[ 悲観願望イノセント ]



「籠の鳥になりたい」

と、俊は呟いた。
俊は時々こんな風に意味の分からない独り言を言う。
多分何かの本か、短歌かもしくは詩か、そういったものからの引用なのだろうけれど 俺にはそれが何なのか見当すらつかない。
俺の顔を見ながら、俺に聞こえる声で言うのだから 会話なのかもしれないが、返事を期待していないと言う点では独り言と変わらないと思う。
それでも真っ直ぐ見つめる目は普段と変わらないから。

どうして、と尋ねると案の定俊はなんとなく、とだけ答えて目を反らした。
妙に長い睫が頬の上に影を落している。
いつも通りの、ただの戯言のはずだった。
けれどもなぜか。

「籠の鳥…って、ただの鳥じゃ駄目なのか」
「だめ。籠がいい」

籠の鳥がいい。

その言葉が引っかかった。

籠の中がいいという事は空を飛びたいという意味ではないのだろう。
じゃあなんだ、翼でも欲しいのか?
でなければ嘴か、綺麗な囀りか、綺麗な羽。
そんなものをまとわりつかせて籠にいるよりは 大空を舞う方がよっぽど俊に似合うと思うのだが。

そう言うと俊はやっぱり、と言って笑った。

「お前は絶対にそう言うと思った。予想通り過ぎて泣けてきそう」

泣きそう、と言いながら笑っている。
俺には到底理解できない行動だけれど。
ふ、と笑い声が止んだ。
俊の頭がこちらの肩口に押し付けらる。

「俊?」

泣くのか。宣言どおりに?
違う、とくぐもった声がして、顔があがる。

「なあ、ちょっと俺の話、聞いて」

いい、とも悪いとも言わないうちに俊は喋りだした。
喋るというか、これは、まるで。


籠の鳥は大空に憧れたりしないと思うよ。
籠の扉を開けるのはいつだって飼い主だ。
大事に閉じ込めておいたくせに、やっぱり可哀相だから好きなところへ羽ばたけと勝手に後押しする。
そこを出てどこに行くかも分からないのに。
途方に暮れることすら許さない強引さで居場所を追われるのはなんて屈辱的なことだろうか。

「『逃がさないと誰かが俺を閉じ込めてくれたら俺はずっとそこにいるのに』。」

芝居がかった調子で朗々と読みあげた。
まるで何かを演じるように。

(俺が見たくない俊を演じるように)
(でもそれがほんとうだ)

「お前は俺を閉じ込めていてくれる?」

少し首を傾げて冗談めかして言った言葉が本音だと俺には分かった。
分かったけれど、

「俺は」

俺はお前を閉じ込めたいなんて思った事は無い。
そう言うと俊はそれはもう上機嫌な顔で微笑んだ。
それがお前だ、そうじゃなきゃお前じゃない。
なんていいながらいつまでも笑っていた。
お前の望みは閉じ込められる事なのにお前が望む俺はお前を閉じ込めたりしない俺なのか?

望む事をされる事を望まない関係なんて。
ああ。それでは。破綻するはずだ。

それでもそれは最初からわかっていたことで、それでも始めた関係であったから。
最初から、長続きなんて。

「俺はずっとお前にさよならをいうタイミングを探してた」
「さよなら、」
「うん。さよなら」

もう帰ってこない。

そう言いながらぎゅうぎゅうとこちらを抱きしめる。
なんて矛盾した行動だろうと思うが、それが俊だと思うから何も言わない。
帰ってこない、ということはつまりここがお前の帰る場所だと思ってもいいわけか。
何も約束は無いくせに真実しか語らない人間の扱い方は何年経っても分からない。

「俺と別れて、お前はどこへ行くつもりなんじゃ」
「どこか遠くに行きたいな。お前が見えない場所でずっとお前を想ってられたらいい」

お前がここ俺を想ってくれてたら最高。
そう言って俊は笑った。
それはもう上機嫌な笑顔で、俺をぎゅうぎゅうと抱きしめながら。

「お前が俺を逃がす前にお前の中から出て行くよ」

今ここで俺がお前に閉じ込められたいと望んだらお前はどんな顔で笑うのだろうか


(門脇と瑞垣。あなたの願いは全て叶えてあげたかった / meisai_logic)