[ 終息ラジカル ]
「結構混んどるなあ、俊の言った通りじゃな」 「だーから二年参りなん止めとこっつったやろ…このまま並んでると年明けるんやないか」 人波であふれ返す境内を眺めて感心したような声を出す秀吾に、うんざりして目を向けた。 ああもう寒いのに。前にも言ったような気がするが男二人で(二人で、というのが嫌なのだ)二年参り。寂しい。寂しすぎる年忘れだ。 ぶつぶつと訴える俺に向かって、秀吾はまあまあといって笑った。 「いやいや、大事なことやろ」 「俺は行く年来る年が見たかったー」 「それでも一緒に来てくれたじゃろ」 「…まあ……」 お前呼びに来たしな、それでお前一人だけ行かせるとおかんに怒られるしな。 もごもごと言い訳すると、なんでもいいさとぐしゃぐしゃと頭をなでられた。畜生、丁度いい位置にあると思いやがって、と顔をしかめながら秀吾の顔を見上げる。いつのまにか随分違ってしまった目線の高さに諦めのような境地に至った。もう、いい。 はいはい終わりにしてね、とやんわり押し退けると秀悟はあっさり手を引いた。それはそれで腹が立つような。いやいやそんなことは。考えを振り払うようにほら、といって秀吾の背中を押す。 「黙って並んどけ、そんで何祈るかでも考えとけ」 「それはもう考えてある」 「ほー…」 興味なさ気に呟いて、ごそごそと煙草を取り出した。あ、またと声を上げる秀吾を尻目に火をつける。最近吸い始めたそれを、秀吾は良く思っていない(当たり前だと思うが)(一応スポーツマンだしな)。 「…うまいか?俊」 「んーーー…まだその調子には達しとらんけど」 「じゃあやめとけよ」 「ずっと吸ってりゃそのうちうまくなるんと違うの」 「背ェ伸びなくなるぞ」 「別にいいやろ、これくらいあれば」 どうせお前には届かないし、とは心の中に止めておく。体質なんだ仕方がない。 せめて喫煙のせいだとか、それくらいの逃げ道は用意しといてもいいじゃないか。 「けどな、」 「あ、ほら列進んだぞ」 あと少しでお参りできるぞー、とまだ文句を言いかけた秀吾をさえぎって前に進む。秀吾もそれ以上は何も言わなかった。 ようやく回ってきた鰐口を揺らして、手を合わせた秀吾の横顔をそっと盗み見る。えらく神妙な顔。どうせ野球とか野球とか、野球のことしか祈ってないんやろ。 別に構わないけど。 なんとなくもう一度鰐口を揺すって次の人に渡してから、秀吾一人をそこに残して人気のないほうに避けた。そのまま帰ってしまおうかと思ったが、どうせ帰る方向は(もしかしたら場所も)同じなので 仏頂面で待つ。しばらくして顔を上げた秀吾は大して探しもせずに俺を見つけた。それがまたどうなんやろと思いながら、ぼんやりと近づいてくる姿を見つめる。 「随分長く手ェ合わせてたな。何お願いしたん」 「野球がもっと強くなりますように」 「普通やなー」 「そうか?」 まあなんにしろ500円放り込んできたからきっと聞いてくれるじゃろ。 それはもう嬉しそうな顔で言う秀吾につられて少し笑ってしまってから、きっとそれは叶うだろうなと思う。思うだけじゃない、確信だ。叶うことしか願わない。羨ましい限りだ と思う。 「俊は」 「無病息災・家内安全」 「お前はじじむさいなー」 「何とでも」 嘘や。本当はもっと、叶いそうにないことを願ってきた。 『来年の今頃にはお前と一緒にいたくないと思えますように』。 そんなことは神に祈るようなことじゃないだろう。自分でも笑ってしまう。でももう駄目なんだ。神にでもすがらない限り、俺は秀吾と離れたくならない。嫌いなのにな、もうずっとまえから大嫌いなのに。それより前から大好きだったから。 「でも俊らしいな、古典的で」 「でしょ」 「ところで俊は幾ら入れたんや?」 「あー?俺は5円や、ご縁があるように」 嘘や。ほんとはこっそり千円放り込んできた。 お前の方がどう考えても強いだろう思いに負けないように金額くらいは倍にしといた。 俊らしい、なんて俺の気も知らずに笑ってるお前の顔が憎くてしょうがないなんていえない。 それ以上に愛しくてしょうがないなんて もっといえない。 「あ、俊」 「なんや」 「雪降ってきたぞ」 「そんなの別に珍しくもないでしょうが」 「でもほら、火の粉にまぎれてきれい」 「んーー?」 「ほら」 ちらちらと舞い始めた雪は、秀吾の言う通りおおきく燃え上がる炎に煽られて確かに綺麗だった。 なんかこれにお参りしてもご利益がありそうじゃな、なんて呟く秀吾にこれは一年間のご利益が終わったものを焼く火だから無理やと告げる。俊はやっぱり物知りじゃなあ、なんて笑うから少し嬉しくなってしまって、これではいけない。常識を褒められても別に嬉しくない。嬉しくなんてないんだ。ああでも、終わっていこうとする思いなら終わっていくものに祈ってもいいんじゃないかとふと思った。 1年後はどうか別々の道を選べていますように。 強くなる雪に比例するように燃え盛る炎に向かって 強く願った。 (門脇と瑞垣。居もしない神に祈って / meisai_logic) ▲ |