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※注意:二期。ロックオンは死んでいてカニバリズム表現を含みます いきた燈 「よお」 と、手を挙げたのは先ほど分かれたばかりのロックオン・ストラトス、だった。けれどもその身体を覆うパイロットスーツは、彼のものとは少し違う。僕がより馴染んだ、そう、だからこれは。死んだ方のロックオン・ストラトスだった。目、と言うと、め?とロックオンは首をかしげる。眼帯をしていない。両方とも、美しい翡翠色だ。舐めてみたい、というよりしゃぶってみたい。眼球がキャンディーみたいに溶けないことは知っているけれど。手を伸ばしたら、ほんの少しの抵抗を残して透けてしまった。触れないのだろうか。けれども、ロックオンが伸ばした腕は確実に彼の感触を伝える。触れない、けど触られることは出来る。冷たくも暖かくもない。奇妙な温度だった。彼の魂の温度。きっともう二度と上がらない。 「4年ぶりだな?」 「はい」 「元気だったか…って、聞くのはおかしいよな」 「僕が聞くよりマシですけどね」 苦笑すると、確かに、とロックオンも笑った。そして、ここから動けないみたいなんだ、とロックオンは言った。会いにいけなかったのはそのせいだ、と。構わなかった。4年もたって、帰る場所があって、ロックオンがいた。これ以上望むことなんて、と思った僕の胸に、小さな波紋が広がる。あった。欲しいもの。くれるって、約束したもの。ロックオン、と名前を呼んだら、どうした、と頭を撫でられた。この、優しい腕。この腕。ここにはない、本物。 「あなたの腕、どこにあるんです」 「宇宙を漂ってる、のかな?」 「…そうなんですか」 「あー…真空ってどうなんだ?4年経っても腐らないもんかね」 腐ってなかったら、いつか見つかるかもしれない。ここからそう遠くない場所にぶちまけたはずだから、とロックオンは言った。持ち帰れなくてゴメンな、って、そんなこと。あなたが、僕のことを最後まで忘れなかっただけでよかった。だけどもらえるものならやっぱり欲しいので、大きな窓に映る星空の中を、ロクオンが漂っていないか確かめる。今のところ、星屑以外の漂流物は見当たらない。 「見つかったらシチューにします」 「あ、覚えてたんだな」 「僕としては、あなたが忘れていないほうが不思議ですよ」 「もう蓄積されない代わりに、忘れもしないんだろうさ」 僕のことも、ずっと?拘束衣のまま大きく微笑んだら、ロックオンが少しだけ妙な顔をしたけれど、もう気にならなかった。だって彼はもう、死なないんだ。にこにこと窓の外を眺めていたら、ロックオンが小さく息を吐いた。もう呼吸の必要もないだろうに。振り仰ぐと、ロックオンはなんだかとても疲れた顔で笑っていた。 「お前さ」 「はい?」 「驚かないんだな?俺を」 「何を?ハレルヤといる僕が、あなたを?」 「まあ、そうか。そうだな」 ロックオンの声には感動も非難も不満も乗っていなくて、だから本当に彼は死んだんだろうと思う。何も残らない。何も残せない。ただそこにいるだけで歪んだ存在。じゃあ僕たちと同じだ。ロックオンがGhostで、僕がCreatureで、ソレスタルビーイングはますます人間から遠ざかっていくんだろう。なんて居心地のいい、場所。 「4年間、ここで何を見てたの」 「んー…お前が流れてくるかなって」 「僕?」 「うん。お前も死んだなら、ここに帰ってくるだろ」 キュリオスは帰ってきたけど、お前が帰ってこないから。超兵なら4年くらい宇宙泳いで帰ってくるかなって思ってた、とロックオンは僕の頬を撫でて言った。そんなことできるわけないじゃない、って笑おうとしたけど、できなかった。ロックオンが僕を抱きしめたからだ。暖かくない。体温が移ることもない。何も感じない。生きてて良かった、と耳元でロックオンは言ったけど、ここにいるロックオンに向かってどうして死んだの、と聞けないことが僕の唯一の不満だった。だから、しばらくして離れたロックオンに聞いてみる。これはきっと八つ当たりだ。 「今度のロックオンは、僕に腕をくれるかな」 「いやあ、ダメだろ。腕がなかったら天国の門も叩けない」 「ロックオンは天国に行くの?」 「俺はいけない。でもあいつは行くよ。どうしても、行かなくちゃいけない」 「どうして?」 「家族が待ってる」 「ここにあなたがいるのに?」 『ロックオン』には俺が見えないほうがいいんだ、とロックオンは言った。どうして、と重ねて尋ねたりはしなかった。ロックオンがそういうのなら、それが一番いいんだろうと僕は思う。でも、天国なんて。ロックオンが言うとは思わなかった。神様を信じているとは思えなかったのに。神様がいるとしたら理不尽で傲慢だけれど、寂しいのかもしれないと思ったら赦せる気がした。だって楽園にはもう、人間が住めないんでしょう?寂しいから人を作って、寂しいから追い出して、だけど寂しいから、早く殺して側に置きたがるんでしょう。残酷なのは、人間への仕返し?全部あなたのせいだけど、あなたから生まれた僕たちがこうなんだから、あなたばかり責めるのはかわいそうだね、神様。 「その身体が死んだら、腕は『ロックオン』にやってくれるか?」 「いいですよ」 あんまりおいしくないかもしれないけど、と真面目に返したら、そんなことないと思う、とロックオンは笑って消えた。またな、と言い残したから、きっとまたそのうちどこかで合える。もう死なないロックオンは、死んでしまうかもしれない『ロックオン』の側にいるんだろう。見えなくても。静かになった空間で、また窓の外の星屑を眺める。ロックオンは流れてこない。4年待ったロックオンでも見つけられなかったんだから、僕ももう少し忍耐強くなるべきだ。窓に映る僕はハレルヤで、でも目の色は僕のままだ。これももう意味がない。切ってしまおう。窓に映るハレルヤをそっとなぞる。 「ねえハレルヤ、天国では僕たち二人きりになれるかな?」 誰もいない美しい花園で、君とふたりでロックオンのシチューを食べよう。きっとすごくおいしいよ。そうそう、ジャガイモとタマネギも用意しなくちゃ。本当は一番食べてみたいのは君なんだけど、僕が僕を食べるのはきっとすごく、難しいよね。でも、いつかもしも何かの弾みで腕や足が落ちたら、そのときは。 「…ロースト、かな?」 ロックオンも呼んであげよう。 |