安売りしてていいのか。俺はまあ、楽でいいけど。
日が落ちる頃に風が吹き出した。冬だと言うのに薄着だった浜田が隣で震えているので、ここはまあベタに行くべきだよな、とマフラーを巻いてやる。わー。ははっ。なんかほんとにデートっぽくなって来ましたね、と浜田が笑うので、今更かよ、と突っ込んでやった。今日の全工程、どう考えても男子高校生同士の会話じゃなかっただろ。まあそうですけど…、とどこと泣く浜田が不満そうなので、 じゃあ手、と言ってみる。手?繋いで見るか?えー…。差し出した手と俺の顔を見比べながら不審そうだ。まあそりゃそうだろうけど。なあ。はい?女の子ってよく女の子同士で手繋いでるよな。あーやってますね。かわいいよなああいうの。かわいいですね。で、俺らはどうするよ。あ、続いてましたか。俺らが繋いでも全然可愛くはないと思うんですけどねえ、と浜田は呟いた。けれども。 えー、っと。寒いから、ってことで。前振りのあとで周囲を確認して俺の手を取った。あ、うわ。これちょっと感動するな。お前手暖かいな。そっすか?あんま意識してないけど。ぎゅっと握ると、島崎さんちょっと痛い、と浜田も力を込めてきた。
薄暗がりはあっという間に暗闇に変わって、ぽつぽつと立ち並ぶ街頭の光が目に痛い。手を繋いだまま歩いていたら、浜田がぽつりと言った。
「島崎さん」
大学、どこ行くんですか。「東京」「えっ」「ていったらどうする?」「…困ります」 困るか?だって遠恋とかムリっぽいし。てゆか島崎さん俺のこととかあんま知らないでしょ。俺も知らないですけど。自然消滅…3ヶ月くらいで、って、それはちょっとさみしいなあ、なんて。勝手にしんみりしているのは寒いせいか。ヘラヘラ笑っていたくせに何を。「バーカ」「え」えー、ちょっと島崎さん?俺結構真剣ですよ?だから馬鹿なんだろ。「浜田君に質問です」「は?」「質問です」「はあ」「浜田君に告白したのは誰でしょう?答えるときは手を挙げること」「…はい」「はい浜田君」「島崎さんです」「はい浜田君正解」賢い浜田君にはご褒美が出ます。ぐい、と浜田のマフラーを引っ張って顔を近づける。はっ?という表情をした、浜田に。3秒してから離れると、ええー、と照れたような呆れたような声がする。なんだよ、嫌だったか?そうじゃないですけど。初デートで初キスってすごく可愛い付き合い方だろ。まあこんなかんじでだな。
「俺はちゃんと手順を踏んでいくつもりだから。ちょうどいいことに生活の変化もあるわけだし、マンネリは防げるよな」
別れるつもりはないから。しまさきさん、と子供のような声で浜田は言った。なんだよ。「俺ずっと島崎さんてかっこいいなって思ってたんですけど」いまちょっと可愛いなって思いました、と噴出しそうな顔で浜田は俯く。いやお前。確かにベタベタだけど。その反応は傷つくよ?傷ついちゃうよ?訴えると、だって乙女チックだから!と今度こそ浜田は声を上げて笑いやがった。ああ悪かったよ。不貞腐れてやろうか、と思っていると、 「でも」と浜田は続けた。「嬉しかったです」ってまたその顔か。途切れ途切れの街頭の下でそれでもちゃんと分かる。たまには構ってくださいね?大学生だからって週末ずっとバイトとかやめてくださいね、と浜田は言う。それはお前のほうだろ。生活費の捻出と、応援団。平日の週末もお前のほうがずっと忙しいだろうが。恨み言のように聞こえただろうか。浜田はちょっと苦笑してそうですね、と返す。「俺も時間、作りますから」だから努力しましょうね。続けていけるように。そうだな。絶対、と言うように浜田が俺の手を握る。寒いか?こうしてれば平気ですよ。
「だからもうちょっと繋いでてもいいですか」
「バーカ」
だから、そういうことは聞かなくてもいいんだよ。ぎゅう、と手を繋いで、あとはいつもの分かれ道まで。



(マフラーは貸してやるから、次もまたしてこいよ)

| 島崎×浜田 | 05062008 |