[ 酩酊コンプレックス ]



「なぁ、お前ちょっと死んでみんか」

それは、いつものように二人でこっそりと飲んでいたときのこと。
普段はあまり酔いもしないうちに眠ってしまう俊が、その時だけは妙にハイテンションでどんどんと缶を空にしていた。
普段は皮肉と供にしか出ない冗談なんかも素で行っていて、なんだか和やか雰囲気だった。
だったのだが、

いきなり俊が真剣な顔で俺に向き直り、冒頭の台詞を吐いたのだ。

「ちょっとって、どれくらい死ねばいいんですか?」

俺は一瞬何を言われたのか良く分からなくて、真顔でそんな風に聞く。
なぜか俊は正座になって言った。

「ちょっとでいい。俺が死ぬ間だけ死んでて欲しいんや」

その声と顔に妙な迫力があって、酔いも手伝っておれは頷いてしまう。
俊は安堵したように笑って、俺の首に手をかけて締め始めた。

「…俊?」
「なんや」
「お前、さっきお前が死ぬまでの間死んでて欲しいって言ったよな」
「いった」
「お前が死ぬんやろ?」
「うん」
「なんで俺ばっかりこんな苦しくならないといかんの」
「俺はいつだって苦しいんや」

言いながら、顔色も変えずに首を締め続ける。
本当ならすぐ抜け出せるはずの腕の下で、ただ俊の顔を見ていた。

「お前酔ってるんじゃな」
「酔ってますよ。素面でこんなこと言えませんから」

そうしてまた少し力が込められる。
頚動脈を的確に捉えたその指に。

「そろそろほんとに苦しい」
「一緒に死のうか」
「心中?」
「この場合は無理心中やな。幼馴染で親友な男への許されざる恋情からどうしようもなくなって首を絞めました、とか 遺言状でも書いとく?」
「冗談じゃろ?」
「決まってるだろ?」
「目が笑ってなくて怖いんやけど」

訴えると、無理やり目じりを下げた。
だがそれはまるで泣きそうに見えるだけで俺は口を閉じた。

「どうしていいか分からんくなるんや。俺はお前の前で死にたいけどお前には見られたくない」

もう分からないんだよ。全然分からない。
そうして、泣きそうな笑い顔のまま。
一つ涙を零した。

「何でお前が泣くんじゃ」

首、絞められてるの俺なのに。

「よく言うやろ。殴られるより殴る方が痛い」
「言うよな」
「同じで、殺されるより殺す方がいたいんと違うの」
「お前今痛いんか」
「痛い」
「…じゃあ、おとなしく殺されてやるわけにもいかんなぁ」
「なんで」

問いかける声には答えずに、締め上げる手を振り解いて握りこむ。
死んでくれ、といったわりには抵抗もせずに受け止められた。

「お前が痛いのはどんな理由でも嫌じゃ」

首筋に落ちる涙の温度を感じながら。

「お前は、本当はどうしたいんじゃ。心中以外で何かしたいことはないのか」
「…ある、けど」
「言ってみい。できる範囲でなら何とかする」
「お前に触りたい」
「触ればええやろ。つうかいつだって触っとるやろ」
「違くて、…もっと、もっとこう」

やらしい感じの触り方で。

「ええよ?お前がそれで痛くなくなるならいくらだって」
「…無理や」
「むりって」
「お前に触りたいけどそうしたらもう戻れなくなりそうで怖い。怖くてできない」

「じゃあ俺が触ってやるから」
「秀吾が?」
「俺がやらしいように触ってやるから」
「…無理や」
「お前はそればっかりじゃな」
「だって、無理やろ。お前がどうやって俺に触るの。想像すらできん」
「俺にはできるぞ」
「せんで、ええ。お前はそんなことせんで」
「でもお前は痛いんじゃろ」
「痛いけど、お前にそんなことされたら痛いなんてもんじゃなくて辛くて息ができなくなるから」
「心中、したいんじゃろ。丁度いいやないか」
「お前が俺を殺すのは、なし」

一拍置いて、

「お前を俺で汚したくないから」

俊の中に あまりにも歪められた自分を見て愕然とする。
お前にそんなことを言わせるほど、俺が何かしただろうか。
考えるより先に手が出ていた。

「あんまり、勝手なことばっかり言うなよ。俺がいつそんなにキレイな人間だった」
「秀、吾」
「お前の首くらいすぐ絞められるぞ」

自分のものより細い首を掴んで押し付ける。
血管が薄く浮き上がって、せき止められた音がした。
苦しそうな顔一つ見せずに俊は言う。

「…お前も酔ってる?」
「ああ、まあな。明日になったら忘れとるかもしれん」
「俺も忘れてるといい」

青白くなった俊の顔を見て、この分ならさぞ死に顔も美しいだろうとぼんやりと思った。
だが、今はまだ生きて動いている俊が見たい。
ゆっくりと手を放すと俊は幾分咳き込んで、でもそのまま綺麗に笑った。

「忘れてるといいな。なんていうか、今だけじゃなくて今までのこと 全部」

なかったことにしたいよ。お前との15年。
なかったことにしたい。

うわ言のように何度も呟く。
赤みが戻るその顔に何か声をかけたかったが、結局何も思いつかなかった。

散々触りたくないとごねたわりに 俊は俺から離れようとしなくて(俺もその指を振りほどく勇気がなくて)今日だけは同じ布団で眠ることにする。
そうするには もうとうにベッドは狭くて、真夏にとても暑苦しい格好で横たわる形になった。

明日になれば、きっと俊は笑っている。
覚えていても覚えていなくても何もなかったような顔でキレイに笑っている、はずだ。
だから俺もそうやって何もなかったように笑えばいい。

俊の首に微かに残る指の後を瞼に刻んでから、俺はゆっくりと目を閉じた


(門脇と瑞垣。相対死 / meisai_logic)