[ 灰色ランドスケープ ]




凡人が天才に追いつけないことは悪魔の方程式に似ている。

たとえ元の差がどんなにあったとしても、それ以上の努力さえすれば追いつくことは可能なはずなのだ。
心情としては。世間一般の倫理では。

だが、実際はそうではない。
天才はどこまで行っても天才で、凡人の努力はその差を見せ付けられるためだけにあるものだと いつか気づかされるのだ。
その天才も努力をしていればさらにその差は開くばかりで 目も当てられない。

追いつこうと追いつこうと何年も走り続けたつもりで、

本当は、最初から後など追えていなかったのかもしれない。
例えてみれば俺はルームランナーの上で走っていたようなものか?
それでは天才が先に行くのも当然だ。
俺はその場から一歩も先に進めずに息が上がるのだから。

何度目だか分からないため息を吐く。

「だーかーらー、俺はお前と一緒の高校には行きません」
「なんでそういうことを言うんじゃ。俺はお前とずっと野球がしたいのに」
「なんでお前に俺の進路を決められんといかんの。大体、俺はもう野球はやらんて言うとるやろ」

誰か最初に教えてくれれば良かったのに。
努力は人を裏切るんだよ、と。
いやそうではなくて、努力だけではどうにもならない部分もあるんだよ、と。
誰も教えてくれなかったから こんなところまで来てしまった。

もうリセットすることでしか前に進めないんだ。

もっと早く教えてくれれば。
もっと早く俺が気づけば。
こんな近くに天才がいなければ。
もっと、自由に生きられたような気がする。

自由に、言い換えてみれば無邪気に。
こんな風にひねくれることなく青春を謳歌できたような気がする。

俺は 野球が好きなんだよ
もっと 夢だって見ていたかったんだよ
甲子園とかプロとかもういっそメジャーとか、夢見るのはただと割り切って目指してみたかった。

だけど、お前が前にいたんじゃ 何も見えない。
お前の後ろにいたんじゃ、自分の限界が微かに見えるだけだ。
完全に限界が見えるのも近いだろう、だから俺はそれを見ることを放棄するんだ。
これ以上苦しむのはごめんなんだよ。

お前には言えない。

「だからそれはどうしてかと聞いとるんじゃ」
「…お前には関係ないことだから安心せえ」
「安心できん。ちゃんと説明しろ」

お前が悪いんじゃない。何一つお前の所為じゃない。
お前が天才なのも俺が天才じゃないのも俺が野球を好きなことも、何一つ。
ただ、俺が勝手に諦めるだけなんだよ。

それでも悔しいから説明したりはしないけれどそういうことなんだよ。
俺が野球を続けない理由は。

「説明しません。秀吾には理解できんから」
「できなくても、俊のことは知りたいんじゃ」
「俺はお前に何もかも知られたくありません」

っつか、

「大体お前には県外からも推薦が来とるんじゃろ。俺にはムリ」
「俊なら頭で入れるぞ」
「いやいやいや、お前を引き抜きにくるような高校では俺は野球できんと思うから」
「なんでじゃ?」
「いやそれは、」

俺がお前みたいな天才じゃないからだよ。と言いかけて言い淀む。
俺はお前にそう言いたくないから野球を止めるんだよ。
お前に劣等感を抱いていることなんてお前には絶対に知られたくない。


おれは、よわいにんげんです
じぶんがきずつきたくないからてんさいをきずつけました
ぼんじんにそんなしかくはないとおもいます、ふかくはんせいします
だけど、てんさいはつよいにんげんだからてんさいなんだとおもいます
だから、

…だから、

「…大丈夫や。俺はすぐお前のことなんて忘れるから、お前もすぐ俺のことなんて忘れる」
「何がどう大丈夫なのか理解できん」
「それでも、大丈夫や。離れてみれば分かる」
「俺は俊がいないと嫌じゃ」

俺だって お前が隣にいない生活なんて考えられないよ。
だけど俺はお前の隣ではなくて後ろを歩いているんだと気づいてしまったから。

「その図体で駄々こねるな、気色悪い」

言いながら、この話はおしまいだというようにごろりと横になる。
お前はまだ何か言いたそうだけれど、もう決めたことだからもう聞かない。

お前の声を聞いたら揺らぎそうだからとは絶対に言いたくない。

さよなら、天才。
俺も天才だったら良かったのに。


(門脇と瑞垣。天才と凡人 / meisai_logic)