[ アンフェタミン/メタンフェタミン ]



耳を掠めて飛んでいった銃弾に、冷や汗どころではない発汗を感じながら最初の一撃を突き出した。あっという間に銃弾は付き、混戦を極める戦局の中で血に塗れた銃剣だけを頼りに戦っている。人の血脂で曇ったそれはすでに人を斬れる状態ではなく、だから兵藤はいっそ殴るようなつもりでそれを振るっていた。
ここで死ぬんだろうなとは思っている。だからこその悪あがきだ。銃声と悲鳴と無駄な雄叫び、そうした不協和音を頭の端で聞きながら漠然と思う。ここにきて、人並み程度には持っていた誇りと自尊心、そうしたものが一度粉々に打ち砕かれてまた再構築されたように思う。潔く死ぬことを善しとせず、死に物狂いでもがいてでも生きようとする。その結果が結局同じものだとしても、自己満足などせず死んでいける分すべてに反抗して逝ける気がした。死んですら負けを認めない、ああそうだな、あの人はきっとそう言う。

すべてが曖昧になりそうな戦乱の中で、死んでまであの辛気臭い顔は見たくないな、とそれだけははっきり思った。いつかはそうなるとしてもできればそれはずっとあとであって欲しいと思う。その時はきっと恨み言も軽口も簡単に吐けるはずだ。今はできない、まだできない。心酔しすぎているから。

兵藤は、ここで死ぬんだろうなと思っている。でもだからこそ、死にたくないと思ってもいいのだと思っていた。死守する、それは他ならぬ大隊長殿の命令であり、軍にいる限り絶対的なものだ。それはつまり、兵藤自身の意思ではないということ。恨む対象を作っても良いということ。誰にでも公正明大であろうとするあの人のことだから、きっとそう思って死んで行って良いのだ。
死にたくない、死にたくない、死んだとしても間違ってもあの人のために死ぬわけではない。そんなことは一番嫌う人だろう、それはもう嫌そうに顔を歪める姿すら鮮やかに思い浮かんだ。思わず笑ってしまう。

「ははっ、」

零れた声があまりにも楽しそうだったので、それはそれでまたおかしくなった。移ってしまったのだろうか、その傍若無人な、人を人とも思わないような態度が。独断的で独善的で断罪的で断定的で、それでいて不器用に優しくて何を考えているのかさっぱり分からなかったあの人の。
けれども今こうして命のやり取りを繰り返していると、あのひとはただ人間でありたいのではないかと思うようになった。誰よりも誠実で優しいからこそ、人が目を背けて生きていける、生きていったほうが楽なことにまで敏感に反応して、しなくてもいい苦痛を味わっている。生きてまた会えたら、ぜひそれを伝えたいと思う。楽になってほしいと、たとえそれが兵藤の傲慢であっても。

(ああ畜生)

そこまで考えたところで、どうしようもない願いに気付いてしまって胸の中で小さく毒づいた。生きていたいのだ。生きていたいと思った。この期に及んでまだ生きていけると思った。絶望してしまえば終焉は救いだろうに、これもまたあの人の影響だろう。
できることなら、こんな場所で出会いたくはなかった。全幅の信頼など寄せることもなく、気軽に適当に恐れて、呆れて、反発して、それでも惹かれてみたかった。恐らくはここで出会った全員と。
妹尾、漆原、西田、金森、新城、…新城直衛、大隊長殿。

(畜生、)

兵藤は、ここで自分は死ぬのだと思っている。生きていられるわけがない、帝国軍がそれを赦すはずがない。だからこそ生きていたいと思い、生きていた後のことを思い、生きていた時の事を思っている。自分以外のすべてに生きていて欲しいと思っている。奇跡も来世も彼岸もそう強く信じているわけではないが、せめて光帯の向こう側で誰かに会えたらいいと思っている。誰にも会えなければ良いと思っている。真逆ではあるが矛盾ではなかった。どれも、すべてが真実だった。
あと少し、と兵藤は思う。あと少しで約束の刻限だ。あと少しで兵は全滅だ。あと少しで兵藤は死ぬのだ。あと少しでこの世界とはさよならだ。あと少しで、あと少しで。死守といった、守れなくとも死んでしまえば約束は果たしたことになるだろうか。きっとそう思って、くれるだろう。 そうしてもう一度、先程よりは小さい笑いを響かせた。

ここで死ぬのだと思っている。ここで死ぬのだと思っている。ここで死ぬのだと思っている。
ここまで生きてこられたことを、新城直衛に感謝している。


(兵藤少尉→新城直衛。死に際に思ったのは妹尾少尉だけれど / 20061201)