[創造に飽きた神さまは]
* 誤魔化しようがない程度に性描写があります。佐助×幸村です。






幸村は年を経た大杉の洞に蹲って息を殺していた。
夕闇に沈みかけた空を一瞥して、そろそろ佐助が気づく頃だと辺りをつける。山の日暮れは早いが、それを差し引いても早くはない時刻だった。佐助ならわかるだろう。幸村が出かけたのではなく、逃げ出したことが。

“今夜、行くから”

擦れ違いにかけられた言葉を思い出す。衝動的に飛び出してきてしまったが、どこかへ目的を持って逃げようとしたわけではない。幸村は武田の武将であり、逃げ出したところで自由に生きることが許されるわけもない。ただ、今だけはどうしようもなく恐ろしかったのだ。どこまでも底の知れない佐助の目が。
いつの間にあんなふうに笑うようになったのだろう。幸村がまだ幼い頃は途方にくれたように笑う人だった。最初はおずおずと、徐々に仕方ないというようにぎこちなく、不安げに。その顔を見ていつか自分の意思で笑うようになればいいと思ったのは本当だ。けれどもそれはあんな顔ではなかった。あんなに、どこか吹っ切れてしまったような狂喜じみた顔を見たかったわけではない。

本気で戦えば勝てない相手ではないだろう。絶対的な力と体力ならば負けない。しかしそれば正面からぶつかった場合だ。幸村を殺すことが目的ではない相手を、そしてまた行き村にも殺すことができない相手とまともに戦うことができるとは到底思えなかった。
幸村は息を詰めて膝を抱える。朝が来れば佐助も平静に戻るはずだ。どちらが本当の佐助なのか、幸村は考えたくなかった。

けれども、朝は遠すぎる。

「だーんーなー」

歌うように節をつけた佐助の声が聞こえた。できるだけ痕跡は残さぬようにやってきたが、佐助にわからないはずもない。本気であることを示して佐助が諦めてくれることを願ったのだが、それは叶わないようだ。足音もせず気配もなく声すらも同じ方向からは聞こえない、それでも佐助が近づいてくるのがわかる。佐助のことだけはわかる。
まだ遠い、あと少し、もう少し、あと3歩、2歩、1歩、…もう目の前。

「見ぃつけた」

覗き込んだ佐助の顔は薄闇に紛れることなく緩やかに笑っていた。
その顔のまま佐助は幸村の腕を掴んで洞の中から引き起こす。されるままに立ち上がりながら幸村はこれからについて考えていた。狂喜めいた笑いを受け止めていると、佐助は穏やかに言う。

「ねえ?隠れられると思ったの?俺伊賀の免許皆伝だよ?」

低く滑らかで良く通る佐助の声は、幸村の中へ染み入るように降り積もるばかりだ。
佐助に実力を幸村が知らぬわけがない。誰よりも近くで見てきたのだ、戦忍びとして軽やかに人を屠る姿を。それは必ずしも幸村のように快楽を伴なう行為ではなかっただろうが、それでも佐助の振るう大手裏剣が数百の命を吸ってなお煌いた事を知っている。

「それにねえ、俺に旦那のことが分からないわけないじゃない?」

ずうっと一緒にいたんだから、と佐助が続けることも幸村には分かっていた。幸村自身がそう思っているのだ。誰のことがわからなくなっても、佐助が幸村を見失うことはないのだろう。そしてまたその逆も。

「ねえ、なのに何で逃げようとするの」

佐助は、幸村の後ろに回りこんで耳元で囁いた。そのまま背後から柔らかく抱き込まれ、幸村の背がまた粟立つ。戦場で背を預けるに足ると認めた相手に、背を取られることがこんなにも恐ろしいとは思わなかった。恐ろしいと思いたくはなかった。
佐助の腕はするりと、けれどもけして解けぬように幸村に回されている。こんなにすきなのに、と耳元で佐助が呟いた。

「こんなに好きなのになんで伝わらないの?」

伝わらないわけがない。もう十分すぎるほど知らされた。ただそれは幸村が認められる形ではなかったというだけで。何も答えない幸村の沈黙をどう受け止めたのか、佐助は少しばかり首を捻っていった。

「何をしたら喜んでくれる?独眼流の首をあげてこようか。それともちょろちょろうるさい前田の風来坊にする?旦那の邪魔になるものは全部潰して上げる。そしたら俺のことすきになってね?」
「や、めてくれ」

どうして、と佐助は訊き返す。なあに、あの二人がそんなに大事なの?俺よりも?

「独眼竜殿は某の宿敵であるが、それ以前に荒ぶる奥州の平定者だ。慶次殿は」
「名前でなんて呼ばないで」
「っ…前田、殿は今現在微妙な立場にいる者だ。前田殿自身はあの身ひとつで生きているおつもりらしいが、彼の裏には当然ながら前田家、ひいては織田、さらに上杉徳川にもつながる。ここで真田…武田が手を出すことはならん」
「…ふうん?」

佐助は胡乱な目でしばらく幸村を眺め、旦那がそういうならそういうことにしておくね、と軽く言ってのけた。幸村は大きく息を吐く。佐助は幸村に対して嘘はつかないのだ。真実全てを告げられることは必ずしも平安とは言えなかったが、今はひとまず安堵する。

「じゃ、帰りましょうか」

佐助が腕を伸ばすとどこからともなく大烏が現れて音もなく舞い降り、黒い影を散らした。

佐助に抱きかかえられるように帰って来た屋敷の、まずは水場でじっくりと体を検められた。佐助は、大事な旦那に傷がついていたらいやだからねえ、と呟きながら酷く楽しそうに幸村に触れる。自分で、と伸ばした幸村の腕は、否とも言わずにかわされてしまった。
一通り水で清めたあと、一重を羽織るように着せられて、当然のように人気のない幸村の寝所へと場を移した。佐助は既に整えられていた布団の上へ幸村を座らせ、薄暗い枕元に灯りを置いて後ろ手に襖を閉じる。この後何が起きるのか、幸村はあまり考えたくなかった。

「足の先に血が滲んでたね」

あれかなー、あそこ随分木の根が絡んでから躓いちゃった?それとも急ぎ過ぎて擦りむいたかな。どっちにしてもそんなに余裕がなかったの??
佐助は薄く笑って言いながら、幸村の足に軽く手を添えて顔を近づけた。薄く皮膚が書けた部分にぬるりと舌が這わされる。ぴりぴりとした痛みとともにぞくりと背が粟立つのを、幸村は必死で押しとどめて足を抜こうとするが佐助の腕は揺るがない。丹念に傷を嘗め尽くすと、次は一本ずつ足指を口に含み始めた。

「そ、…こに傷などなかろう!」
「うん、これは消毒」
「もう洗った…」
「あんなもの」

佐助は幸村の指を咥えたまま、ほんの僅か顔を上げる。
指であれど体の一部を含んで、唇を唾液で光らせる佐助の姿はなんとも言い難かった。

「水なんかで、俺以外の痕跡を消せるわけないでしょう?」

全部俺で塗り替えてあげるからおとなしくしていて、とまるで何事もなかったかのような顔で足先に視線を戻す。少しずつ与えられる熱に、幸村の体からは少しずつ力が抜けていく。

「…っは、」

十の指が全て丁寧になぞられた頃、意図せず漏れた声に、幸村ははっと口を押さえて青ざめる。佐助には聞こえて、…もちろん聞こえているだろう。三里先で落ちた針の音を聞き分けるほどの聴力だ。

「気持ちよくなっちゃった?」
「ならん…っ」
「嘘、だってもう、…こんなじゃない」

佐助はくすくす笑いながら一重の中に手を差し入れ、立ち上がりかけた性器を無造作に擦りあげた。ひゅ、と息を詰めた幸村に笑いかけてゆっくりと手を上下させる。口を塞ごうとした手は一纏めにして床に縫いとめられ、ならばと唇を噛み締めようとすればゆるやかに佐助の舌が滑り込まされてそれもできない。その間にも佐助の指は絶妙に幸村の性器を擦り、扱き、時に軽く爪を立てて頂点へと追い上げていく。

「…っぁ、ぅぁ、…っは、んっ、あぅ、…ん…っんぅ、」

佐助の舌を噛み締めるわけにも行かず、半開きになった口から堰も切らず声が溢れて幸村はきつく目を閉じた。薄暗がりに幸村の声が低く響く。ふたり以外には届くことのないその音は、けれどもふたりには届くことがいたたまれなくて幸村はゆるく頭を振った

まもなく訪れた限界に、幸村はぱたぱたと白濁を散らした。

「早かったねえ…ちゃんと自分でもしなきゃ駄目だって言ってるでしょう?」

まあ、旦那ひとりでできなくてもずっと俺が面倒見てあげるから別に構わないけどね?と、極力声を抑えながらそれでも漏れる幸村の荒い息の向こうで佐助は言う。
それは図らずとも一生を添い遂げるようだと幸村は思った。
佐助は幸村の腹と己の指に飛び散った白濁を簡単に拭う、そしてそのままするりとその指を後ろに走らせたので幸村は飛び上がった。力の抜けた身体で、それでも幸村は佐助の腕から抜け出して夜着をかき合せる。

「やっ…、ちょっと、待て!!」
「いいけど。どれくらい待てばいいの」

そこは忠実に、ぴたりと手を止めて聞き返した佐助の目を見て必死で訴える。
どれだけ待っても無しだ。それは、嫌だ。

「手、こっちも手でするから、そこは…使うな」
「だって旦那下手糞じゃん?俺旦那ならどこででもイけるけど…やっぱりどうせならふたりで気持ちよくなったほうがいいでしょう?」
「良くない…!!」
「大丈夫、痛くなんてしないし、もちろん傷つけたこともないでしょう。大事にするから」
「そういう問題ではなっ…んぅ、」
「舌、噛むといけないから塞いでおくね」

痛いほうがまだましだ…!!という訴えは音もなく咬まされた布の中へと消えた。
ついでのように床に縫いとめられていた腕も柔らかく、けれども容易には解けぬように一纏めに括られる。そうしておいてから、佐助は幸村の体に辛うじて纏わり付いていた着物を丁寧に剥がした。

「んー……当たり前だけど、この前から使ってないみたいだね」

佐助はそう呟いて、どこからともなく小さな容器を取り出した。蓋を開けばとろりと滑りを帯びた液体が溢れ出す。佐助はそれを暫く手の中で温めて、そっと幸村の後口に塗りつけた。生暖かい感触に幸村は身を捩るが、佐助は気にも留めずにしばらくゆるゆると入り口を揉み解し、十分解れたところで指を埋める。幸村は、せめてもの抵抗に唯一自由になる足を動かしたが、完全に足を割られた状態ではむなしく宙をかくばかりだ。かといって、今の状態で佐助を蹴り飛ばしてしまえばそれはそれで後が恐ろしい。くぐもった声は咽喉の奥で消えた。
その間にも、佐助は幸村の中を探る手を休めなかった。忍び特有の長くてしなやかな指が幸村の中でゆるく蠢く。粘液の滑りで痛みはないが、本来あるべきではない使い道に強烈な違和感は拭えない。幸村は目を閉じることもできず、咬まされた布をきつくかみ締めた。
佐助が指を動かすたびに、幸村の後口でくちゅくちゅと濡れた水音が響く。

「聞こえる?旦那。いい音だねえ」

そういって薄っすらと笑う佐助から視線を剥がして必死に耐える。自分の身体からそんな音がするところなど聞きたくなどない。
時折、佐助の指が掠めるように後口内の一点へと触れていく。どれだけ身構えていても、快楽に慣れない幸村の体はそのたびに震え、幸村は益々居た堪れなくなっていく。潤んだ目で、それでも幸村が天井を眺めていると、佐助は空いた口で少しずつ幸村の身体を吸い始めた。戦装束で隠れる部分は痕が残るほどきつく吸い上げ、そうでない場所はやさしく舐める。そのたびに幸村は面白いほど反応して、佐助はますます笑みを深めていった。

佐助が熱を吐き出したいだけなら、ただ粘液を塗って押し込めばいいのだ。あるいはそれすらなく無理にこじ開けてもいい。早く早く早く、痛みだけを残していけばいい。緩やかな指も丹念な愛撫も溢れるほどの想いも何も欲しくない。佐助からそんなものを受け取りたくはないのだ。

いつの間にか幸村の中の指は3本に増え、かき回す動きも次第に激しくなっていく。きつく噛み締めた布から吸いきれない唾液が溢れたところで、佐助は指を抜いて幸村の猿轡と腕の戒めを解いた。すっかり息の上がった幸村に笑いかけて、十分解れた後腔に佐助自信を押し当てる。

「わ、やっ…!!」

思わず引いた腰は引き戻されて、ゆっくりと佐助が腰を進めた。
痛みはないが、指とは比べ物にならない圧迫感に幸村の顔が青ざめる。佐助は丁寧に幸村の頬を撫でて、息を吐いてね、と呟いた。言われなくてもそうしたいのだがうまく呼吸ができない。敷布を掴んだ幸村の指を、佐助が自身の背に回した。他に縋る者もなく、幸村は佐助の背に爪を立てた。

「う、ぅあっ…は、」

引きつるような音を紡いだ幸村の唇を、佐助のそれがまた塞ぐ。佐助の舌が滑り込んでやわらかい口腔を犯す。角度を変えて何度も合わされる口付けと、体内で動きはじめた佐助とに翻弄されてさらに息が上がる。旦那、と口付けと律動の合間に佐助は何度も呟く。
幸村が必死でしがみついた意識の端で、佐助が昔と同じように泣きそうな顔で笑った気がした。



それからどのくらい経ったのだろう。幸村が我に帰ると、目の前に佐助の顔があった。
驚いて身じろぐと、佐助の顔が少しばかり遠くなる。どうやら佐助は布団の横に座って横になった幸村の顔を覗いていたらしい。

「気がついた?」
「…ああ」

尋ねた佐助はいつもの様に遠い顔で緩やかに笑っている。すでに部屋の中に情事の痕は欠片もなかった。幸村の身体も丁寧に清められ、きちんと夜着を着せ付けられている。佐助自身はさらにきっちりと忍び装束を着込んでいた。

「落ちちゃうなんて久しぶりだったね。そんなに良かった?」
「…」
「旦那はまだ俺のを咥えるだけで精一杯だけど、慣れてきたらもっとずっと気持ちよくしてあげる」

答える言葉が見つからない幸村を残して、まだまだ忍びの技はいくらでもあるからね、と涼しい顔で佐助は言う。もういいと弱弱しく頭を振った幸村に向かって、佐助はどこまでもやさしく笑う。

「旦那が俺しか要らなくなるまで、俺はがんばるから」

手始めに俺でしかイけなくなるところからね。
ね?とやさしく伸ばされた手を振り払うことができない。それはまるで真綿で絞められるような柔らかい恐怖だった。抗えば抗うほどやさしく甘く絡めとられていく。ゆるゆると目を閉じた幸村の頭をやさしい手が撫でる。これは昔から少しも変わらない感触だが、次に降りてきた唇の感触には今もまだ慣れない。すきだよ、と呟く佐助の声にも。
こんなものがなくても佐助とは一生共にあるつもりだった。佐助の一生を奪う代わりに、幸村の命を預けたはずだった。それ以上を、幸村は知らない。最上級だった関係を壊したのは一体何だったのだろう。愛に起因するものは幸村にはまるで理解できなかった。

どちらにしてももう二度と戻ることはできないのだと、それがひどく哀しかった。



[ 創造に飽きた神さまは / 佐助×幸村 ]
バッドエンド真田主従。性描写の練習をしたかったらしいです。
結果としては、わたしが書いているのはプロセスであってマインドではないな? ということがわかりました。
ぜんっぜん萌えないし燃えないなー…エロは無理か。いや訂正エロも、無理か。