[ 対極レトリック ]



『女の子は、小さい足をもらって、小さいきれによくくるんで、また、歩きつづけました。そして、ようやく、ガラスの山にたどりつきました。門はしまっていました。女の子は、小さい足をとりだそう、と思って、きれをほどくと、からっぽでした。親切なお星さまのおくりものを、なくしてしまったのでした。どうしたら、よかったでしょう?兄さんたちを助けようとしても、ガラスの山のかぎがありませんでした。やさしい妹はナイフをとって、自分の小さい指を切りとり、門にさしこむと、うまいぐあいに門があきました。』


「なあこれどう思う?」
「どう思う、って」

いきなり読んでいる本を朗読して、意見を求めてきた俊に 俺は戸惑った目を向けた。
いきなりなのはいつものことだが、今日は特に意味が分からない。
どうって、どうって…どうなんだ?

「まず何を読んどるんじゃ、俊」
「えー?グリム童話」
「グリム童話…」

童話と言うくせに分厚い。分厚すぎる本だ。

「ヘンゼルとグレーテルとかかえるの王様とか赤ずきんとかガラスの靴とか」

そういうのがいろいろ入ってるの。全集。

「ほう。そういうのに混じってそんな話が」
「そう、こんな話が」
「なんていうか、そこだけ聞いても良くわからないんじゃが、お前は何が気に入らないんじゃ」
「ゆび」
「指?」
「やさしい妹はナイフをとって、自分の小さい指を切りとり、門にさしこむと、うまいぐあいに門があきました、っていうところがさ。なんか昔からおかしいなあとおもってたんだけど」

ほらここ、と分厚い本を差し出す。
文字が小さくて目がちかちかしたが、確かにそんな記述がある。

「別に切り取らなくてもいいと思わねえ?ふつうに指突っ込んで開けりゃいい話やん」

こう、差し込んでぐるっと回せばそれで。
つうかまずひよこの足と人間の小指って形違いすぎるだろ。
いいながら俊はページをめくり、うんやっぱりそう思う、と一人で肯いた。

「別にそこまで真剣になる事ないじゃろ、童話なんだから」
「童話だから余計気になるんや。お日様とかお月様とかお星様が出てくるのにカギはひよこの足でしかも指を切り取るんやぞ?なんでそこだけそんなに怖いんじゃ」

ていうか俺まずひよこの足に触れないかも、肉食う民族はその辺の意識が違うのかもしれんなあ。
ぶつぶつ言いながら何度もその部分を読み返す俊に少しだけ笑った。
普段は何もかも分かったような顔で笑っているくせに、童話を読んでそんなに必死になって。

「何がおかしいんじゃ」
「いや、お前可愛いなあと思って」
「はあ?何が?」
「いろいろ」

曖昧に笑うと刺すような目で見られてどきりとしたけれど、それはそれでいいものだと思う。
が、そんなことで俊の機嫌を悪くしてもしょうがないので思ったことを口に出した。

「なあ俊、その指の話な」
「なんや」
「それはもしかしたら、一本切った小指を上からもう一本の小指を使って押し込まなきゃ開かないくらい深い鍵穴だったんじゃないか?」
「あ、」

あ、と言ったその口のままで俺を見る。

「とかな、もしかしたら一本切れ目があってそこに細い物を押し込むタイプの鍵だったりとか」
「ああ」
「そんなもんがあるかどうかは知らんけど、いろいろ考えられるよなあ」

考えるだけなら。
俊は口を開いたまま俺を見ている。しばらく固まったあとで口を閉じて息を吐く。

「凄いなお前」

こういうことで、俊から俺への賛辞は珍しい。
それはどうも、と笑って答える。

「俺にはお前みたいな発想は できん」
「別にいいじゃろ、お前はいろいろ知ってるんじゃから」
「知ってる事しか考えられないのは空しい気もするんや」
「…お前空しいの?」
「たまにな」

そういってまた分厚い童話に顔を向けた。
俺のことなんか忘れたように本に没頭する姿にすこしだけ俺も空しい気がした。
けれど、

「俺の指がお前に合えばよかったのにな」
「何言ってんだか」

独り言でも通じるから俊が隣にいてくれるのは良い事だと思う。
俊がページをめくる音だけが聞こえる空間はとても心地よかった。


(門脇と瑞垣。心の在り処 / meisai_logic)