[ 透明プラスティック ]



「俊」
「んーー?」
「好きじゃ」
「知ってるよ」

俺の一世一代の告白は、そんな風にあっさりとかわされた。
脱力。暗転。仕切り直し。

「俊」
「なんや」
「すきなんじゃ」」
「もう聞いた」
「そうじゃなくて、ちゃんとお前が好きなんじゃ。色恋沙汰として」
「色恋沙汰。」
「そうや」
「お前良くそんな言葉知っとったなぁ。褒めてやろうか」
「はぐらかすな」
「んー?うん。だから知っとるいうたやろ」
「だから、」

にじり寄ろうとした俺を尻目に、窓際に手を突いて外を眺める。
俺の部屋から眺める風景なんてもう見飽きるほど見ているだろうに。
こっち向け。こっち向けって、俊。

「止みそうにないな。雨。」

先ほどから振り出した、夕立だと思っていた雨は 勢いを増して振り続けている。
確かに止みそうもない。

「あ?…ああ、そうやな。傘貸そうか」
「それでもええけど、返しに来るの面倒やし、それに…」

咄嗟に普通の返答を返した自分を叱責する。こんな話をしている場合ではない。
一人で焦る俺を振り返りもせずに、俊はからりと窓を開けて手を差し出す。
これは傘あっても濡れるだろうなぁ、雷も鳴ってるなぁ。
ぼそぼそと呟いて、しばらくしてからぱっと振り返る。

「秀吾、今日泊まっていってもええか」
「俊」
「何や」
「俺はお前が好きや言うたやろ」
「聞いたけど」
「なんで それで泊まってくなんてそんなこと」
「何かまずいか」
「………何するか、分からんぞ」
「お前、俺に何かしたいの?何がしたいの?」
「それは、」

返答に詰まった俺を見て 俊はふっと笑う。

「冗談や。何が、なんてわかっとるわ、俺だって男やし」
「分かるなら」

今日は帰れ、と言おうとしたこちらを見ないまま、俊がぽつりと言った。

「しても、ええよ?俺は別にお前になら何されても構わん し」
「俊!!」

俺は、お前にそんなことが言われたかった訳じゃない。
いつもそんなふうに人をからかって。性質が悪すぎる。
目を逸らした俺を不機嫌そうに睨んで、俊がぽつりと言った。

「鈍い奴じゃな」
「それはお前じゃろ。いつだって何もかも分かったような顔で笑いやがって、俺が今 どんな気持ちでいるかなんて」
「だからそれは俺の方なんだよ」
「分からん」
「それが分からんからお前は鈍いんじゃ」
「俺が分からん言うなら、俺にも分かるように説明してみろ」
「…分かったわ」

少し離れて座っていた俊が立ち上がり、こちらに近づいてくる。
あと3歩、後二歩、あと一歩、…そこまできたところで、
雷が、鳴った。
轟音とともに 一瞬辺りが真昼のように光り、全ての明かりが落ちた。
暗闇に目が惑う。
と 同時に、何か柔らかいものが唇に触れて離れていった。

「…こういうことじゃ」

小さな声が耳元で聞こえて、そして 消えたときと同じ唐突さで明かりが戻る。
少し首を傾ければまた顔が触れるほどの至近距離に俊の顔があった。
俺は そうした。
秀も 避けなかった。

手を伸ばして、俊の背を抱き込む。
壊れ物に触るようにそっと。
顔がふれ合う距離のまま名を呼んだ。

「俊」
「お前は、ほんっとーに、鈍い」
「うん」
「これで、分かったか」
「うん、分かった」
「全くお前は、こっちの気持ちも知らんまま一人で突っ走りやがって…なんでお前は何も厭わずに俺にすきなんていえるの。お前は俺にお前なんか嫌いだって言われたらどうするつもりだったの」
「それでも俺はお前を好きでいるつもりだったよ」
「ずるいやろ。俺はお前がすきだったけどすきでいることを諦めたのに なんでお前は諦めずに俺に好きだなんていうの。俺はずっとお前がすきだったけどお前に拒絶されるのも嫌だから このままの距離を保てるならこのままで良いかなっておもったり、でもやっぱり辛かったからお前から逃げようとしたり、ああ何言うてるか分からんくなってきたな、とにかく俺はお前が好きなんだよ」
「俊、ちょっと落ち着け」
「落ちつけるか、めっちゃ興奮しとるわ。これがまた夢だったらどうしようとか余計なことばっか考えて」

夢やないよな、今舌噛んだら痛かったし、と生真面目な様子で呟く。
こんなに感情的な俊は久しぶりに見た。

「またって、お前俺の夢なんか見たことあるんか」
「そこに食いつくんやないわ」
「だって気になる」
「…。夢くらい、いつも見とる」
「俺も見る。お前の夢」
「そうですか」
「どんな、とか聞かんのか」
「喋りたいなら聞いてやる」
「お前に、触る夢」

こんな風に。と、伸ばしかけた手をぴしりと弾かれた。

「ちょっと待て。今は嫌や」
「え」

今、ちょっと良い雰囲気だったんじゃないのか。
お前やっぱり 嫌なのか、と言いかけたこちらを見て俊がふう、とため息を付く。

「今は、言うたやろ。こんな時間から初めてみい、絶対お前のおかんとか様子見に来るわ」
「ああ、そりゃあまずい」
「だから、ちゃんと飯食って風呂入って」
「うん」
「そんでちゃんとゴム用意して、…ってお前んなもん持っとるか」
「馬鹿にすんな、それくらいはもっとる。…使ったことはないけど」
「それは別にいいわ。あと、傷口に使うような軟膏でもいいからそういうもん」
「なんに使うんや」

素で尋ねると、心底嫌な顔をした俊に睨まれる。

「お前…それを俺に言わせるんか。潤滑剤や、潤滑剤」
「じゅんかつ…」
「お前が赤くなるな。恥ずかしいのはこっちじゃ」
「それって必要なもんか?」
「俺はこの若さで痔にはなりたくないんや」

生々しい会話だ。
軟膏…なんてあっただろうか。あとで薬箱を引っ掻き回そう。

「いや・・・うん、でもお前よう知っとるな、そういうこと」
「・・・・・・・・・いろんな本に出て来るんだよ」
「本て、なんじゃホモの本か」
「違うわ!!!なんで俺がんなもんっ…、ちがくて、普通の小説なんかでもゲイバーやら同性愛なんかが出てくるもんもあんのや。まあだから、そういうところから」
「俊」
「なんや」
「お前も顔真っ赤」
「っ、当たり前やろ!!!つかなんで俺が突っ込まれるの前提で話しとるんや、良く考えたら俺がお前に突っ込んだ方が負担は軽いんと違うの」
「な、なんで」
「お前の方がでかいんやから…まあその、痛みにも耐えやすいやろ」
「うわーーー!!待て待て待て!!そんな目で見んな!俺は痛いのだめや!」

割と目が据わっている俊にまじまじと見つめられて焦った。
お前、そんな、俺にそんなことを求められても。
いやお前に求めるのも十分間違ってるとは思うんだけど。
ほんの少し腰の引けた俺に向かって、俊はあきれたように言う。

「冗談じゃ。お前が辛抱足らんのくらい昔から知っとるし」

それに、

「何されてもええ言うた手前いまさら尻込みはできんやろ…」

うわぁ。

「俊・・・」
「なんや」
「お前、その角度反則」
「なんでや」
「滅茶苦茶色っぽい。押し倒したい」
「惚れ直したか?」
「惚れ直した」

俊はふふん、と面白そうに笑って、耳元で囁く。

「全部計算や」
「お、前なぁ!!」

何度期待させれば気が済むのだろうか、こいつは。
思わずこぶしを握りそうになった俺をするりと交わして、俊が立ち上がる

「ほら、そろそろ晩飯とちゃうの。早く飯食って風呂入って」

な。
にっこり、と笑う顔にまた手を出しそうになった自分を押し止める。
計算だ。計算なんだ。アレは全部計算なんだ。
ぐるぐると頭を抱える顔にまた笑いかけた俊は、俺を待たずにさっさと部屋を出て行った。
先ほどの感情的な部分は微塵も感じられない、いつもどおりの俊だった。

「切り替えが早すぎるじゃろ、アイツは…」

俊ほどポーカーフェイスも気取れない俺は、他人の前でどうやって俊と顔を合わせれば良いのかも分からないのに。
それでも、

部屋を出て行く俊の耳も確かに赤かったような気がするから

「恥ずかしいのはお互い様っちゅうことじゃな…」

よし、と気合をかけて、俊の後を追って立ち上がった。


(門脇と瑞垣。夢のように / meisai_logic)