だから、と今日も今日とて新城は思っている。どうしてこんなことになったのかはさっぱりわからないのだ。新城の上で神妙な顔をしている西田の首を絞めながら考えている。 一度目に首を絞めたあとは、もう衝動だけではすまなかった。首を絞めた痕は確かに襟で隠れてはいたけれど、その横顔を見るたびに指が疼いて仕方がなかった。性欲より先にこちらが来るなんて知らなかった。西田は今までの女性達とは違うのだろうか、と薄っすらと思った。 もちろん違うに決まっている。まず何よりも女性ではないし、次に金も払っていないし、さらに後輩で少尉で軍での部下なんて微妙なところにいる人間だ。こんなことをしなくても関係に支障はないはずだ。思うのに、知っているのに、分かっているのに、分からない衝動で埋め尽くされていく。絞めたいのだ。ただそれだけ。
そして、まだ痕も消えない頃に西田がやってきた。えらく神妙な顔をして何を言うかと思えば、この間の続きだという。続きも何も、あれはあれで終わったのではないのか。続きとは何を指すのだろう。尋ねると、まずは首を絞めてくださいと言う。
「絞めてください」 「…何故だ」 「先輩が絞めたいといったから」 「馬鹿か、君は。どれだけ強く締上げられたか分かっていないのか」 「わかります。あとすこしで、意識が飛ぶところだった」 「次は飛ぶかもしれない。それどころか死ぬかもしれないぞ。僕は手加減なんかしていなかった」 「それでもいいです」 「いやだ」 「いいんです」 「よくない」 「いいんですってば」 「そんなことのために後輩を殺してたまるものか」
消したくなどないのだ。自分が精神異常者だということは理解している、そしてその狂気のままに何かを壊すことなど造作もないのだということも。たとえば今、西田を絞め殺したとしても、死体を隠して痕跡を消して、すべてをなかったことにすることも簡単なのだろう。けれどもそんなことはしたくないのだ。したくない。してしまいそうな自分を戒める気はないがしたくないのだ。
「何を、考えているんだ」 「先輩が好きです」 「…ああ、それは」
ありがとう、と言っておくべきだ。行為は行為として、好意は嬉しい。今まで知らなかったが、西田なら良いそうだと思った。もちろん新城の知っている西田は西田が新城に見せようとした部分だけなのだが、それでも随分長く近くにいた。つもりであるから。
「うれしいですか?」 「嫌われるよりは好ましいことだろう」 「誰からでも?」 「誰からでも」 「僕からでも?」 「君なら尚更」 「それは?」 「少なからずは僕も君に好意を持っているということだろう」
淡々と言うと、西田はしばらく呆けた顔をしていた。好きでなければ突然首を絞めたりはしない。それを赦されるとも思わない。もしくは、絞めることをためらったりはしない。それもわからずに、絞められることをよしとしていたのだろうか。だとしたら、それはそれで西田は怖い人間だと思った。
「先輩のすきって、なんだか怖いんですけど」 「…そんな風に思う相手をすきだと思う君のほうが、僕には理解できないが」 「それはいいんです。いいんですよ」
いいわけはないだろうと新城は思う。良い訳も、言い訳も?言葉くらい幾らでも吐き出せばいいのだと新城は思っている。そうしたところで自分に何が帰ってくるわけでもなく、よほどのことがない限り世界は不透明なままだ。そうしている間にも、西田は有無を言わさぬ様子で新城の指を首まで持っていこうとする。だから、待て。
「思い切り、どうぞ」 「だから」 「いいんです」 「何が」 「いいんですよ」 「…死にたいのか?」 「先輩になら殺されてみたいんです」
先輩の指で死ぬなら本望ですから。 薄く笑う。その笑みが、どうにも新城の知る西田と合致しなくて理解に苦しむ。もちろんすべてを知っているなどと思っていたわけではないが、西田が見せたいと思っていた西田はこんな風ではなかったのではないか。新城に、こんな顔を見せて、西田はいったいどうしようというのだろう。新城は何一つ変わりはしていないのに。
「綺麗な思い出になんかならないように、ゆっくりじっくり殺してくださいね?」
すぐ忘れても良いから、一瞬でいいから後悔と自己嫌悪に苛まれながら僕の死体を見下ろしてくださいね。すぐ忘れてくれて良いから、僕の息が止まる瞬間の感触を感じてくださいね。それで、冷たくなっていく僕の身体とか青ざめて行く僕の顔とか、全部全部見ていってくださいね。それだけでいいですから。 薄く、薄く、薄く笑う。それはあまりにも不健全だったので、一瞬ほんとうに殺してしまおうかと思った。けれどもそれは割に合わないのでやめておく。
「僕のしたいように、と君は言わなかったか」 「言いました」 「僕は殺したくないといわなかったか」 「それでよくなるんですか、先輩が」 「君には関係ない」 「それじゃあ、意味がないんです。先輩がしたいように、して、くれないと、僕は」
まだ絞めていないのに、どうしてそんな苦しそうな声を出すのだろう。新城は首を絞めたいのだ。そしてその行為が性衝動に繋がるというだけだ。だから、そうだ、だから。
「まず君がしたいようにすればいいだろう」 「え?」 「なんだ、君は僕に挿入たくないのか?」 「へっ???」 「僕はどちらでも構わないんだが、逆の立場なら首を絞める力も弱まるだろうと思った」 「え…先輩、それで、良いんですか」 「首が絞めたいんだ」 「それだけでいいんですか」 「したいことをしろといったのは君だろう」 「そうですけど」 「無理強いはしないが」
こんなことを。大体、どうしてこんな話になったのかも新城にはよくわかっていないのだ。最初は首に触れて、次は首を絞めて(ついでに行き過ぎた自慰行為もして)、そうして今度は性行為だ。どこまで行くつもりなのだろう、この先は、本当に殺すしかなくなるような気がする。だからそんなことがしたいわけではないのに。 考えている間に、西田は新城の目を何度か見つめてはっきりと言った。
「させてください」 「直球だな」 「先輩なら、僕だってどっちでもよかったから」 「それなら交渉は成立だな」
したいことを半分ずつできたらそれ以上のことはない。と思うが、だからこれは本当にしたいことなのだろうか。わからない、とそればかり繰り返している場合なのだろうか。けれどもなんにせよ、もうはじまってしまう。ふたりで、はじめてしまった。 …結局のところ。
「君が全部してくれれば僕は首を絞めるほうに専念できるわけだな」 「それって、片手じゃない分死ぬ確立高いんじゃないんですか?」 「なに、君が存分に僕を弱らせればいい話だ」 「…努力します…」
そうして、西田の顔を見上げながら西田の首を絞めている。はじめてみれば確かに、異物による違和感と痛みは凄まじくて、絞めているという感覚がなければ音を上げるところだった。けれども白くなっていく西田の顔を見上げるというのはそれはそれで興味深い光景だ。思うのは、西田がこれでよくなるのかということだったが、そこまで気にしている余裕は新城にもなかった。 首を絞めているのだ。 新城にとってそれだけが確実で、それが一番の真実だった。
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