[ 純情メトロノーム ]



「あーあー、なんで義務教育最期の夏休みに男と祭りデートなんてせなあかんの」

そかもこんなゴツい。でかい。幼馴染と。
俊は、もう何度目か分からない呟きを漏らした。

「ぼやくな俊、毎年のことじゃろうが」
「だから嫌なんや。もう15だぞ?彼女の一人もいたっておかしくない年やぞ?しかもなんやこの浴衣」
「良う似合うとるぞ?」
「そりゃどうも、って違う違う!!そうじゃないやろ」
「じゃあなんじゃ」

不機嫌そうに眉をしかめる理由が分からない。
彼女彼女というが本当はそれほど女に興味がないことなど分かっているのに。

俺といる事がそんなに厭だろうか?
いや例えそうだとしてもそんなことをいまさら態度に表すような俊ではない。
首を傾げた俺に向かって、俊はあきれたような顔を向けた。

「ほんまに分からんのか?」
「分からん」
「これや」

といって俊は自分の着ているものをさす。
…浴衣?

「浴衣がどうかしたか?寒いとか?」
「浴衣はどうもせんわアホ!!!なーんーでーお前とお揃いの浴衣着て歩かなきゃならんのっちゅうとるんや!!」
「ああ…そういうことか」

それは俺の母親が含み笑いをしながら差し出したものだった。
なんでも双方の母親の手縫いだとかで、必ず着るようにとのお達しが出ている。
反論しようとした俊もその勢いに押されたのかおとなしく着てきた。
…語弊がないように言えば渋々着せられた、のだが。

ちなみに俺の方は 母親の命令は絶対だ、仕方がないだろうと割り切っている。

「場違いにもほどがあるやろ、男同士で浴衣。めっちゃ目立っとるぞ俺ら」
「そうか?祭りなんだしちょっとくらい羽目外しても良いじゃろ」
「お前それなんか違う……つうか俺の帯微妙に女結びじゃ、腹立つ」
「女結び?」

何か違うのだろうか。
言われてみれば、自分の帯より幾分ふっくらとした結び方ではある。

「男帯で女結びって難しいと思うんだけど…つうかお前のおかんどういう趣味しとるの」
「俊が可愛いからじゃろ」
「それは否定せんけど嬉しくはないわな」
「それでも嫌がらずに着てやるお前は偉いな」
「まぁお前のおかんにはそれなりに世話んなっとるから…」
「マヨコロとか」
「そうそう、って違うやろ。そーゆーこととは違うやろ」

「にしても」
「あん?」
「相変わらず俊は物知りじゃな」
「ああ?何が」
「女結びとか男帯とか、俺全然分からんし。俊に言われてはじめて気づいた」
「そんなんは別に一般常識やろ。俺が物知りなんじゃのうてお前が物を知らないだけや」
「そうじゃなぁ。でも俺は俺が知らんことを教えてくれる俊が隣にいてくれて良かったと思うとるよ」

さらりと口をついて出た言葉に、隣を歩く俊の足がぴたりと止まった。

「…俊?」

どうかしたか?
鼻緒でも切れた?
差し出した手をぴしゃりと跳ね除けて、俊はいつもの顔で笑った。

「そりゃ、よかったなぁ。でもそれ俺には何の得にもならんのと違う」
「そういえばそうじゃな。…なんか俺にもできたらええのにな」

ふむ、と考え込む。
俊に対して俺ができること?何かあるだろうか。
何もない、様な気がする。
よく考えるまでもなく俺が人並み以上にできることは野球だけだ。
野球もできて頭も良くてそつのない俊とは大違いだと思う。
しみじみと俊の顔を眺める。
屋台の明かりに照らされた横顔は、いつも見る俊とは別人のように見えた。

「何?男に見つめられても嬉しくないんやけど。見蕩れてるとか言うなよ」
「ああ…悪い、見蕩れてた、かも」
「うっわ、素できっしょいこと言うなや。どうせまたなんかぐるぐる考えてたんやろ」
「…」
「止めや、止め。どーせお前の軽い脳味噌じゃ寒い方向に行くのが落ちや」

からからと笑う顔が、気を使われているようで嫌だった。

「俊、」
「余計なこと考えるな。俺は別にお前が隣にいればそれでええんやから」
「は」

なんじゃそれは。なんちゅう落とし文句じゃ。
さらっとした顔で何を言うか。
時々、こいつの方こそよっぽど天然じゃないかと思うことがある。
固まった俺の様子になど気づきもせずに、俊が袖を引いた。

「あ、秀吾 牛串かって」
「はぁ?なんでじゃ」
「食いたいから」
「自分で買え」
「ええやないの、お前と俺の仲でしょお?腕組んだげるから、ねっvv」
「なんでカマ口調なんじゃ、ねvvとか言うな」
「まっ、そんな憎いこと言っちゃって!秀吾君ひどい!」

言いながら本当に腕を絡ませてくる。

「うわっ、馬鹿 俊!離れろ!誤解されるじゃろ!」
「ペアルックな時点で十分ラブラブに見えてますぅ」
「何言うとるんじゃ、あっ、変なところ触んな!!」

その腕が当たる部分を妙に熱く感じるのは気のせいだと思うことにした。


(門脇と瑞垣。あらゆる日常に埋没して / meisai_logic)