[ 青春パラノイア ]



「手の上のキスは敬愛のキス」

男としては少し高めのよく通る声で瑞垣が呟いた。
その言葉通りにこちらの手をとってキスを落とす。
また何か始めたな。次は何の本に影響された。
思いながら、俺は瑞垣のしたいようにやらせておく。

「額の上へは友愛のキス」

頬の上なら好意の証、
唇の上へは至福の愛、
閉ざした眼になら思慕の想い、
手のひらへのキスは希求の念。

言いながら次々にキスを落としていく。
かすかに触れる前髪が妙にくすぐったくて身を捩ると、少し我慢しろお前への愛を示してるんやから、と大真面目に諭された。
愛。
お前からの愛なんていつだって感じている。重くはないけれど決して軽くない感情。


「うなじと腕へは欲情のしるし」
「お前は俺に欲情するのか」
「するさ。お前はしない?」
「するな」
「だろ」

そうしてそれぞれに一つずつ。
痕が残るくらいきつく吸い上げられて、確かにこれは欲情の印だと思う。

「その他やたらには皆狂気の沙汰」

そういいながら鎖骨の辺りに。
そこから胸にかけて少しずつ丁寧に下っていく。
狂気と、いいながらその顔は静謐で。凶器とは静かなものだろうか。

「…お前のそれもか」
「これもだな。お前が良くする太股なんかもみんな狂気」

さらりと言われて目を見開いた。
誰がよくなんて。お前がねだるから一度してやったら味を占めただけだろう。
けれども瑞垣が満足そうだからもうどうでも良いかと思い直す。
少し上気した瑞垣の顔を眺めた。

「お前となら狂ったほうが美しいな」
「よく分からん」
「俺も」

俺の前で上目遣いになる瑞垣を見て、すこし欲情した。
ので、瑞垣の望むとおりに。

「…やっぱりすきなのか太股」
「いや」

太股の内側にキス。
ついでに更に奥まで。
これも全て狂気の沙汰?

「お前は俺のどこがすき」
「…全部」

全部。

「なら全部キスして」
「全部は無理じゃろ」
「じゃあ俺がお前にした分だけ」

さっきの8箇所に。

「…最初は何だっけ」
「手の上に敬愛のキス」

あなたに代わらぬ忠誠を?

「次は」
「額の上へ友愛のキス」

何者にも換えがたい親友に。

「頬の上、唇、目の上、手のひら」

俺がお前にくれた分だけお前にも愛を。
ひとつ、ひとつ、順番に。
それだけのものを注げているかどうかは分からないのだけど。


「最後はうなじと腕に」

欲情のしるしを ふたつ。
瑞垣が刻んだのと同じ場所に。

「なあお前俺のことすき?」
「お前は俺のことすきか?」
「嫌い」
「お前はそれで俺にどうしろと」
「俺のことすき?」
「すきじゃ。満足か」
「満足や」

もう一度俺の手の上に口付けてから瑞垣はうっとりと目を閉じた。


(門脇と瑞垣。あなたはすべて / meisai_logic)