[果て上って絶え絶えにそれでも乞うのなら]

死体の数が多すぎる、と佐助は思った。


今回の戦の目的は殺戮ではなく真田幸村の名と姿による徳川軍への霍乱だったはずだ。数千という敵に対し、わずか二百を率いてやってきたのも当然ながら途中で退く予定だったからだ。
幸村以外は全力で行く必要はない、と告げられていた今回の戦、生き残った百数十名は既に退避させた。残るはただひとり最奥を目指し駆けて行った幸村ただひとりなのだが…、

進めば進むほど倒れた敵兵が増えるのは何故だろうか。
そこここに散らばる死体にはまだ炎が燻っていて、溢れ出る血の匂いより強く肉の焼ける匂いがする。まさしく朱雀による鮮やかな切り口を見るともなしに見遣りながら先を急ぐ。残党がひとりもいないというのは良くない兆候だ。
進むほどに、死体に残る炎の量が増えていく。まだ斬られたばかりだろうにこんなに干からびてしまってかわいそうに、と無感動に佐助は呟く。
かすかな物音に足を止めて辺りを見回す。と、首筋から血を流してそれでも蠢く敵の姿があった。近寄って覗き込むと、ものの見事に動脈だけが切り裂かれている。誰でも構わない様子で助けを請う腕を無造作に手裏剣で振り払い、佐助はまた歩き出す。あの姿でまだ生きているということは、幸村は近い。

そうして炎の向こうに音が聞こえる。折り重なる死体を踏みしめて、溢れ出る血に足を浸して駆け抜ければ幸村の背中はもうすぐ近くだ。逃げ惑う敵兵を的確に切り捨てる二槍を、佐助の目は捉えた。
どこまでも血を吸っているはずの刃はそれでも炎を纏い、肉を切り裂くのではなく腱を断ち切っては地へ沈めていた。まるで危なげのない姿は差ながら美しい舞曲のようで、佐助は暫く息を詰める。
膨大に見えた数千の敵はもはや幸村の追う数百しか残っていないのだろう。

これを霍乱と呼ぶのならば、虎の若子としての幸村の名はますます世に轟くだろう。

ぎりぎりまで近寄って、背後から幸村を覗き込む。血に塗れた槍に比べ、体はほとんど返り血も浴びずきれいなままであった。いくつか掠めるほどの傷は付いていたが、血を流す部位はさほど多くはない。
が、ただ一箇所、顔の真ん中に乾ききった血の後を見つけて佐助は心の中でため息を付いた。なぜよりによって、そこに飛ぶのだろうか。
恐らく一番最初に燃え尽きたであろうその血の持ち主に悪態をつきながら、仕方がないと幸村に声をかけた。

「旦那」
「おう、佐助か」

およそ戦場にはそぐわない間延びした声に、幸村は人を斬る手を止めずに答える。幾分熱が篭ってはいるがいつも通りの声だ。併走するこちらには一切手を出させないところが流石だと思いながら、飛びちる炎を軽く避ける。

「もう皆逃げたから、そろそろ帰らない?」
「あと少しだからな、そこで待っていてくれ」
「少しって言うか…あんた今回の作戦忘れちゃったの?」
「某による場の霍乱だろう」
「うん、だから逃げ帰って旦那のすげーとこ伝えてくれる人も残しとかなきゃいけないんだけど」
「徳川殿であればそれ専用の部隊を用意してあろうよ」

言い切って、また全速力で戦場を駆ける。忍びの足でも追いつけないとはどういう体力だとぼやいて、こうなれば早く終わらせてしまおうと佐助も闇鳥を取り出した。戦場ですさまじい陽の気を放つ幸村の傍らでは、佐助は酷く消耗してしまう。少しでも吸収、と呟きながら、逃げ惑う背中へと最初の一振りを繰り出した。
崩れ落ちる身体を前に、手応えを感じぬ武器でよかったと小さくひとりごちた。



「……斬りすぎじゃね?旦那」
「ああ、随分無理をさせてしまった」
「朱雀の心配じゃなくてさあ…」

完全に生き物の気配がなくなった戦場で佐助は大きく息を吐いた。ひとりで数千を斬り尽くした幸村には畏怖を通り越して敬意を表したいところである。夏であれば既に腐臭が漂う頃合だが、朱雀の炎のおかげで圧倒的に煙の匂いのほうが強い。
しばらく考えた末に、腹が減ったな、と幸村が呟いたので、おいおいそれはまずいんじゃねえのと佐助は少し笑ってしまった。人の焼ける匂いを食欲に換算してしまってはいけない。それはもう、人間として。その意味がわからない幸村のために、帰ったら団子でも買いに行こうと佐助は思う。
何がおかしい、と膨れた幸村の顔にはまだ血がこびり付いている。
手甲をはずして触れてみるが、そのまま容易くは落ちそうにない。

「佐助?」

生身の指に擽ったそうに身をよじりながら、幸村は佐助を見つめる。
人を斬る前も、人を斬る間も、人を斬った後も何一つ変わらない顔と声だ。
いっそ楽しくてたまらないという顔をしていてくれたら――嫌悪も抱けるのに、と佐助は笑う。何一つ変わりはしないのなら戦場での幸村だけを断罪するわけにも行かない。結局のところ佐助に幸村を厭う機会は与えられないということだ。
あんなに斬っていたくせに、とやはり佐助は笑うしかない。

「返り血なんて浴びちゃって」
「ああ…お前とおそろいだな」
「俺のはペイントなんですけど」
「そうか?ならばおそろいにしてやる」
「は…っ?」

佐助が訊き返す間もなく、幸村は無造作に自分の傷を抉って鮮血を掬うと、無造作に佐助の顔に塗りつけた。胸から腹へと緩やかに溢れる血液はそのままに、これでお揃いだと薄く笑う。なんて顔をするのだろうか、と佐助は一瞬呆気に取られ、それから息を呑む。

「な…にしてんのよ」

忍びに血の匂いなんてつけて、いやそれよりも旦那の血なんて、旦那の傷なんて、旦那とお揃いなんて(そこはどうでもいいところだ!)、
何を言っていいかもわからなくなって途方に暮れる佐助の前で、幸村はどこまでも鮮やかに笑った。それから血に塗れた顔と血に塗れた槍を手に血に塗れた死体を踏んで歩き出す。

「どこ行くのよ」
「帰るのだろう?」
「そうだけど、ちょっ、そんな炎の多いところ歩いて帰らないで!」

何のために俺が迎えに来たと思ってんの?!!
誰も居ない戦場の真ん中で、佐助の声は緩やかに響いた。






[果て上って絶え絶えにそれでも乞うのなら / 真田主従 ]
BASARAでは千人斬り二千人斬り当たり前だなあと思って書いてみたもの。
すげえ楽しいよね、斬るの。大阪夏の陣では毎回四千人くらい斬るよ!七千人斬ったこともあるよ!
幸村は本能的にひと殺すのがすきだといいなあと思っています。
佐助は別に嫌いじゃないけどすきだと言い切るようなものでもないと思っていればいいです。
そんな主従。