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「お前門脇のこと好きか?」

唐突に、海音寺はいつかと同じような質問をぶつけてきた。
こいつは、相変わらず何を言い出すんだろうか。

横手駅前のバーガーショップ。
部活は終わってもそれなりに忙しいスケジュールの合間を縫って、対外試合についての微調整をしているとき。
そんなときに何を。

アイスコーヒーを啜りながら、少しだけ高い位置にある奴の顔を見上げる。
うんざりした表情に気づいたのか、海音寺は目を逸らした。

「お前この前あいつのこと嫌いか、って聞かんかったか?何が言いたいんや」
「だから、その時返事が帰ってこなかったからじゃぁ好きなんかなー、と思って」
「だからって、なんで今そんな話になるんや。俺ら今何の話してたと思ってんねん」
「試合について」
「そうやろ。もう時間ないんやから、ちゃんと身入れて考えろ」
「それはそうなんじゃけど…なんか、気になって」
「気にするな、忘れろ。むしろ記憶から消去しろ。考えるな」
「そんなむきになる事でもないじゃろ?好きか嫌いか。二択でええんじゃぞ」
「嫌いや。これで満足か」
「嫌いなのか?」
「はっきり言って今のところ世界で一番アイツが嫌いや。できれば明日から顔も見たくないくらい嫌いや」
「…へぇーー…」

妙に感心したような声音にイラっとする。

「へぇー、ってなんや、まだ何かいいたいことでもあるんか」

こっちは答えてやったんだからお前もはっきり言え。
そう言うと海音寺は少し考えて、言葉を選びながら少しずつ語りだした。
そう。語ったんだ。

「なんつうか、嫌いもそうだけど誰かを『すき』になるってそいつの事全部が好きになるわけじゃないだろ?どこか何か好きなところがあって、そのすきがそいつの好きじゃない場所よりも大きいから好きになるだけで」
「…わかりづらいんやけど」
「うん?うん、俺も上手く説明できん気がしてる。ええとだから、すきじゃない場所も内包してひっくるめて好きになるんだな、ってこと・・かな」
「ちょっとは分かった気がするけど。で、それが俺と何の関係がある」
「ええと、」

ええと、と言葉を濁して海音寺はちらりと俺を見る。
早く言え、と目で促すと、奴は覚悟したように口を開いた。

「お前が門脇を嫌いだっていいながら側にいることにはそういう意味があるのかなぁと思ったんだよ」

その意味を理解するのに数秒かかった。

「…海音寺」
「はい?」
「つまりお前はやっぱり俺が秀吾を好きだといいたいんか」
「いやそこまで言ってないけど、…そういう風に聞こえたか?」
「聞こえるも何もそういうことやろが!!なんでそっちにいくんや、俺は嫌い言うとるやろ」
「だってなぁ、それならなんでいつも傍にいるんじゃ」
「それはアイツが俺の幼馴染で、もっすごいちっさい時から一緒におるから習慣になっているようなモンで、」
「でも嫌いなら一緒にいたくもないじゃろ?」
「いやそれはそうなんやけど 俺がアイツを嫌いな理由は俺がアイツに野球で勝てないからで、だからつまりそれは劣等感で、それを理由にしてアイツから離れたりしたらさらに俺が惨めになるわけで」

そこまで言ってから我に返る。
混乱に任せて俺は今何を口走った。
今までずっと隠してきたモノを、何でこんな場所で。
こんな奴相手に。

「…複雑なんじゃなあ、お前」

悟ったような声でそんな台詞を吐く海音寺に無上に腹が立った。
うるせぇよ、お前にそんなこと言われたくねぇよ。
複雑なのなんてもうずっと前から分かってんだよ、俺にもどうしようもないんだよ。
どれか言ってやろうと思ったが、何を言っても負け惜しみのようで何も言えなかった。
代わりに奴の食べていたてりやきバーガーを奪って齧る。

「あっ、お前何するんじゃ」
「うっさい、精神的苦痛を与えられた俺への慰謝料だと思え」
「慰謝料って、安いなお前の精神、あと間接キスじゃな」
「突っ込む場所はそこやないやろが!だいたい間接キスってお前幾つじゃ、アホと違うか」
「相変わらず突っ込みキツいなぁ。あ、でも中学生はまだ間接キスでドキドキしていい年齢じゃないの」
「お前は俺と間接キスしてドキドキしたんか」
「うん、した」

軽口のつもりで発した言葉を素直に返されて目を見開いた。
こいつは。やっぱり何を言い出すんだ。
思わずまじまじと見つめてしまった俺を見て、海音寺は面白そうに笑った。
緩んだ腕から照り焼きバーガーを取り返される。
残りをポイと口に放り込んで、包み紙をきれいに畳みながら言った。

「お前、ひねくれてると思ったけど結構素直で可愛いよな」
「お前は温厚そうに見えてかなり嫌な奴やったな」
「ははは、よく言われる。…と、俺そろそろ塾だから行くな。そっちはやるからちゃんと食えよ」

半分ほど残ったポテトを指して言う。

「はぁ?いらんわ、ていうか迷惑や」
「まぁそう言わずに。少しは身ぃ太くしとかんと受験戦争に勝てんぞ〜」
「別にそんな細くねぇよ」
「そうか?そうだな、門脇の隣にいるから細く見えるだけなんじゃな。まあええから食ってくれ、もう俺時間ないから」
「…しょうがないな」
「助かるわ。じゃ、次はもっとゆっくり会おうな」

お互いに高校受かったらちゃんと遊ぼう。
海音寺はそういって笑うと、ひらりと手を振って行ってしまった。
すぐに雑踏に消える背中をそれでも最後まで見送ってから一つ舌打ちをする。
またしても向こうのペースに載せられた、様な気がする。

「つうか高校受かったら、って」

あと何週間あると思ってんだ。
それまでは会わないつもりなんだろうか。
そこまで考えてから、別に会いたいわけではないのだと胸の中で否定する。
そんな気持ちは全くない。
ただ、散々人を掻き回していくくせにアフターケアすらしない奴に腹が立つだけだ。

「ああ、くそ」

俺だって塾なのに。
奴の所為ですっかり腰を上げる気力がなくなった。
奴が置いていったポテトをつまみながら、すっかり薄くなったコーヒーのストローを齧る。

「受験失敗したらお前のせいや」

お前と、それから秀吾の。
お前らの事で頭が一杯だなんて口が裂けても言いたくないけれど。


(海音寺と瑞垣。理解できない / meisai_logic)