[ 心情ストイシズム ]



「暑ィ、なーーー」

ぼそり、と呟いて瑞垣は寝返りを打った。

高校生活最初の夏休みである。
野球がなくなるとここまでだらけるものか、というくらい 何もすることがない。

遊びに誘われるのも億劫で、携帯の電源を切っていたら完全に外界と隔離されたようで。
毎年行っていた夏祭りも今年は行きそびれた。起動減がいなかったからだ。
もうそろそろお盆だな、とぼんやりと考える。
お盆が過ぎれば夏休みもすぐ終わりだ。
なんて無駄な時間を過ごしているんだろうと思うが、無益に過ごすのが夢だった訳だから、慣れてしまえばコレはコレで幸せじゃないかとも思う。

そんなわけで今日もだらだらと汗を流しながら昼寝をしている。
暑い。暑いが平和だ。何か近くに読む本でもあればもっと平和なんだが。
と思いながらもう一度寝返りを打って、本格意的に眠る準備に入った…のだが。

夢現でチャイムがなる音を聞いた、と思ったら母親の声がした。

「俊二ー!いつまで寝とるんや、友達が遊びに来たで!!俊二!!」

は・・・友達・・・?
すっきりしない頭で考える。いきなり押しかけてくるような相手なんて思い浮かばない。
階下に向かって叫ぶ。

「友達って、誰や!!」
「今あがってもろたからなー!!ちゃんと起きるんやで!!」
「聞けよおかん!!」

起き上がって叫んだら立ちくらみがした。そしてまた枕に突っ伏す。
やばい、気持ち悪い。中途半端に寝たから。起き上がらんと。
そうこうしているうちに控えめにドアがノックされて、カチャリとドアが開く。

誰だ。誰が入ってくる。

「…は?」
「よう、久しぶりやな」
「あ?ああ、久しぶり…海音寺」

数ヶ月ぶりに見る男の顔に困惑を隠せなかった。
あの試合の後は 数回メールを交わしたきり、ほとんど連絡を取り合うこともなかったのに。
どうしていきなり姿を見せたりする。
というかなにより、まず、

「なんで…お前ウチ知っとるん」
「あ、それは門脇に聞いたから」
「秀吾?」

これもまた県外に行ったきりほとんど顔を合わせていない幼馴染の名を上げられて戸惑う。
なんで秀吾?

「そう、秀吾」

眉を顰めた瑞垣の顔を見て 海音寺は少し笑い、後ろにいたもう一人に入り口を譲った。
笑顔全快でのっそりと戸口をくぐってやってくるのは、

「俊、この部屋暑すぎんか。窓開けろ、窓」

騒々しい幼馴染。

「秀吾…お前いつの間に帰って来たんや」
「ついさっきじゃ。海音寺に駅まで迎えに来てもらって、一旦家に荷物置いてすぐここに来た」
「なんで海音寺に迎え…」
「お前に迎えに来てもらおうとしたら全然携帯繋がらんくてな」
「はあ」

納得しかけて首を振る。
いや仮にそうだとしてもなぜそこで海音寺に繋がる。

「お前らいつの間に仲良くなったの」
「うん?それはまぁいろいろと…なぁ?」
「おう」

顔を見合わせて笑う二人に、やはり困惑する。
自分の知らない場所で何かあったのだろうか。野球とか野球とか野球とか?
この二人の接点なんてそれしか分からない。

「…で、何か用か」
「それより俊、お前なんで寝とるん。具合でも悪いんか」
「別に何もないけど眠いんや。今起きる」

爽やかな二人を見ているうちに、ぐだぐだしている自分が少し恥ずかしくなった。
さっさと起きて着替えてできればシャワーも浴びたい。
起き上がろうとした瑞垣の体を、海音寺が押し止めた。

「眠いなら寝てていいぞ。」
「は?何か用があるんと違うんか」
「ああ、目的はもう果たされたような」
「うん、そう」

アイコンタクトを交わす二人にさらに困惑する。
さっきから困ってばかりだぞ、俺。

「わけがわからん。何しにきたんやお前ら」
「俺は俊の顔が見たかった」
「俺は瑞垣の部屋に入ってみたかったから」

一瞬思考が停止した。
数ヶ月ぶりにあったと思ったら言うことはそんなことか。
どっときて、また枕に顔を埋めた。

「…帰れ、お前ら。そんな理由で人の安眠妨害すんな」
「寝てていいゆうとるやろ」
「そうそう、好きにしとるから」
「お前らが良くても俺が嫌じゃ!」

だいたい好きにってなんだ好きにって、ここは俺の部屋だ。

「別に変なことはせぇへんぞ」
「そういう問題やないわ、なんで男二人に見守られながら寝てなきゃならんのや」
「大丈夫じゃ、寝顔が可愛いのもしっとる」
「俺は知らないから見せてもらったら嬉しい」

生真面目にはっせられた台詞に飛び起きた。
鳥肌が立っているような気がする。こんなに暑いのに。

「っだーーー、だから嫌や言うとるんじゃ!!うっといわ、シャワー浴びてくるからそこどけ!」
「起きちゃうのか」
「つまらんなー」
「あ、待て海音寺、俊の言うとおりにしとけ」
「なんでや」
「風呂上りの俊も悪くない」
「ああ、なるほど」
「なるほどやないわ!!なんなんやお前らマジで気色悪い」

眩暈がしてその場に蹲る。
立ちくらみだ立ちくらみ。すっかり弱っていて駄目だ。
大丈夫か、と伸ばされた手をぴしりと叩く。

「シャワー行かんの?」
「お前らが気色悪いこというからや」
「いや、まあ汗だくの俊も可愛、うっ」
「おまえなぁ秀吾!!そういうことばっかり言うとるとマジで絞め殺すぞ」

くらくらする頭を抑えながらぎゅうぎゅうと秀吾の首を絞めあげた。
かなり力を入れているのに、苦しそうにしながらも顔が笑っている秀吾が怖い。
隣で笑っている海音寺も怖い。

でも、それはそれでなんだか楽しかった。

もう少ししたら力を抜いて二人を怒鳴りつけて、三人でどこかへ遊びに行こう。
久しぶりに野球の話を聞いて、そうして少し羨ましいと思おう。
ここで惰眠を貪るよりはずっと有意義なはずだ。

首を絞めながらそんなことを思った。


(門脇と海音寺と瑞垣。手放したものとそれ以外 / meisai_logic)