[ 共鳴シンクロスコープ ]



秀悟との性行為を思い出している。
性行為…性交渉…強姦?よくわかんねえなあ、とりあえず突っ込まれて中出しされていかされたのでそういうことなんだろうとおもう。なんでそうなったのかはあまり考えない。俺たちにはそういうことしかできなかったんだと思う。

そう、それで行為自体について。技術なんてもとめられるような相手ではないからかなり痛かった。相手もかなりきつかったんじゃないだろうか。いやでも、うん、痛いは痛いけど気持ちよかったんだよな、生理現象とかそういうことじゃなくて。アレ俺ってそういう趣味だったのかな?
って今更だよなァ、だから門脇と離れようとしたんだし(そんな、幼馴染の華々しい経歴に傷をつけるわけには。っていうの?)ああはいはい、もういいです、おんなのこより男が好きです。門脇が好きです。もういいです、あいつがすきなようにやってくれればいいし、飽きたら捨ててくれればいいです。それで幸せです。そう思っていたいのでもうちょっと寝かせといてください。気がつかない顔をしてきたものをようやく昇華させてやれるんです、だからもうちょっと。

「…がき、おい瑞垣」
「もうちょっと…」

夢を見させてください…といいかけたところで夢から引き戻された。聞こえた声が聞こえるはずのないものだったからだ。みずがき。瑞垣?家族はそんな風に呼ぶわけもなく、家族同然の秀悟だって同じことだ。第一秀悟はもう帰ったはずで、いやだからその前に声が。違うんだってば。根性で目を開けると、あきれたような顔で海音寺が見下ろしていた。

そういえば泊めてもらったんだっけ。
…なんで泊めてくれたんだっけ?

海音寺はすでにユニフォーム姿で、というか回りはもうすっかり明るくて。あわてて身を起こすと立ちくらみのような嫌なめまいがした。…なんだっけ?

「おい?大丈夫か?まだ気持ち悪いか」
「…気持ち悪い…?」

ああそうか。
雨に降られたまま何時間も歩き回るなんて体に悪いことをして、その挙句に海音寺の家に転がり込んだんだっけ。そんで風呂に放り込まれて……なんとなく一緒に飯食って?なんとなく帰りづらいなあと思っていたところで力が抜けた。ふらふらしていたら海音寺が泊まっていけばいい、なんていうから。家族は旅行で(練習がなければ海音寺も行っていた)誰もいないというし。お言葉に甘えさせてもらって今に至る。
海音寺のベッドの脇に敷かれた布団。てきぱきとシーツなんてかけてくれたりして。いい奴だよなあほんとに。優しくないといったけどそんなことはないだろう。

「俺部活だけど、お前どうするん」
「どうって…帰るけど」
「帰れるのか」
「…んーー」

気分は悪い。だがこうして起き上がっていられるということは歩けないほどではないんだろうし、第一(野球をやめたとはいえ)そんなに柔な鍛え方はしていない。ぼんやりしていると、とりあえず飯は用意してあるから、と海音寺が言った。飯。その言葉に反応すると、腹は減ってるんだなと奴は苦笑する。悪かったな、健康だからな、風邪ひいてても。
結局出かけようとする海音寺に続いて階段を下りた。一緒に出て行くわけでもないのになんとなく玄関までついていく。

「帰るのか?」
「んーー」
「はっきりしろ」
「うん」
「…まあ、別にどうでもええけど、帰ったらあとで電話くらいはしろよ」

あとどっちにしろ靴干しとけ、まだ濡れてるから!
なんやおかんみたいじゃな、と思っているうちにばたばたと海音寺は出て行ってしまう。とたんに静かになる空間。それだけじゃない、空気すら変わったような気がした。それはそうだろう、ここの住人は皆出払って、ここにいる俺はただの異物。
なんだよもーちくしょーでてけばええんやろー、と誰にしているのかもわからない八つ当たりでそこを出ようとして、海音寺に言われたことを思い出す。靴が、まだ濡れてるから。

「…っていうか靴どころか服もまだ濡れとるやん」

着ているのは海音寺の服。たぶんこのまま帰ってしまっても海音寺は許してくれるんだろうけど、そうなるとまたここへ来る理由ができてしまう。俺にとってそれは嬉しいことなんだけど、海音寺にとってはそうじゃない。というかむしろ今俺がここにいることだって奴にしてみればわけがわからないことなんだろう。

やられちゃった、なんて。ほんとうだけど。無理やりなのも、ほんとうなんだけど。別に傷ついた、わけではなかった、はずなのに。何で俺ここにきたんだっけ?何で海音寺はここにいさせてくれたんだっけ?

「…やっぱり帰るか…」

濡れている、といっても。無理して着れば着られないわけではない。昨日と違って今日は晴れているし、歩いているうちに乾くだろう。と、そこまで思ったところであ、と思う。鍵。鍵を受け取っていない。どんなにこの町が退屈でも(失礼な言い草だ)礼儀として開けっ放しでかえるわけにはいかないだろうし、かといって俺が家捜しするのもおかしいし、というかこの着てる服の洗濯もするべきだろうし、持って帰ったらやっぱりここへ来る理由になってしまうし、…。

「あーーー」

面倒くさくなって寝転がった。人ん家の廊下。しかも玄関の手前。こんなところに海音寺の家族が帰ってきたらきっと驚くだろうなあ、でも海音寺の身内ならそうでもないだろうか。もういい、あいつは帰るなとは言わなかった。あいつの中で俺はたぶんよくわからないずうずうしい知り合い。なら、それに乗っておこう。ということで、反動をつけて起き上がった。半ば自棄になって、鼻歌交じりに靴も干した。

せっかくなので、海音寺が用意してくれた朝食に手を伸ばす。ご飯と味噌汁と切り干し大根が入った卵焼き。欲しかったら使えという意味なのか、海苔やら鰹節やらふりかけやら漬物やら、そういったものもごちゃごちゃと並んでいた。これあいつも食ってったのかな、そうだよな野球は体力勝負だもんな。ぶつぶつと呟きながら味付け海苔を開いた。

野球。今頃あいつも野球をしているだろうか。いや、していないわけがないのだけれど。俺がこんなところで管を巻いていることは知るわけもない。そもそも知りたいと思うかどうかさえ危ういのだ。あいつは自分のしたいこととすべきことの利害関係が完璧に一致しているから、それ以外のことを考える暇がない。あいつの中での俺はいつまでも気になる幼馴染、で、昨日犯された(と俺は思っていないけど)ことによってその位置は確定してしまったんだろう。別にそれが嫌な訳でもないので気にしない。
それでも、きまぐれでも俺のことをきにかけたときのために。携帯はおいてでてきたのだけれど。

「いや、だから俺は飯を食うんだよ」

呟いて。もそもそと食べ物を咀嚼して、後片付け。まだまだ海音寺が帰ってくるには時間がかかる。秀悟とは環境が違いすぎるとはいえ、海音寺の行った高校だってそれなりに強いところなのだ。逃げ出した俺なんかとは違って、まじめに野球をしている。それをうらやましいと思いたいのに。俺にはもう関係ないことだと、どこか覚めた目で見てる自分が嫌だった。
ほんとうにほしかったのは、秀悟だけだったんだろうか。秀悟の隣にいられないなら野球なんて放り出せる。その程度のものだったんだろうか?こんなに苦しくもなく捨てられるようなものだったとしたら、やめて正解だったのかもしれない。あまりにも失礼だ、海音寺のような人間に対して。
ネガティブなことを考えるうちに煙草が欲しくなったけれど、昨日持ってきたのはほんとうに財布だけなのでどうにもならなかった。こんなことなら海音寺に煙草吸わせておけばよかった。

することもないので海音寺の部屋へ舞い戻る。しばらく本棚をあさったりしてみたけど、エロ本を探したりもしたけど 普通にかわいい子が脱いでる本しかなかったのでつまらなくなって放り出した。もっとこう、どぎついのとか。今度貸してやろうかなんて、ちょっと真剣に考えてみる。が、それもすぐに飽きて。やっぱり気分が悪いので、敷きっぱなしだった布団に潜り込もう・・・として、考え直して海音寺のベッドに潜り込んだ。
首まで布団を引き上げて目を閉じる。よくわからないけどこれは海音寺の匂いなんだろうか。なんとなく一人でしようかと思ったけれど、殴られそうだったのでやめておく。変わりに海音寺が一人でするところを考えてみた。ここでしてるんならほんとになんか出そうだなあ、なんて。
一人でやるのがだめなら二人ではどうなんだろう。誘ったら乗ってきてくれるかな。いやでも俺男だしな。差別はしなさそうだけど興味もなさそうな。くだらないことを考えているうちに眠気に襲われる。夢うつつに、ああそうだ誘うんじゃなくてないてみたらどうだろう、ほんとうはお前が好きなんだ、って。一度でいいから秀悟じゃなくてお前に抱いて欲しいって。

「…んんー。なんか、」

海音寺は抱いてくれそうな気がした。


(瑞垣。目を背けたい全て / meisai_logic)