[劇的皮肉に持ち込まれた恋 / おおきく振りかぶって]



劇 的 皮 肉 に 持 ち 込 ま れ た 恋



「最悪だ」
薄っぺらい布団の上で、オレは呻くように呟いた。カーテンのない窓からは朝をとうにすぎた眩しい光が差し込んで色あせた畳をさらに焼いている。バイト開けの休日はいつも昼過ぎまで寝てしまうから、それを見越してギリギリ日の当たらない場所に布団を敷くんだ。誇らしげに言っていたこの部屋の住人の言葉通り、日差しはあと一歩のところで移動を続けている。オレの寝覚めがあまり良くないのはそのせいではないけれど、オレが動けない原因である鳥頭のことはいい加減起こしてやって欲しいと思う、と、 隣に横たわる鳥頭…浜田をぎろりと睨み付けた。ひとりぶんの布団から確実にはみ出している浜田は、それでも身体を丸めるようにして泉に張り付いている。というか抱きついている。ちなみにふたりとも全裸である。叩き起こしてやってもいいのだが、そのためにはまず浜田から少し離れなくてはならなくて、そうするためには裸の皮膚が擦れるわけで、そうなると昨日のアレやソレを思い出しそうで、だから泉は目を覚ましてから15分間同じ姿勢で身じろぎもせずに浜田の熱を感じている。ちなみに時間は適当だ。5分くらいは自分で数えてみた。不毛すぎる。薄汚い木目が浮き出たアパートの天井を眺めながら、どうしてこんなことになっているんだろうとオレは思う。こんな、ヘタレた男と寝てしまうなんて。
(しかもオレがやるほうだったよ)
そう思った瞬間に昨日のアレやコレが一気に浮かび上がってきて焦る。チッ、と舌打ちをして妄想のようなソレを打ち払った。怖いのはソレが全部妄想じゃないということだ。田島に話してやったら喜びそうだな、と現実逃避のようなことを考えていると、腹に回されていた浜田の腕が緩んで我に帰る。はっ、と横を見ると、目を開けたばかりの浜田とばっちり目が合ってまた動けなくなった。なんて言えばいいんだ。ていうか何か言っていいのか。オレから何か言うべきなのか?悶々と悩んでいるうちに、浜田はへらっと笑って「おはよ」と言った。はよ、とかえしてから、こいつなんでこんな普通なんだ、と泉は思う。
オレが浜田から目を話せずにいる間に、浜田はオレから腕を放してうつぶせたままぎゅう、と伸びた。
育ちすぎた猫のようなその行動に思わず頭を撫でそうになって、いやいや違うだろうよ何考えてんだ、と動揺を押し隠しながら伸ばしてしまった手で浜田の頭をぺしりと叩いた。あいた、と間抜けな声を出した浜田には、狭いんだから考えろよともっともらしいことを言っておく。ああそっかごめん、と浜田は言って、ごそごそと手足を畳んでもう一度オレの隣で丸まった。いや違うよ。違うって。それでどうすんだよ。まだ裸じゃんオレら。試験休みで練習も学校もない日では、この状況を打破する言い訳も思いつかない。まるでこんな、見詰め合っているような姿で。昨日のように。
(うわ…っ、)
だから妄想みたいな記憶はもうどっか行けよ!昨日のオレ死ね!とオレがテンパっていると、「ええと」と浜田が口を開いた。気分はどうですか泉さん、となぜが敬語で言う姿にイラっとして「最悪」と告げると、浜田はぱっと目を見開いてぎゅっと唇を噛み締めて、それからふう、と息を吐いた。そうしてへらっと笑った。訂正、笑ったつもりなんだろう。でもひどい顔だ。ガキの頃に見た泣く前の顔によく似ている。オレの方がよく泣いてたけど、こいつの前で。と思い出したくないことまで蘇ってきて、オレはさらにイラついて浜田を睨む。こんな状況で笑ってんじゃねえよバカ。こんなのはただの逆恨みだ。
最悪だよ、とオレはもう一度吐き捨てるように言った。そっか、と泣きそうな顔で笑う浜田の顔があまりにも情けなくて、ギリリと奥歯を噛み締める。お前のことじゃない。最悪なのはオレのほうだよ。オレはお前とこんな風になりたかったわけじゃないのに、お前が何も言わないからこんなことまでしてしまった。と心のどこかで思ってるオレが一番最悪なんだよ。オレを拒めないことを知っていて誘いをかけた俺が悪かったんだ。オレの機嫌が悪いのはお前と寝たからじゃない、お前がオレを抱いてくれなかったからだよ。脳が溶けるくらい気持ちよかったけどでも、オレが欲しかったのはこっちじゃない。オレはお前に射れて欲しかったんだよ、なんて正気で言えるわけがない。正気でなくても言えなかったのに。
浜田は相変わらず泣き出しそうな顔で笑って、ああそっかそうだよな最悪だよな、目が覚めたら隣に男って言うか俺か、笑えないよな!とやけに早口でまくしたてた。そうだよな、俺だったら絶対ごめんだよ、と続ける浜田に、こいつはいったい何を言っているんだろうと思う。何が言いたいんだ、はっきり言え、と切り捨てると、浜田はぎゅうっと顔を歪ませて、それからまたふう、と息を吐いた。緊張しているように見える。
そして、ごめんな、と浜田は言った。ごめんな泉やっぱ気持ち悪かったよな。無理、させたよな。でも俺コレくらいしかお前にやれるものがないんだ。ごめんな泉。いらなかったよな。ごめん、ごめん、ごめん。
7度目の「ごめん」でキレて押し倒した。何言ってんだこいつ。なんとも思ってなければ、いくらなんでもその場のノリで男となんてできるわけねーだろ。オレが、お前を、いらない?そんなことがあるものか。どんな形だって浜田と繋がる瞬間は泣きたいくらい嬉しかったに決まっている。どうして謝ったりするんだ。オレはお前のことが聞きたいよ、と搾り出すような声で言った。お前はオレが欲しくないのか?オレが「いらない」っていったら笑って忘れられるくらいなのか?裸の浜田に馬乗りになって叫んだ。悔しくてたまらなかった。たったひとつ、年上なだけで、何もかもわかったような顔をしているこいつが。そんなものなのか。オレはお前がほしくて欲しくてどうしようもないのに、お前にとってのオレはそんなもんなのか、と続けようとしたところで、浜田の目が真っ黒になっていることに気づいて口が止まった。そんなわけがないだろ、と真っ黒な目で浜田はオレを見ている。じゃあなんで謝ったりするんだよ、と俺が尋ねると、浜田は震える声で「だってきらわれたくない」と言った。昨日の俺が何回イったか覚えてるか、俺は覚えてるよ。泉とできてものすごく気持ちよくて訳わかんなくなってたけどでも全部覚えておきたかったから必死で数えてたよ。それが泉でも男相手に足開いてよがってるような姿なんて見られたくないけど、でも俺はそれがすごく欲しくて仕方がなかったから昨日はすごくしあわせだった。泉が俺でイってくれた瞬間はこのまま死んでもいいかも知んないって思うくらい嬉しくて気が狂うかと思った。だけどずっと泉が後悔したらどうしようって、考えてた。俺相手にこんなことしちゃって、今日はいいけど明日からもう二度と俺の顔なんて見たくないって言われたらどうしようって、だからそう言われたら即効で謝ってなかったことにしてもらおうって、俺は。
そこまで聞いたところで浜田の真っ黒な目がゆるくぼやけた。ぱた、と浜田の顔に涙が落ちる。こいつの前では涙腺なんてあってないようなものだ。ふざけんな。ふざけんなよ。オレがお前を嫌いになる?そんなのもうずっと前からから大嫌いだよお前のことなんて。なのに顔見ても声見ても触ってもどうしていいかわかんないくらいすきですきですきですきですきですきですきですきで仕方がない。ぱたぱたとオレの目から流れる涙は浜田の真っ黒な目に落ちて目尻を伝って流れていく。ならねえよ、としゃくりあげながらオレは言った。きらいになんてなるものか。オレはお前に抱かれたかったけど、そんなことは瑣末なものだと思えるくらいお前と繋がったことだけが大切だったよ。そんなことも、お互いにわからないことが、ほんとに最低だと思うよ。ぼろぼろと泣きながら浜田の胸に突っ伏した。畜生、オレより15cmも背ェ高いくせにどうしてこんなに薄い胸してんだ。オレなんかに押し倒されないくらい体力あったらお前はオレを抱いてくれてたのか。でもそんなことはもうどうでもいい。裸の胸にオレの涙がどんどん落ちて、浜田の心の一番深いところまで落ちていけばいい。そしたらきっと伝わる。伝わるはずだ。いずみ、と掠れる声で浜田が呼ぶ。ささくれだった指がオレの肩に触れて、そうして背中に回る。ゆるゆるとオレを撫でる手付きは幼い頃と同じ暖かさで、けれどもオレと浜田はあの頃ともう違うのだ。オレとして気持ちよかったってほんとか、と浜田の胸に顔を埋めたまま尋ねる。一瞬浜田の手が止まるけれど、それでもはっきりとした声でうん、と言った。実はすげえ痛かったけど、びびってたけど、でもすごく気持ちよくてそれこそびっくりしたよ。そっか、と呟いてオレはゆっくりと顔を上げた。目の前にある浜田の顔が真っ赤だったので笑ってしまう。はは、スゲー顔。そう言うと、泉こそ目ェ腫れてるし声かれてるしヒデェじゃん、と赤い顔のまま反撃された。浜田のくせに。腹が立ったので、勢いをつけて噛み付くように口付けてやる。昨日も何度もしたはずのそれは、でも今日だってものすごく気持ちがよくてああほんとにもうどうしようもないんだと思った。すきだ。すきだ、すきだ、すきだ。すきだよ。浜田が。俺もすきだよ、泉が。囁く浜田の顔はもう赤くも泣き出しそうでもなかった。
アパートの壁は薄くて、カーテンすらなくて、昼過ぎの太陽は相変わらず眩しくて、けれどもそんなことに構ってはいられなかった。浜田、浜田、浜田。泉、泉、いずみ。まるでそれしか知らないみたいにふたりで馬鹿みたいに名前を呼びながら抱き合った。この熱をこの瞬間で終らせてなんてたまるものか。
でも次はオレが下な、と喘いでいる浜田に言ってやったら、えぇー、と困ったように笑われた。



(騎乗位とか、そういう話じゃねーんだけど。ちゃんと伝わってるか?)

| 泉×浜田 | 04192008 |