[ 熱帯アンバランス ]



ふたりで本を読んでいる。
夏休みの読書感想文、瑞垣お薦めの「クラバート」。
童話だけどな、妙な推薦図書とか実録なんかよりはずっとわかりやすいからこれにしとけ。
と、言われるがままに読んでいるのだ。
(ちなみに瑞垣のほうはもう終わっていて、俺にちょっかいを出している。夏休みが始まる前に読んで、書いて、ちなみに読んだのは…タイトルが思い出せないけれど古典とか何とか言っていたような)
直射日光を避けて窓際に座り込む俺と、その横に半ば目を閉じて横たわる瑞垣。
瑞垣のために、本は伸ばした膝の上だ。

ぱらりとページをめくるたびに瑞垣が覗き込む。俺よりずっと読むペースが早いからしばらくしてからまたくたりと目を閉じる。まためくると覗き込む。目を閉じる。

別の本を読めばいいのにな、と瑞垣自身が言っていたけれど、俺もそう思うけれど、今はコレが読みたいんだよなあと呟かれたら何も言えない。もともとこれは瑞垣の本だし、そろそろ読まないと感想文ひねり出すのに苦労しそうだし。

と、いうことで今もふたりで読んでいる。

「なあなあ」
「なんや」
「あっついなー」
「…まあ夏だしな」
「うん、夏だしな」

ときどき瑞垣が何の脈絡も無く話を吹っかける。
半分くらいが暑いなあ、そのまた半分で腹減った、あとは適当。
適当に相槌を打ってうんうんといっていれば気が済んだようにまた黙る。

ぺらりとページをめくる。
中では、年相応に育った子供と年齢以上に育ってしまった主人公が困ったように対話している。ふんふん、それで?と少しだけ俺の読むペースも上がった。さすが瑞垣の薦める本。
なんて心の中で呟いていると、瑞垣がまた声をかけてきた。

「なあなあ」
「なんじゃ」
「夏ってなんかいろんなもんの匂いがするよな」
「はあ…」
「畳とかさー、空気とかさー、葉っぱとかさー、普段はわからないものの匂いがする」
「ああ、確かに」
「なー…」

目を閉じると分かる。
呟いて目を閉じて、寝てしまうのかと思ったら反対に瑞垣は体を起こした。
目を閉じたまま俺を見る。

「お前の匂いも するよ」
「…そうか?」
「うん」

うん、といって瑞垣は俺の肩にもたれかかった。
畳や空気や葉っぱと同レベル扱いなのか俺は?まあ別に構いはしないが。無くては困るというものではなく、当たり前のようにそこにいる存在という意味では同じものなんだろう。
暑いといいながら、色素の薄い癖毛を払う瑞垣も俺にとって同じくらいの存在だ。

「いいな。夏」
「そうだな」

俺と瑞垣の体温は今日の気温より低いはずで、でも密着している部分はその分暑くて、熱くて、それ以上ページをめくる気にならなかった。

「アイスでも買いに行くか?」
「あ、俺雪見大福な」
「パシらせる気か…」
「どうせ行くならふたりよりひとりのほうが効率がいいと思わんか?」
「あーわかったわかった買ってくる。帰ってくる頃にはドロドロだろうけどな」
「…性格悪いぞお前ー」
「お前に言われたくないわ」
「ドライアイスはー?」
「コンビニにあるか」
「チッ。しょうがねえなー俺もいくか」
「当然じゃ」

瑞垣は、はーやれやれどっこいしょ、とお前はどこの老人だといいたくなるような掛け声で身軽に起き上がった。矛盾した行動、というなら瑞垣の行動全てがそれに当たるような気がするのだが、それはつまり瑞垣にとっては普通のことというわけで、だから俺も気にしない。
えーと、とその辺に転がしてある財布を捜している。俺の足元にあったので拾い上げてほうってやるとありがとー、と笑った。どうでもいい場面では素直なのだ。こいつは。
俺のほうはもっと簡単にその辺に落ちていた500円玉(たしかこの間100円に両替してやったものだ)をポケットにねじ込む。

「お前は何買うの」
「ガリガリくん」
「うっわ貧乏臭っ」
「一番食いでがあるんじゃ」
「うえーー。あたったら半分ね」
「自分で買え」

騒ぎながら外に出ると、一気に光が降り注いで、眩しくて目を眇めた。前がよく見えない。が、突っ立っているのも暑いだけなのでそのまま歩き出す。異様に青い空だとか、降り注ぐような蝉の声とか、ああ夏なんだなあと思った。
前を行く瑞垣から、夏の匂いがした。


(門脇と瑞垣。当たり前の景色 / meisai_logic)